出口 治明氏 立命館アジア太平洋大学(APU)学長 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
先の見通せない時代、一生学び続ける大切さとともに、大学におけるリカレント教育への関心も高まりつつある。その一方で、近年の日本人が「学び」をおろそかにしてきた弊害も表出し始めている。出口氏は、日本人が学ばなくなったのは長時間労働をはじめとする社会システムに起因するものと指摘した上で、リーダー自らが率先してその解を探っていくべきと説く。

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「第2回:成長のカギは性別、国籍、年齢フリーにあり」はこちら>
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教育の理想はアズハル大学の3信条にあり

山口
一生学び続けるという意味では、リカレント教育*1の場としての大学の役割も、今後大きくなるのではないでしょうか。

*1 スウェーデンの経済学者ゴスタ・レーンによって提唱された概念であり、義務教育や基礎教育の修了後に教育と教育以外の活動(仕事・余暇など)を交互に行う学習システム。1970年代にOECDで取り上げられ、国際的に知られるようになった生涯教育構想。

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出口
そうですね。大学の理想のあり方は、10世紀の終わりにカイロに創立された世界最古の大学の一つ、アズハル大学の教育信条に集約されていると思います。それは、「入学随時」、「受講随時」、「卒業随時」の3信条です。分からないことがあればいつでもおいで。自分の勉強したいことだけ学べばいい。そして疑問が解けたらいつでも卒業していい。その代わり、また分からないことが生じたら、いつでも学びにおいで。これこそが、リカレント教育をも含めた教育というものの真髄です。グローバルであり、かつ勉強したければいつでも学べるというのが大学の理想の姿なのだと思います。

これからの時代、変化のスピードはどんどん加速し、ますます先が見通せなくなるでしょう。変化に対応していくために、10年ほど働いたら数か月学び直し、また働くというシステムになっていくかもしれません。そうした時代を見据えて、ここAPUではGCEP(Global Competency Enhancement Program)という、社会人を対象とした人材のグローバル化養成プログラムを実施しています。2か月または4か月の単位で国際経営論などを受講し、学生寮で生活することによって、実践的な言語学習や異文化理解を深められるプログラムです。

画像2: 教育の理想はアズハル大学の3信条にあり

山口
大学での学びのあり方も、学位を取るだけに限らないさまざまな形へと多様化していくのでしょうね。一方で、最近の若い世代には、実学重視と言いますか、極端な話、自分は外資系の投資銀行に就職したいから文学とか歴史なんてどうでもいいという考え方もあるようです。

出口
それは指導者が学ぶことの大切さをきちんと教えていないからでしょう。投資銀行は誰を相手にビジネスをするのかと言えば、人間ですね。だから人間と人間がつくる社会についてその本質を学ばず、テクニックだけを勉強してどうなるのか。そういう学生には、フランス大統領エマニュエル・マクロンの著作『革命』を読んでもらいたいと思います。彼は投資銀行勤務から36歳で大臣になり、39歳で大統領に就任したエリートです。その彼がどんな勉強をしたのかということを知れば、自分は投資銀行で働くから歴史や哲学はどうでもいいという考えは無くなると思います。「Knowledge is Power(知識は力なり)」というフランシス・ベーコンの言葉を知らなければいけません。

山口
フランスのバカロレア*2にはさまざまな科目がありますが、理系も文系も哲学が必須となっていますね。そうした仕組みになっていること自体が、学びのあり方に対する社会的な姿勢を示しているのではないかと感じます。

*2 フランスの国家学位の一つで、後期中等教育(リセ)卒業資格であると同時に大学入学資格証明。数種類の分野ごとに厳格な試験が課せられ、この資格取得の試験を意味する場合もある。

出口
日本の新聞も、センター試験の改革を訴えるのなら、バカロレアの問題を載せたらいいと思います。例えば、「物事を知るには観察するだけで十分か」とか、「芸術は美しくある必要はあるのか」といった問題に18歳の学生が答えているという事実を知るべきでしょう。

日本の現状を見ていると、ジョージ・オーウェルの有名な『1984年』に登場する「ビッグ・ブラザー」率いる政党のスローガンが想起されます。三つのスローガンのうちの一つが「Ignorance is Strength(無知は力である)」なのですが、まさにそのような状況です。

ただ、日本人が勉強しないのは日本人が劣っているからではなく、社会システムが歪んでいるからです。まず大学進学率が低い。高等教育の制度やその意味合いは国によって異なるので一律には比較できませんが、日本の大学への進学率は2018年に53%で過去最高となったものの、OECD(経済協力開発機構)平均の約6割にはまだ届いていません。

次に大学に入ってから勉強しない。これは主として企業の側に問題があって、採用において大学での成績を問わない企業が多いために、成績に対するインセンティブが働かないのです。しかも2,000時間労働で社会人になってからは勉強する余裕がない。このように、日本人が勉強しないのは勉強させないようになっている社会の構造に問題があるのですね。

日本の生産性が伸びないのはマネジメントの問題

画像1: 日本の生産性が伸びないのはマネジメントの問題

山口
冒頭におっしゃったように、グローバルな潮流はサービス業モデルに転換しているのに、日本は製造業モデル、工場で大量の人を使って、同じ仕事を大量の時間を使ってやらせるというモデルから脱却できていない。スポーツでたとえるなら、野球からサッカーへ種目自体が変わっているのに、トレーニングのやり方も選手の育て方も変わっていないから、さまざまなところにねじれが生じているのですね。

出口
そのねじれが閉塞感となり、先進国の中で最も自殺率が高いという状況を生み出しています。長時間労働でも報われない、骨折り損のくたびれもうけでは社会全体が疲弊してしまうのも当然です。

先日、デービッド・アトキンソン氏と対談したのですが、日本の生産性が伸びないのはマネジメントに問題があるからだという意見で一致しました。マネジメントに問題があるのも、勉強する時間がなかったからです。リーダーは歴史も最新動向も勉強しなければいけないのに、2,000時間も働いて、そのあと業界の会合に出ていたらいつ勉強すればいいのですか。

今、働き方改革も始まり、一部では労働時間が短くなりつつあるようですが、その改革のスピードが世界に比べてどうなのかが問題です。うまくキャッチアップできれば、日はまた昇るはずですよね。そのためには、これまでの常識を疑い、パラダイムを転換することが必要です。そして、それを実行するのはリーダーの役割です。

画像2: 日本の生産性が伸びないのはマネジメントの問題

山口
一方で、パラダイムは世代が交代しなければ変わらないという見方もありますね。

出口
ミハイル・ゴルバチョフ氏のように、体制の中から体制を変える勇気を持つ人が現れることもありますが、そういうことを知るのも歴史を学ぶおもしろさです。リーダーは組織を潰すこともできるし、トップダウンで世界を変えることもできる。人間社会を丁寧に見ていると、リーダーの役割の大きさに気づかされます。だからこそ、リーダーは謙虚な姿勢で、他人の5倍も10倍も学ぶということを続けなければいけないのだと思います。

画像1: 「さまざまな知識×論理的に考える力」が問われる時代に
その4 学ぶことを阻害する日本の社会システム

出口 治明(でぐち はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年三重県美杉村生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年に上場。10年間にわたって社長、会長を務める。2018年1月より現職。著書は『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『全世界史上・下』(新潮社)、『人類5000年史Ⅰ、II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

画像2: 「さまざまな知識×論理的に考える力」が問われる時代に
その4 学ぶことを阻害する日本の社会システム

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

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楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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