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※本記事は、2021年3月5日時点で書かれた内容となっています。

中村喜四郎と他の政治家との違い、それは秘書の仕事の中身にも表れています。当時の普通の政治家の秘書というのは、冠婚葬祭に顔を出したり、陳述に来た人の就職を斡旋したり、地元の公共事業の相談を受けたりと、政治家の分身として動く。そのうち、地元における政治家の分身になっていく。政治家の権力を使って、物事を差配する。大物秘書ともなると、議員の「名代」として地元の利害調整の「フィクサー」の役割を果たすようになります。田中角栄の政務秘書だった早坂茂三はその典型です。

喜四郎の秘書は6人います。50代から70代のベテランばかり。彼らは喜四郎と支援者とをつなぐ役に徹していて、毎日自分の担当地区をひたすら回って歩くのだそうです。そしてそこで見聞きしたことは、その日のうちに喜四郎に口頭で伝える。一人一時間、これを毎日やっているというのです。選挙のときだけではありません。毎日ひたすらこのルーティンを繰り返す。

平日は秘書が地元を回り、土日は喜四郎本人が毎週地元に帰って街宣活動をやります。朝7時半から夕方6時まで。これを、ずっと同じ決まったルートで繰り返す。現在は小選挙区制ですから、彼の選挙区である茨城7区をそのルートで回ると、2週間で茨城7区の全市町村を回ることができる。住んでいる人から見れば、月に2回は中村喜四郎の肉声が耳に飛び込んでくるわけです。「毎週末が選挙運動」になっている。

街宣演説では必ず地名とか天気とか時刻の話を入れる。録音ではなく喜四郎本人の肉声だということを分からせる。これを40年間毎週末続けていると、町の人たちも「あ、時報が鳴ったな」くらいの感覚になっていて、ほとんど無反応なんだそうです。中村喜四郎が来たというので家から出て来て握手を求める人は、朝7時半から夕方6時までやって、1日3人ぐらいだそうです。

しかも、人が集まるところで辻立ちはしない。誰もいないところに一人で立って、ガンガン演説をする。喜四郎いわく、「誰もいないところで堂々と演説できるようになって一人前」。これで人の心に初めて印象を残せるというのです。普通の人は、とてもじゃないけど馬鹿馬鹿しくてそんなことはやれない。しかし、それをやるのが中村喜四郎。これが競争相手との「違い」になります。

喜友会の活動には、国政報告会というもうひとつの軸があります。つまりは国会の見学会です。月に1~2回、大体50人とか100人規模でやるそうです。こちらのメインターゲットは女性で、秘書が自前の大型バスを運転して(秘書は全員大型二種免許を持っている)平日の昼間に国会議事堂見学に行き、そこで喜四郎が2時間ガンガン演説をする。そのあとには、高級ホテルでビュッフェランチ。参加費の3,000円ですべてペイしているそうです。

旅行会という行事もあって、1泊2日で1万円の参加費。宿泊する旅館の選定とか値切り交渉も全部喜四郎本人がやる。数台の専用バスが温泉旅館に着くと、まずは例によって大演説。そしてお風呂に入り、そのあとがお食事です。ここでは喜四郎が全員にお酌をして回って、必ずツーショットの写真を撮る。食事のあとのカラオケ大会では喜四郎が司会をやって、もう全員の席を駆けずり回って、立ちっぱなしでビールを運んで笑わせる。

参加者はみんな当然泊まりますが、喜四郎は最終電車で必ず東京に帰るんです。なぜかと言えば、1泊した翌日の朝ごはんの席に喜四郎が出てくると支援者は興ざめする。夜のうちにサッと帰ったほうがタフだと思われる。その方が余韻が残る。

2日目の帰りのバスでは、不在の喜四郎の代わりに運転をしている秘書が盛り上げます。途中でドライブインに寄って、そこのレストランで重箱入りのお弁当を出す。これが、メニューにはないものなんです。喜四郎がレストランと事前に交渉して、重箱に詰めてお弁当を出してもらっているそうです。参加者にしてみれば、特別扱いというかぜいたくな感じがします。この重箱も、喜四郎本人が合羽橋の道具街で見つけて買ってきたものです。

こういった喜友会独自の活動を半世紀近く続けている。中村喜四郎は田中角栄の秘書だった頃に身近で観察した「越前会」(田中の後援会組織)を反面教師としていると思います。喜友会には地元の実力者も業者も県議も市議も入ってこない。メリットが何もないからです。業者を排除した偉い人がいない後援会というのは、偉い人からすれば面白くも何ともない。一切特別扱いされないからです。

彼がなぜこういう戦略をとるのか。このロジックが深い。「金や仕事で釣れるのは1回限り」なんですね。1回目に1,000円出したら、次は1万円出さなきゃいけない。一度口を利いて仕事を回したら、次からは回し続けなければいけなくなり、そのうちにどんどん危ないことをするようになる。田中角栄の越前会という集票マシンは最強のように見えて、実はものすごく脆弱だったというのが、彼の考察なんです。だから、フルフラットで偉い人に依存せず、全部自分でやる。田中角栄が確立した選挙の王道とはまったく逆を行くという戦略です。

画像: しびれる戦略 無敗の男篇-その3
超絶ハンズオン。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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