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金利を見直し資本の社会還元を
――ケインズの言説に関連して、リーマンショック以降はアダム・スミスの『道徳感情論』に注目した論説なども広まり、モラルや倫理を重視した資本主義の成熟が始まりつつあるようにも見えますが。
水野
そうですね。ただ気になるのは、企業のROE(自己資本利益率)が高まっていることです。ROEは当期純利益/自己資本で、その高さは株主資本の増加を示します。今年はコロナ禍のせいで下落しそうですが、リーマンショックの頃から徐々に高まっており、日本企業の多くは8%超えを一つの目標としています。つまり資本の自己増殖が進んできたということです。その背景となってきたのが日銀のゼロ金利政策と量的緩和です。企業は銀行から資金を借りても利払いが少なくて済み、しかも非正規雇用を増やすことで人件費も抑え、内部留保を増やしたり配当として株主に還元したりしてきました。
一方で、生活者は銀行にいくらお金を預けても利子がほとんどつきません。賃金も上がらず、生活が向上しないという悪循環に陥っています。本当は、銀行の貸出金利を引き上げてくださいと言うべきなのです。例えば預金金利が3%になれば1,000兆円の預金で30兆円を預金者に還元できます。そうなっても企業のROEは4~5%を維持できるでしょう。コロナ禍で社会が疲弊している今、企業は資本の自己増殖ではなく人件費として従業員に還元し人を育てることを、国は資本を社会に還元できるような経済政策を検討すべきではないでしょうか。
――近年、日本企業の競争力が低下しているということも問題視されていますが、それについてはどのように思われますか。
水野
日本企業の競争力が低下しているのは、日本が国として成熟の段階に入っているからだと思います。1人当たりGDPや企業競争力、大学競争力といった評価はほとんどが欧米のつくった基準によるもので、そのランキングで一喜一憂するのはどうかと思います。成熟社会においては、過大な投資さえしなければ、需要の喚起や売上増加に躍起にならずとも企業は存続することができます。ROEが欧米企業の平均15%に対して日本はまだ8%だと批判されるのも、外国人株主の評価基準を当てはめているだけのことではないでしょうか。
日本は世界最大の純債権国
――成長率や生産性の低さ、赤字国債の問題など、日本のさまざまな危機が指摘されていますが、まだ大丈夫と言えるのでしょうか。
水野
確かに預貯金を持たない人、あるいは持てない人が増えているという調査データもあり、生活の保障、ひいては生命の安全の保障が失われつつあることが危惧されます。このままでいいとは決して言えません。
ただ、ゼロ金利で資本があふれている日本では、財政の問題はエネルギーと食糧をどうするかに集約されます。エネルギーの中核である石油を見ると、エネルギー収支比(獲得エネルギー/投入エネルギー)は、オイルショックの1970年代には30だったのが、今は平均で10を下回り、新規油田やシェールガスは3前後で限界値に近いと言われています。油田も最初のうちは自噴するものの、次第に取り出すためのエネルギーが必要になってきます。しかも日本のように、油田からタンカーに乗せて運ぶことが必要な国では、最低でも投資したエネルギーの3倍は取り出せないと利益が出ません。石油はあと数十年で枯渇するとずっと言われてきましたが、いずれ投資エネルギーが増大し収支が合わなくなるときが来るでしょう。
今の日本の財政が成り立っているのは、貿易黒字と経常黒字を累積してきたおかげです。日本の対外純資産は2019年末で364兆5,250億円となっており、29年連続で世界最大の純債権国です。ちなみに2位はドイツです。対外資産というのは貿易黒字、経常黒字の毎年の累積ですから、われわれの先輩方が一生懸命働き「将来のために」と輸出を頑張ってきた結果として今があるわけです。
日本政府は毎年30兆円を超える新規国債を発行していますが、経常収支は約20兆円の黒字(2019年)となっていますし、364兆円の対外純資産もあります。「財政赤字で国が破綻することはない」とする一部の考え方で大盤振る舞いしない限りは、まだ何とかなります。
ただ近年では、経常黒字のほとんどを所得収支の黒字が占め、貿易黒字の割合はほぼゼロあるいはマイナスになったりしています。輸出は将来への投資であると考えると、黒字が減っていることは心配です。例えば2019年のデータでは、輸出は76.9兆円、輸入は78.6兆円、輸出の品目別で最も大きな割合を占めるのが自動車で全体の約16%、一方、輸入品では原油がトップでLNG(液化天然ガス)と合わせて約16%を占めています。
要するに、自動車産業の黒字で原油とLNGを調達していることになり、もし自動車産業が衰退したらエネルギーを調達するお金がなくなってしまうことになります。そのときは、原油とLNGの輸入を減らし、最終的にはゼロにするしかありません。さきほど言ったように原油が枯渇する可能性もあり、そのためにも再生可能エネルギーという選択肢を拡大しておくことが、不安の解消につながります。エネルギーの輸入が減れば資本の海外流出も減少します。
再生可能エネルギーですべてをまかなうには、技術革新とともに働き方や生活様式の変容も求められるでしょう。気候変動という大問題は、資本主義のみならず人類が存続できるかどうかにも関わってきますから、脱炭素化を推し進めることは日本そのものの存続においても避けて通れない道だと思います。
水野 和夫(みずの・かずお)
1953年、愛知県生まれ。埼玉大学大学院経済学科研究科博士課程修了。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストを経て、内閣府大臣官房審議官(経済財政分析担当)、内閣官房内閣審議官(国家戦略室)などを歴任。主な著作に『終わりなき危機 君はグローバリゼーションの真実を見たか』(以上、日本経済新聞出版社)、『資本主義の終焉と歴史の危機』、『閉じてゆく帝国と逆説の21世紀経済』(以上、集英社)など。
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