矢野 和男 日立製作所 フェロー / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
社会のように複雑なものの動きを解こうとするとき、重要なのは動きそのものよりも「変化」とその原因に着目することであると矢野フェローは説く。その思考プロセスは、ニュートンが物理法則を見出す際に用いたプロセスと同じであり、複雑な現象をシンプルに捉えることだけでなく、未知の未来に対処する力を高めるという。

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変化とそれをもたらす力に注目するのが科学である

山口
数年前に、矢野さんが解説を執筆された『ソーシャル物理学 「良いアイデアはいかに広がるか」の新しい科学』(アレックス・ペントランド著、小林啓倫訳、草思社)を読みました。まさに前回おっしゃっていた社会物理学について書かれた本ですね。

矢野
著者であるMITのペントランド教授とは2004年から2009年まで共同研究をしていたのです。そのご縁で解説を書かせていただきました。

山口
その解説の中で、「社会物理学」と「物理学」との類似性について、「ニュートンの運動法則における加速度が、大きさや質量の異なる物体に共通する法則であるように、社会の動的な成長プロセスには、国や時代が異なっても共通する法則がある」ということを述べておられましたね。またブログでは、「変化とそれをもたらす力に注目するのが科学である」と書いておられましたが、このことについてもう少し解説していただけますか。

矢野
いちばん難しいところを突いていただきました(笑)。われわれの素朴な認識というのは意外に間違っているもので、その典型例が「力」についてです。「物体に強い力を与えたら速く動く」と、ニュートン以前はみんなそう思っていました。

山口
今でもみんなそう思っているのではないでしょうか。

矢野
でも物理学を多少なりとも習った人なら、力と速度は直接関係するものではないということをご存知だと思います。ニュートンの運動3法則がありますね。その中で、慣性の法則(第1法則)は、「力を受けない物体は静止または等速度運動をする」というもの、運動の法則(第2法則)は、「物体に力が働くと、力の向きに力の大きさに比例した加速度(速度の変化)が生じる」というものです。ここからわかるのは、「速さ」自体に法則はないということです。それは物体の質量や初期条件などによって異なるからです。一方で、「力」によって生じる「加速度」は、対象となる物体のそれまでの動きに変化を加えるもので、質量が違っても同じ法則が適用できます。

この法則は、物体の動きだけに限らず、もっと広い領域に適用できると私は考えています。何らかの現象について考えるとき、ある時点での状態、そこからの変化(加速度)、変化の原因となった力に注目することで、「科学的」なアプローチができるのです。

画像: 変化とそれをもたらす力に注目するのが科学である

データによる予測と現実とのずれに気づく

山口
人間の活動、経済や社会の動きにも、ニュートンの運動法則をあてはめて考えることがポイントなのですね。

矢野
ええ、多様なものに普遍的、統一的な法則性を見出していくのが科学です。現在のテクノロジーをもってすれば、過去のデータから未来についての高精度な予測をすることは難しくありません。「慣性の法則」に従うと、過去の延長としての未来が予測できます。しかし現実は、人間や社会の活動には常に何らかの力による変化が加えられているため、「運動の法則」に従い、過去の延長としての予測と現実との間には、必ず乖離、ずれが生じます。

データを活用した予測を行うことで、そうしたずれに気づくことができます。そして、ずれが起きている対象に、人や時間を使って行動を起こす。そのデータを加えてまた次の未来を予測し、現実とのずれを見つけて行動するということを繰り返す。それによって過去の延長ではない未知の未来に対して、的確に判断、対処していく力が高まります。

この思考プロセスは、ニュートンが物体の動きを理解する時に行った基本的なプロセスと同じです。社会という、さまざまな要素が絡み合う複雑なものを理解しようとするときに、物体によって異なる速度のようなものに着目していたのでは複雑さが増すばかりです。ニュートンの物理法則のような基本に立ち返って、普遍的な枠組みで考えることが大切であり、現在はデータやデジタル技術の力を使うことでそれが可能になっています。

山口
科学研究では理論値と観測データが合わないときに、観測エラーと片付けられてしまうこともあります。でも、もしモデルが正しければ、ずれが生じたのは検出できなかった新たな力が加えられたためであると考えられ、そこに大きな発見の契機があるということですね。

画像1: ポストコロナ社会における普遍的な価値とは
その3 物理学の視点で社会の動きを見る

矢野 和男(やの かずお)

1959年山形県生まれ。1984年早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学情報理工学院特定教授。文部科学省情報科学技術委員。

画像2: ポストコロナ社会における普遍的な価値とは
その3 物理学の視点で社会の動きを見る

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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