英語が飛び交う会議や講演の同時通訳者として、これまでにアル・ゴア元米副大統領、フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグ氏、ダライ・ラマ14世など世界中の著名人の通訳を数多く務めてきた関谷英里子さん。その活躍は通訳にとどまらず、NHKラジオ講座の講師や著書の執筆などを手がけてきた。スタンフォード大学への留学後は、日本とアメリカを行き来しながら、企業の事業支援も行う。商社時代の経験から起業家としての横顔、読者に向けたアドバイスまで4回シリーズで紹介する。

動画を見ながらの予行演習

——仕事の依頼があってから通訳当日まで、どのような手順や段取りがあるのですか。

関谷 
通訳の仕事は日々入ってきますので、1つの案件の準備をし続けることは難しいです。毎日違う仕事をこなしながら、その都度、複数のクライアントから必要な資料が届いているかどうかを確認しています。発注側は大きな会議ならば、何か月も前から準備している場合が多く、アウトラインやテーマ、スピーカーはどなたかという情報も聞くことができます。1週間から10日前には具体的なアウトラインが示されて、スピーカーとテーマが伝えられます。

そこから、スピーカーがYouTubeなどに取り上げられていたら、スピーチイベント「TED」のトークや大学の講演などの関連動画を観て、最近どういう話をしているか、選ぶ言葉や話し口調にどんな特徴があるのか調べておきます。そして、スピーカーが話している動画を画面上に観ながら、実践さながらの同時通訳の予行演習を繰り返します。スピーカーの著書やテーマに関連する文献にも目を通して、単語ノートを用意して、できることは何でもしておきます。ただ、実際に何を話すのかは直前にならないとわかりません。講演で使うパワーポイントの準備にご本人が追われてしまい、通訳はぶっつけ本番になることもあります。

——同時通訳というと、知力をフル稼働させて、逐一言葉に置き換えていく印象です。通訳しているときは、どのような思考回路をたどられるのでしょうか。

関谷 
言葉の意味をそのまま置き換えるのではなく、話者の言葉から頭のなかにイメージを描き、映像化したものを言葉に置き換えていきます。同時通訳しているときは、話者の発する言葉にとらわれすぎないことが大切です。たとえば、“I went to the beach and had an ice cream.”という一文であれば、海辺でアイスクリームを食べている姿を思い浮かべて言葉に換えます。状況に最も適した表現になるように、英語の言葉ひとつへの深い理解と日本語の引き出しを多く持つことが瞬時の対応が求められる通訳の仕事には欠かせません。

画像: 動画を見ながらの予行演習

「間」を置くことも通訳の技術

——一般的には感情をさし挟まず淡々と通訳をするイメージですが、関谷さんが現場で心がけていることはありますか。

関谷
英語を話すスピーカーにどのような日本語が馴染むかは、とても重要な要素です。まるで話者が日本語を話しているかのような、自然で感情を伴った通訳をめざしています。私の理想は「声優」のような通訳者です。現場では、聴衆は話者を視覚でとらえ、私の声が音声として聞こえています。その時に相手の話しぶりと私の声の印象に齟齬がないようにしたいのです。話を止めれば、通訳も止める。「間」があれば、「間」を置くというように、言葉がないところにも気を配ります。

——ひとつの言葉でも複数の辞書を引き、多くの用例を検索して、表現が的確に使えているかどうかまで追求されるそうですね。

関谷
こうでもない、ああでもない、でもこういうふうに表現したほうが、より伝わりやすいのではと突き詰めていく過程が大好きです。通訳に向いている人はどんな人かという質問もよく受けますが、英語や日本語が得意というよりも、勉強が好きで続けられる人、新しいことに貪欲になれる人が向いているのではないでしょうか。たとえば「この講演会のスピーチの内容を全文お渡しします」と言われて、それをすべて完璧に訳して首尾よく通訳できたとしても、それは聴衆の心にどれだけ響いたものなのかによって評価はわかれます。

通訳者に向いている人は「この固有名詞はなぜ、ここで使ったのか」、「なぜ、このタイミングでこの本を引用しているのだろう」と、次から次へ湧いてくる疑問に体当たりできる方です。関心をもって調べていくうちに、話者の真意や意図するねらいに思い至れば、表面的でない人間味の感じられる通訳ができると思います。

通訳の仕事には完璧も終わりもありません。話者はなぜこの考えに至ったのか、時代背景は何かなどを探っていきます。この講演会になぜこの人が招かれているのかというのも重要なポイントになります。シリコンバレーでの仕事では、スピーカーの半分は女性たち。彼女たちは女性だからという理由で登壇するのではなく、主催者側が経歴を見てシェアできる「何か」をもっているから、いまここにいるわけです。話者の社会的立場やテーマを取り巻く「時代性」も心にとめておく必要があります。

忘れられない貴重な出会い

——これまで数多くの著名な方の通訳を務めてきましたが、そのなかでも印象深い出会いがあれば教えてください。

関谷
マーク・ザッカーバーグさんの同時通訳も経験しましたが、同じフェイスブックのCOO、シェリル・サンドバーグさんとの出会いは強く印象に残っています。メディアは彼女の強さばかりに目を向けていましたが、実際にお会いしてみると、とても気さくで面倒見のよい方だとわかりました。企業のトップという立場であれば、周りの人に緊張を強いることもあるでしょう。ご自身もそれがわかっているから、その場を和ませるよう振る舞っています。こういう雰囲気を作れる人が身近にいたら、仕事もしやすくなり、職場の空気も変わるにちがいありません。

シェリルさんは、周囲の人と協調しながらリーダーシップを発揮していくタイプだと思います。自分だけですべてを決めるのではなくて、「この件、どうなってる? 」「それはどうして? 」というように相手の懐に入って、解決策を見出す術を心得ているのでしょう。

画像: 忘れられない貴重な出会い
画像1: 話し手の内なるビジョンをとらえ、聞き手に響く言葉をつむぐ
【第1回】通訳の仕事に完璧も終わりもなし

関谷英里子 Eriko Sekiya

慶應義塾大学経済学部卒。スタンフォード大学経営大学院修了。日本通訳サービス代表。同時通訳者としてアル・ゴア元米副大統領、フェイスブックCEOマーク・ザッカーバーグ氏、ダライ・ラマ14世などの著名人の通訳を務める。NHKラジオ講座「入門ビジネス英語」の講師としても活躍した。主な著書に『カリスマ同時通訳者が教えるビジネスパーソンの英単語帳』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『同時通訳者の頭の中』(祥伝社)などがある。

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【第1回】通訳の仕事に完璧も終わりもなし

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