「第1回:物理的時間と論理的時間。」はこちら>
「第2回:トレードオフをトレードオンに転化する。」はこちら>
「第3回:矛盾を、矛盾のまま、矛盾なく乗り越える。」はこちら>

※本記事は、2021年2月4日時点で書かれた内容となっています。

僕は「日本企業」という言い方をなるべくしないようにしています。「日本的経営」にしてもそうです。終身雇用、年功序列、新卒一括採用、企業別組合、こうした特徴をひとくくりにして日本的経営と言っていたわけですが、これは戦後復興から高度成長期の時代に限って合理的なものとして選択され、定着しただけでして、戦前は違っていました。100年も続かないものを文化とは言わないでしょう。

昭和の高度成長期における日本の上場企業に限って言えば、確かにいくつかの共通点というか平均値的傾向があったと思います。例えば経営者と従業員の間には労使一体の「二人三脚」という関係性がありました。運命共同体としての互恵的な関係が企業を動かす力になっていて、資本主義下では厳しく対立するはずの経営者と従業員が一体となっていました。

その頃の投資家はどうだったのか。メインバンク制度とか、その元での株の持ち合いという非常に特殊なガバナンスの構造がありましたので、上場企業でも株主の影響力というのはかなり抑えられていました。高度成長期なので、業績は右肩上がり。放っておいても株価は上昇基調なので、株主は外野で楽しく観戦しているといった趣です。ますます経営者と従業員の「二人三脚」が強くなっていきました。

つまり高度成長期には、経営者と従業員の間に長期視点のトレードオンが生まれていて、投資家も静かにしている。そういう三者のステークホルダーの関係性がありました。ただし、こうした図式は高度成長の追い風という特殊条件がなければ成立しません。高度成長期の期間より高度成長期が過ぎ去ってからのほうがずっと長くなった今、終身雇用を保障しつつ会社にいればいるだけ待遇が良くなるというのは、超論理的としか言いようがない。当然のことながら日本でも終身雇用がゆっくりと崩れていき、労働の流動性が徐々に高まりました。

かつての「二人三脚」が機能しなくなった今、経営者と従業員の関係性はどうなっているのか。日本の企業では、営業利益率を確保するために、労働分配率を抑えるという傾向がはっきりしています。経営者は収益や業績の数字を確保するために、賃金水準を抑える。従業員は給料が上がらないというトレードオフが生まれ、原始的な対立関係に回帰しているのが現実です。

昭和高度成長期の日本的な「二人三脚」と対照的なのは、アメリカの経営に代表される金融資本主義的な経営者と資本家の「二人三脚」です。もちろんアメリカの企業も日本企業と同様に多様であり、ひとくくりにするのは変な話なのですが、あえてかぎかっこ付きの「アメリカ的経営」として考えると、経営者と資本家との間に相当な利害の一致が存在します。

経営者と資本家の結託の中で、一部の企業では、現実の商売の成果や顧客満足といったものをすっ飛ばして、手っ取り早く株価を上げる打ち手を次から次に繰り出していくという金融資本主義的な経営がまかり通るようになりました。しかも、そういう人がプロフェッショナル経営者として評価されてしまう。目先の利益を上げるために従業員をリストラする。高値を承知でみんなが注目するようなド派手なM&Aに打って出る。短期的には株価が上がるため、株主は大歓迎です。株主は、いつ株を売ってもいいという時間的な自由度を常に持っています。その企業の将来価値を毀損しかねないような意思決定であっても、その「将来」がやってくる前に株を売り払ってしまえば彼らの懐は傷みません。

本来、経営者にそうした自由度はないはずです。調子が悪くなったらやめればいいでは、経営者が務まるわけがない。しかし金融資本主義的な世界では、短期的な株価にリンクして経営者の報酬とか世俗的な名声が決まります。目先の株が上がればそれでいい、5年後なんて知らないよ――こういうモラルハザードが顕在化する恐れが株主と経営者の「二人三脚」にはあります。それが表出したのがリーマンショックです。

ここでも、やはり短期で見たときのトレードオフが問題になっています。経営者と株主が二人三脚になった金融資本主義では、従業員は置いてけぼりになるしかありません。失業率が上がり、格差社会が拡大する。これが、アメリカ的な金融資本主義の成り行きです。リーマンショックのときにあれだけ反省したはずなのに、今のアメリカの状況はかなり深刻だと思います。

日本に話を戻すと、かつての経営者と従業員の「二人三脚」は、もう機能しません。しかも、資本市場はグローバル化しているので、日本でも上場企業の経営者は投資家と正面から向き合わなければなりません。ぼんやりしていると、アクティビストにいいようにされてしまいます。日本でも、経営者、従業員、投資家の三者関係が、普通の資本主義の三者関係になってきたということです。ではここで、日本もアメリカのような経営者と投資家の「二人三脚」に180度転換するのか。それは、今のアメリカを見れば得策ではないのは明らかです。

要するに、その2でお話した「三位一体」という王道回帰が答えになります。経営者は、稼ぐ力のある人がなる。従業員は、稼ぐために力を合わせる。儲かる商売が回っていけば、従業員の給料も増え、株価も上がって投資家もOKという「三位一体」の好循環をつくりだす。トレードオフをトレードオンにする長期視点での経営が、今こそ必要です。

その起点にして基点は、結局経営者なんです。社会のエンジンは企業であり、企業のドライバーは経営者です。これからの日本にとって経営者の役割というのは本当に大きい。格差の解消といった問題も、政府の規制や指導に依存しているだけではたかが知れています。経営者が、自分の戦略ストーリーを持って、将来の構想に向けて長期的に実践していく。三位一体の戦略ストーリーがないと、従業員と経営者の互恵的な関係も生まれませんし、経営者と投資家の互恵的な関係も生まれません。すべての始まりは、経営者の戦略構想にかかっています。

『三位一体の経営』を書いた中神さんは、ひとつの提案として、自社の株の10%とか15%を従業員に持たせるべきだと主張しています。労使一体は今は昔、現在の日本はヨーロッパやアメリカよりも従業員の持ち株比率は低い水準にとどまっています。従業員と株主をなるべく重ねていく。これは経営者の意思決定でできることです。できることから変えていかなければなりません。

画像: 経営における「長期」の意味-その4
二人三脚から三位一体へ。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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