山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/楠木 建氏 一橋ビジネススクール教授
参加者からの質問に答えながら、周囲との調和と孤独の問題について考えていく。荘子の言葉や自殺希少地域の研究などを例にとりながら、孤独をよしとすることが幸福につながるという山口氏。楠木氏は周囲と協調することの幸福を疑い、つながらなくてもいいのでは、と語る。

「第1回:固有の価値基準を持っているか」はこちら>
「第2回:ものさし自体の価値を問う」はこちら>
「第3回:『教養』と『博識』は別物である」はこちら>
「第4回:リベラルアーツを成功につなげた経営者たち」はこちら>

「懐疑」を大切にする

山口
では、続いて参加者の皆さんからの質問に答えていきたいと思います。「(リベラルアーツを深める方法として)旅に代わるものはありませんか?」とのことですが、海外に行くことで日本を相対化して見ることができ、常識から自由になれるという側面はあると思います。

楠木
そうですね。私のようにあまり旅が好きでない人にとっては、擬似的な経験ではありますが、読書が十分に旅に代わりうると思います。

山口
今はバーチャル空間で旅をすることもできますし、心の旅というのもよいものでしょう。海外ということで言えば、先生が独特の立ち位置におられる、いい意味でエキセントリックでおられるのは、南アフリカで幼少期を過ごされたことと関係があるのでしょうか。

楠木
いや、それほどでもないと思います。もともと懐疑的な性格なんですね。ややひねくれている。でも、「ほんとうにそうなのかな」、「自分はちょっと違うけどな」という感覚をもつことは、ものごとを考える上でとても大切です。それがやがて自分の価値基準を形成していきます。横並びというのは個々の基準がないことの裏返しですから、何らかの「ずれ」が教養につながるのだと思います。

山口
次に「飛び道具トラップに気をつけろ。DXは飛び道具ですか?」というズバリな質問が来ています(笑)。

楠木
DXそれ自体が飛び道具かそうでないかという客観的な判定はできません。ある経営の文脈では一気に物事を変えるような飛び道具になるかもしれないし、またある文脈では無駄になるかもしれない。だから個別の文脈で考えることが必要だということを『逆・タイムマシン経営論』で言いたかったのです。

山口
次の質問はなかなかいいところを突いています。「日本には協調的幸福という傾向があり、人のつくった基準に従属していないと協調的になれません。この協調的幸福、周りとの調和と、付和雷同せず独自の価値基準があることはどう考えればいいですか?」と。

楠木
行動や言動が協調的だったとしても、それは自分の持っている基準にしたがってそうしているケースもあるでしょう。一方で、ご質問の「協調的」というのが、本当は考えが違うのに、もしくは自分の考えがないから、とりあえず人と一緒に行動するという意味だとすると、それは窮屈で不幸なことです。協調的幸福というのは語義矛盾です。普遍的、社会的な善悪にかかわること以外は自分の基準で動くべきで、調和を求められてもそうしたくないと思ったら、藤沢武夫さんのように「趣味じゃない」と言うのが正しい姿勢のように思います。

画像: 「懐疑」を大切にする

協調することは幸福なのか

山口
楠木先生とは別の角度から協調的幸福について言うと、まず人と協調していることでどれぐらい幸福を感じるかは、個人差がかなりあります。私の場合は統計的に低いほうの1%に入るようで、99人がAだと言っていても「何言ってんのBだよ」と平気で言えるタイプらしいです。

二つめは、過去のいろいろな研究結果や名言をひもとくと、孤独というのは悪いことではないと言えます。『荘子』の中に「君子の交わりは淡きこと水のごとし、小人の交わりは甘きこと醴(れい)の如し」という一節があります。小人物はベタベタとした付き合いをするが、教養人は重荷になるような付き合いをしないものだということを言っている。

また、マズローは晩年の研究で、自己実現を果たした人に共通する15の特徴をまとめているのですが、その中に孤独を好むことや、ごく少数の人と深い結びつきを持っていることが挙げられています。

そう考えると、リベラルアーツは「独りでも安心して生きられるようになる技術」という言い方もできますね。日本社会は特に同調圧力が強く、自分の判断基準に従っていると孤独になる局面は多いと思いますが、独りでもいいと思えることが幸福につながるのではないですか。

楠木
ええ。そうでしょうね。自分の中に軸があれば、人は人でいいよねと思えますから、リベラルアーツがあるかどうかで周囲の人に対する距離感も変わります。

山口
それで思い出したのが、自殺希少地域の研究です。日本は自殺率が高い国ですけれど、市区町村単位で見てみると、人口あたりの自殺の発生率にはかなり差がある。岡檀さんという自殺予防因子についての研究者が調査したところ、少ないところはほとんどが島にあるのですが、島以外で10位以内に入ったのが徳島県海部町(現在の海陽町の一部)だったのだそうです。その原因を探ろうとフィールドワークやアンケート調査を行い、結果を『生き心地の良い町』という書籍にまとめておられて、これがたいへん面白いのです。

楠木
いい研究ですね。

山口
海部町で自殺が少ない要因の1つとして見つけ出したのが、「赤い羽根共同募金が集まらないこと」なのだそうです。隣の人が募金したから自分も出すという発想がなく、人は人、自分は自分と考える。同調圧力は野暮だという価値観を海部町の住民は持っているのです。だからといって完全に孤立しているわけではなく、困ったとき、必要なときは過不足なく援助するような関係が成り立っている。

この本を読むと、日本人って一括りで考えがちですけれど、地域によっても人によっても違うということをあらためて感じます。ですから、日本人の協調的幸福というものはほんとうにあるのか、疑ってみることも必要かもしれません。

楠木
教養とかリベラルアーツの現れとして、「気持ちよく放置できること」もあると思います。「つながらなくてもいいじゃない」とか、「絆って言われるとちょっと重いな」と言えることも大事です。

山口
「絆」は大切ですが、一歩間違うと呪いに転化してしまう側面もありますからね。

楠木
そうですよね。皆さんの中には日本の同調圧力の中で閉塞感や生きづらさを感じて、海外に憧れている方もいるかもしれません。でも、外から見ただけではわからない問題があるなど、どこも一長一短あるものです。結局のところ外的な要因、環境は変えられませんから、自分の中でリベラルアーツを育てて判断基準を持つことが必要です。それによって世界のとらえ方も変わっていくのではないでしょうか。

画像1: 現代の呪縛からリーダーを解き放つリベラルアーツ
―日本経済の礎を築いたイノベーターに学ぶ―
その5 独りでも安心して生きるための技術

楠木 建

1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)をはじめ、著書多数。最新著は『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)。

画像2: 現代の呪縛からリーダーを解き放つリベラルアーツ
―日本経済の礎を築いたイノベーターに学ぶ―
その5 独りでも安心して生きるための技術

山口 周

1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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