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競争戦略の文脈でいえば、コンセプトというのは、「何を売るのか」に対する答えです。「お客さんは、何にお金や時間を使うのか」ということです。つまり、自分たちが提供しようとする価値の本質を凝縮した言葉、それがコンセプトです。ですから、ミッション、ビジョン、バリューとか、目標という話とコンセプトとはかならずしも一緒ではない。例えば、目標でいうと、売り上げはいくらであるとか、そのときの利益はいくらであるとか、ビジョンでいうと世界ナンバー1の何とかカンパニーとか、ありますよね。でも考えてみると、こういう目標やビジョンというのは、その会社の事情や都合、願望を言っているだけで、お客さんに対する価値の提供ではかならずしもありません。

コンセプトを決めるということは「商売の元」を作るということでもあります。例えば、以前にもお話ししましたが(GAFA)、Facebookという企業のミッションなりビジョンは「人々をつなげる」とか「コミュニティを作る」です。しかし、Facebookの商売は広告業です。商売の元は「自己愛の充足」という価値にあるというのが僕の見解です。人間にとって普遍的価値である自己愛を満たしてくれるから、みんなFacebookを使う。それが広告メディアとしてのパワーになっているわけです。

別な例で言うと、サウスウエスト航空という会社があります。後のLCCの原型になった戦略ストーリーを、1970年代にはじめて航空業界に持ち込んだ会社です。この会社のコンセプトは、「空飛ぶバス」というものでした。銀行家であるジョン・パーカーの着想をもとにサウスウエストの経営者になったハーブ・ケレハーが実現した画期的なコンセプトです。ジョン・パーカーは銀行家で、アメリカのテキサス州サンアントニオという街にオフィスがあり、近隣の大都市であるヒューストンやダラスに出張する機会が多く、そのたびになんでこんなに移動で疲れなければならないんだと思っていた。車を運転していくと時間がかかるし疲れる。バスでは、遅い。飛行機を使うと値段はもちろん高いし、便数も少ないから、人間が飛行機の時間に合わせて動く必要がある。非常に不便であると、ジョン・パーカーは思っていたそうです。

それに対する解決策が、3つの都市をまるでバスのように、ひたすらぐるぐると回っている航空会社があれば、自分のような人間は他にも大勢いるはずだから、便利になるはずだ。それが、サウスウエスト航空が本当に売るべきものだということです。外から見れば、ただの航空会社ですが、売っているものは「空飛ぶバス」なんです。

よく知られた例でいうと、スターバックスはコーヒーを提供する企業ではありますが、このビジネスを組み立てていく時に一番最初にあったコンセプトは、「サードプレイス」でした。ファーストプレイスは、家。セカンドプレイスは、オフィス。

スターバックスがアメリカのシアトルで生まれたのは、1987年です。当時はレーガン政権ですから、新自由主義で、小さな政府で、自己責任で、競争社会で、みんな勝手にやれ、そういう時代です。そんな時にスターバックス創業者のハワード・シュルツは、アメリカ社会のテンションが高すぎると感じた。セカンドプレイスは、競争競争でみんなが緊張している。ではファーストプレイスではどうかというと、自分の配偶者の前では一番素敵じゃないといけないというのがアメリカ人の宿命です。「I love you, honey」と言い続けていないと家でもクビになってしまう。一体どこでリラックスすればいいのか。

そういう中流以上の人々に対して、第1、第2の場所の間に、日常的に30分間逃げ込めてテンションを下げられる避難所を作りましょう、というのが「サードプレイス」です。すなわち、商売の元は「サードプレイス」というテンションを下げる場づくりにあります。「サードプレイスを売ります。コーヒーもついてきます。なぜならば、コーヒーはテンションを下げるのに、有用なツールだからです」。こういう話なんです。

もう少し新しい、21世紀に支配的になったビジネスでいうと、Amazonもまたコンセプトが非常に明確だった例だと思います。当時、インターネットの時代だということはみんな考えていて、そこでは物が売れます、Eコマースです、そんなことも全員がわかっていました。問題はそこから先の戦略であり、それが経営者の腕の見せどころです。

Eコマースの世界では、これまでのリアルコマースと違い、物理的な制約がありません。なので、その頃に出てきた多くのスタートアップは、ある種の自動販売機みたいなものとしてEコマースをとらえていました。これまでのリアルコマースよりも、いろいろな所でコストを削減でき、品ぞろえが圧倒的に広い自動販売機をそれぞれの家にばらまけるというわけです。しかし、そうじゃないだろうというのが、Amazonでした。

なぜなら、昔からメールオーダーのカタログはあるし、ショッピングモールに行けば品ぞろえは豊富にあるわけで、それはEコマースの本質ではない。Amazonは本から始めたわけですが、ジェフ・ベゾスが考えたのは、本屋に入った瞬間に、その人の好みに合わせて本棚が一斉に動く本屋です。これは、リアルコマースがひっくり返っても真似できない。つまり、Aさんが入ると、Aさんの好みに合わせた本棚のレイアウトや構成の本屋に変わる。0.1秒後にBさんが入ってくると、途端にBさんに合わせた本棚構成になり、本の分類基準もBさんに合わせて変わり、入り口の今週のベストセラーも、Bさんに合わせてたちどころに変わる。これこそがネットの本質だというのがベゾス氏の慧眼でした。Amazonの戦略はすべてがこのコンセプトから出てきたものです。

それは本だけではなく、CDとかおもちゃとかものすごい種類がある物の中から、お客さまが自分の欲しい物を「探して見つけて選んで買う」という、一連の「購買意思決定のインフラ」を作るというのがAmazonのコンセプトです。つまり、Eコマースのスタートアップが目指した自動販売機は、単なる「購買インフラ」。それに対し、Amazonのコンセプトは「購買意思決定のインフラ」、ここに決定的な違いがあります。

具体的なレベルで見れば、ネットで本を売っていて、それが検索できて、クレジットカードで決済して宅配で届く。他のEコマースと大きな違いはないように見えますが、コンセプトが違います。コンセプトこそ、差別化と戦略の源泉なんです。逆に言うと、Amazonがネットの本屋さんをはじめよう、スターバックスがコーヒー屋さんをはじめようというコンセプトでスタートしていたら、絶対に今のようにはなっていない。もっと抽象度が高いコンセプトにこそ商売の元があり、これがユニークなものであるときに戦略ストーリーもまた独自性を持つということです。

画像: コンセプト-その2
「商売の元」をつくる。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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