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矢野 和男 日立製作所 フェロー / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
矢野フェローが見出した幸福な組織の特徴は、イノベーションが起きやすい組織の要件に近いと山口氏は指摘、仮想空間シフトが進む中で期待される新しい働き方について語る。後半では矢野フェローが幸福の研究に着手したきっかけを明らかにする。

「第1回:幸福とは何かをあらためて考える」はこちら>

仮想空間シフトで働き方が変わる

山口
前回は幸福な組織の特徴について伺いましたが、人間関係がフラットで、双方向のコミュニケーションが活発であることは、イノベーションが起きやすい組織の要件に近いと感じました。それらに加え、おっしゃったような偶然の出会いも重要だと言われています。仮想空間へのシフトが進む中でイノベーションを促進するためにも、実空間に近いコミュニケーションをできるだけ早く可能にすることが必要かもしれません。

矢野
リモートワークによって、対面でのコミュニケーションや、縁をつなぐ場づくりの大切さが再認識されていますよね。仮想空間でのコミュニケーションをリアルに近づけようとチャレンジする人も増え、技術革新が進むのではないでしょうか。

山口
今後、仮想空間が洗練されていき、リモートワークが当たり前の世界になると、人材獲得における地理的な制約も少なくなると考えられます。言語の問題はあるかもしれませんが、サンフランシスコやバルセロナに住む人と一緒にチームを組んで働くことも可能になるわけです。移動が難しい障がい者の方々などが活躍できる機会を増やすことにもつながるはずです。

おっしゃっていたように、幸福の感じ方が業務やパーソナリティによって異なるとすると、会社が最大公約数的に環境を整えた場所に集まって仕事をするよりも、個人個人がパフォーマンスを最大化できる環境で仕事をしたほうが、生産性が高まりますよね。東京一極集中を脱し、好きなところに住んで、好きな環境で仕事ができるようになると、おもしろい社会になるのではと思いました。

矢野
山口さんはもう、そういう働き方をされているのではないですか。

山口
そうですね。私は自分の人生を実験の場にしているようなもので、いろいろトライしてダメなら補正するということを繰り返しているのですが。

矢野
私も同じです。われわれの研究チームでは、おっしゃるような仕事のスタイルに近いことを始めていますね。さまざまなグローバルな研究者の方々と共同研究を行っていますが、ミーティングなどはほとんどオンラインで、一度も実際に会ったことのない方と意気投合して仕事をしていたりします。

画像: 仮想空間シフトで働き方が変わる

データを活用して複雑な現象を理解する

山口
矢野さんの研究についてお伺いしたいのですが、幸福という個人によって異なる概念に対して統一的なパラメータを見つけたいとお考えになったのはなぜでしょうか。

矢野
統一法則の発見をめざしたいという思いには、私が専攻してきた理論物理の考え方が影響していると思います。物理学というのは、物の理(ことわり)を精緻に、統一的に理解することをめざす学問です。物と聞くと無生物をイメージしがちですが、人間を含む生物も物質的な枠組みの上に成り立っています。そう考えると、人間や、人間がかかわる社会や経済のような複雑な現象も、物理学的な統一理論の枠組みで理解できるのではないか。そんな仮説を大学院生の頃から持っていました。

就職してからは当時日本の勢いのあった半導体デバイスの研究に従事していたのですが、十数年前に会社が半導体事業から撤退したため、これから何に取り組んでいくべきかを仲間と議論する中で、かつての夢がよみがえってきたわけです。

山口
理論物理の手法で人間を理解しようと。

矢野
生物や社会のような複雑な現象を扱う科学というと、1990年代に流行った複雑系科学がよく知られています。ただ、当時の研究は数理モデリングとシミュレーションが中心で、実データを用いた検証があまりできなかったことが課題でした。理論があっても実際の観測データによる反証ができなければ科学とは言えませんから。

山口
カール・ポパー(※)の提唱した反証可能性ですね。

矢野
その通りです。私がこの研究を始めようとした頃も、人間の行動や社会活動にかかわるデータを集める環境はまだ整っていませんでした。でも近い将来にはそうしたデータを大量に取得できる時代が到来し、データによる反証が可能になると見ていました。その構想をMIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバード大学の研究者達に話してみたところ、実は当時、大量の実社会データを活用して、社会という人間がつくった抽象的な概念で構成されるものの挙動を定量的に理解しようという「社会物理学」の試みが始まっていたのです。そのためか私の構想に共感してくれる人も多く、共同研究などの具体的な動きを早い段階からスタートできました。

(※)カール・ポパー(1902-1994) オーストリア出身イギリスの哲学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授を歴任。科学哲学や社会哲学、政治哲学について提唱を行った。特に科学的言説には反証可能性(仮説が間違っていることが証明される可能性)が必要条件であると提唱したことやオープンソサエティ(開かれた社会)についての思想も広く知られている。

画像1: ポストコロナ社会における普遍的な価値とは
その2 複雑な現象を統一的に理解したい

矢野 和男(やの かずお)

1959年山形県生まれ。1984年早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し日立製作所に入社。同社の中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功する。同年、博士号(工学)を取得。2004年から、世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著『データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会』が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。論文被引用件数は2,500件にのぼり、特許出願は350件超。東京工業大学情報理工学院特定教授。文部科学省情報科学技術委員。

画像2: ポストコロナ社会における普遍的な価値とは
その2 複雑な現象を統一的に理解したい

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

「第3回:物理学の視点で社会の動きを見る」はこちら>

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