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森本 あんり氏 神学者・国際基督教大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
森本氏が研究テーマの一つとしてきた「反知性主義」は、知性と権力が結びつくことへの平等主義に基づく反発であり、ある意味では社会の健全さを示すものでもあるという。もともと知性が尊重されていない日本では、本当の意味での反知性主義は生まれていないが、権力と結びつかない知性の存在は大切にしなければならないと森本氏は指摘する。

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神様の前では誰もが平等

山口
異端と正統とも関わる話として、「反知性主義」について伺います。最近ではかなり違う意味で捉えられて広がっているようですね。

森本
もちろん言葉にはいろいろな使い方があってよいのですが、日本で反知性主義がよく誤解されるのは、「反知性・主義」と捉えられるからです。本来は「反・知性主義」なので、いつもその点を強調しています。まず前提として、インテリがいろいろな物事を牛耳っている「知性主義」というものがあり、それに反発する力として反知性主義がある。知性そのものではなく、それに付随する「何か」に対する反発です。

山口
先生はご著書の『反知性主義』の中で、知性が権力と固定的に結びついて世の中に影響を及ぼすことが知性主義であると、分かりやすく書いておられました。知性に対する過剰な信頼や権威づけに対して反発する反知性主義という現象は、もともとアメリカという国におけるプロテスタンティズムの持つ反エリートの伝統としてあり、それがトランプ大統領の誕生によって大きな流れになったと分析されていますね。

森本
知性主義自体にはよくない面があるので、反知性主義は、ある意味で社会の健全さを示すものだと思います。反知性主義が生まれたのは、元をたどれば教会権力という、政治権力とは異なる権力系統があったことと関係しています。教会の権力化自体は問題ですが、政府とは別の権力があることで中心が二つある楕円の権力構造ができたことが西洋史のポイントです。したがって反知性主義とは、上にある知性をひっくり返して自分が上になってやろうというものではなく、知性主義とは別の価値軸で並び立ち批判できる力を持つものなのです。そうでなければ、単なるルサンチマン(怨恨、怨嗟)ですから。

山口
それは反知性主義の立脚点として、新約聖書の福音書で示された平等の考え方があるためですね。アメリカのパニック映画でよく権力者が無能者として描かれ民間人が活躍するのも、そういう思想が根底にあるためかもしれません。

森本
そうですね。要するに、インテリが偉いわけではなく、神様の前では誰もが平等なんだという考え方が出発点です。そう考えるとイエスも、お釈迦様も反知性主義でしょう。その意味では、もっと世界に反知性主義が広がってもいいと思います。

一方の日本では、もともと知性というものに対する尊重があまりないと言いますか、イデオロギーと結びつくような知性よりも、実用的な知識、実学が大切にされてきた傾向が強く、そもそも知性主義が確立していません。したがって、それに対する反発もはっきりと出てこないのではないかと僕には思えます。

画像: 神様の前では誰もが平等

不条理を乗り越える力をもたらすリベラルアーツ

山口
知性が尊重されないという意味では、先生がご専門とされている神学をはじめとするリベラルアーツも、これまで日本ではあまり重視されてきませんでした。最近ではその大切さが認識され始めていますが。

森本
そうですね。山口さんのような組織の権威を背負わない知性の存在は貴重ですし、そういう方がリベラルアーツに関わる問題について発言されるのは、ほんとうに大切なことだと僕は思います。

山口
ありがとうございます。

森本
教養を身につける方法みたいな記事をよく見かけますが、教養は自分を飾るものでもなければ、簡単に教養が身につくノウハウがあるわけでもありませんよね。何かを知ることによって、その人が変わっていくことに意味があるわけです。

山口
冒頭の話に戻るようですが、コロナ禍をはじめとする社会の変化によって、これまで当たり前だった会社への出勤や都市への集中が見直され始めている、まさに正統が解体されつつありますよね。こうした社会では、解体される以前の社会で培われた経験やそれに基づく知識というものを判断の基礎にすることが難しくなります。その代わりに、もっと本質的な、人間の性(さが)とか自然法則、おっしゃっていたコスモスに対する感性が重要になると思います。それを磨くのがリベラルアーツですね。

森本
どんなに科学や社会が発展しても、人間は生きていれば必ず、パンデミックや自然災害、愛する人の死のような想定外の受け入れられないこと、不条理なことに出くわすものです。そしてその不条理なことを何とか理解したい、納得できるように解釈したいという欲求を持つものです。宗教にはそういうときにコスモスを回復させ、救いをもたらす役割があるということを知っていると、向き合い方も変わるのではないですか。

山口
ノモスが解体されたときにコスモスが現れるというお話には、とても大きな勇気と希望をいただけました。ありがとうございました。

画像1: 「正統」が壊れたとき、コスモスに還る
その5 反知性主義は社会の健全さを示すもの

森本 あんり(もりもと あんり)

1956年神奈川県生まれ。国際基督教大学人文科学科卒,東京神学大学大学院を経て,プリンストン神学校大学院博士課程修了(組織神学)。同校やバークレー連合神学大学で客員教授を務める。国際基督教大学人文科学科教授等を経て,2012年より2020年まで同大学学務副学長。専攻は神学・宗教学・アメリカ研究。近著は『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』(新潮選書),『宗教国家アメリカのふしぎな論理』(NHK出版新書),『異端の時代 正統のかたちを求めて』(岩波新書)など。

画像2: 「正統」が壊れたとき、コスモスに還る
その5 反知性主義は社会の健全さを示すもの

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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