ここからは、中西輝政氏、出口治明氏、橋爪大三郎氏、平井正修氏との対談を振り返る。それぞれのご自宅や仕事場へ伺っての対談では学ぶところも多く、自分の若輩ぶりを知ることができたと山口氏は言う。

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知識をアップデートし続けるすごさ

――連載では各界の重鎮や論客の方々との対談を重ねてきましたが、これまでを振り返って全体的な感想はいかがですか。

山口
毎回本当に楽しくて、仕事でこんなに楽しませていただいて申し訳ないと思うほどです。個人的にお話を伺ってみたいと思っていた方ばかりで、仕事を離れてまた遊びに行きたい、お話ししたいと思いますね。

――初回の中西輝政先生は、山口さんからのご提案でしたね。

山口
中西先生とのお話は「想定通り、想定外」という印象でした。私の著作にも事前に目を通しておいてくださり嬉しい限りでしたが、示唆に富むお話が伺えたことに感謝しています。

中西先生のご自宅の、あの落ち着いた佇まいの応接間は、「文士や芸術家のサロン」を思わせる雰囲気でした。夏目漱石の『我が輩は猫である』という小説がありますよね。私はあれが漱石の作品の中で一番好きなのですが、苦沙弥先生のところに美学者の迷亭や理学者の寒月が集まって談論風発している様子が面白いわけですよね。実際、漱石の家も寺田寅彦や内田百閒などの多くの才気煥発な教え子が集まる場所だったそうですが、かつては、そうした学校以外での知の交流が、社会における教育システムの一つとして有効に機能していたのでしょう。

今回は対談という形でしたが、中西先生の応接間でお話を伺っていると、そうしたサロンの一員になったような感覚で、「リベラルアーツ教育の本質とはこういうことなんだ」としみじみ感じました。中西先生のファンは私の周りにも何人かいますから、いつか連れ立って伺って、お酒も交えつついろいろなお話を伺うことができたら、どんなにか幸せだろうと思います。

偉大な知性に触れることで自分の若輩ぶりがよくわかったことも、よい経験でしたね。それは、次の出口治明さんとの対談でも感じたことです。

――出口治明さんは稀代の読書家で、かつ大学の学長を務められていることもあり、若い世代も含めて社会全体への影響力をお持ちの方ですね。

山口
出口さんのすごいところは、知識をきちんとアップデートされていることです。私などは中途半端に聞きかじったことや昔、本で読んだ知識しかないので、「いやいやそれは最新の研究ではちょっと違うんですよ」と何度か言われましたよね。あれだけお忙しく時間も限られている中で、歴史の最先端の勉強を継続的にされて知識をどんどん上書きされているというのは、もちろん好きだからこそできることかもしれませんが、素晴らしいことです。

過去に学んだ領域だからわかっていると思い込むのは危険なのだということを、出口さんは教えてくださったように感じました。自分の持つ知識を否定することには怖さもあると思うのですが、一度学んだからと終わりにせず、新しい論考が出てくると目を通すという姿勢は、われわれも見習わなければいけないですね。

画像: 山口周『自由になるための技術 リベラルアーツ』(講談社)

山口周『自由になるための技術 リベラルアーツ』(講談社)

不思議なキリスト教と、注目度が高まる仏教

――橋爪大三郎先生は出口先生とはまた異なるタイプの知の巨人ですけれども、ビジネスパーソンにも読者が多くいらっしゃいます。

山口
橋爪先生は中西先生と同様に分析力、解説力に長けていて、お話を伺うのが楽しいですよね。宗教社会学だけでなく構造主義やパワースピーチなどいろいろな領域に通じておられ、複雑なことを明快に言い切ってくださるところも魅力なのではないかと思います。

私はずっと以前から、50代になったらもう一度、神学の勉強をやりたいと思ってきました。キリスト教というのは不条理の極みのようなもので、聖書にも論述の矛盾がたくさん残されています。普通なら整合性を図るために矛盾点は直すと思うのですが、そのままになっているということは意図的に残しているはずです。そしてその聖書を世界の何十億人もの人々が信じている。なぜキリスト教に人々がそれほど惹かれるのかは、何と言うか「いい匂いのする謎」なのです。それを解明したいとずっと思っていて、そうした意味で橋爪先生の宗教論はとても興味深いものがあります。

仏教の方が論理的で矛盾も少ないのに、世界的には広がらなかったのはなぜなのでしょうね。キリスト教と同じぐらい魅力はあると思いますし、学ぶことで多くの示唆も得られると思うのですが。

――続いて対談されたのが、その仏教の平井正修住職でした。

山口
私自身は仏教の知識をあまり持っていませんので、正直言うとお目にかかるのが怖いと思っていました。とんちんかんなことを言って怒られたりしないかと(笑)。でも、とても包容力のある方で、多くのことを学ばせていただきました。

対談の中でも話したように、アメリカでは禅的な価値観やメソッドを取り入れる企業やリーダーが増えています。最近では知識人の中にも仏教徒が目につくようになりました。例えば、『資本主義の再構築』を著したハーバード大学の人気教授レベッカ・ヘンダーソンは、自分は仏教徒で、そのことと自身の経営論の研究は大きく関係していると言っています。また、ベストセラーとなった『Compassion』の著者であるジョアン・ハリファックスは、仏教指導者、禅僧、人類学者という肩書きを持ち、仏教的な視点からリーダーが人間力を高めることの必要性を訴えています。

仏教とビジネス、仏教とリーダーシップは一見関係がないように思えますが、アメリカで圧倒的なマイノリティである仏教徒の方々が存在感や影響力を発揮されていることは注目に値します。アメリカのビジネストレンドは大抵、何年か遅れて日本にも来ますから、仏教思想にあらためて注目する企業が今後増えていくかもしれないですね。平井住職ご自身も、企業に招かれて坐禅会をされていることもあり、仏教的なものの考え方を企業のリーダー層に広げていきたいというビジョンをお持ちのようでした。

画像: 「自由になるための技術 リベラルアーツ」発刊記念 著者インタビュー
自分を縛る「呪い」から自由になるために
その3 リベラルアーツ教育の本質とはこういうこと

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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