出口 治明氏 立命館アジア太平洋大学(APU)学長 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
2回目のゲストには、立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明氏をお迎えした。長年にわたって生命保険会社で活躍した後、2008年に還暦で戦後初の独立系生命保険会社となるライフネット生命を開業し、急成長に導く。歴史に造詣が深く、稀代の読書家、経済界きっての教養人としても知られるなど、多彩な経歴を持つ出口氏。大分県別府市十文字原の高台に建ち、眼下に別府湾を一望するAPUのキャンパスにて行われた山口氏との対談。出口氏は、日本の成長率が低迷している根本的な要因は、論理的に考える力の不足だと指摘する。考える力を高めるための処方箋、そして日本再生のカギとなるものは何か。リベラルアーツに裏打ちされた幅広い視野から明らかにしていく。

ダイバーシティにあふれる教育環境

画像1: ダイバーシティにあふれる教育環境

山口
さきほどキャンパスの中庭やカフェテリアの辺りを拝見したのですが、本当に国際色豊かで、ものすごく活気がありますね。

出口
立命館アジア太平洋大学(以下、APU)の学生数は約6,000名、その半数は世界91の国や地域からの国際学生です(2019年5月現在)。いわば「若者の国連」のような場所です。さらに、国内学生約3,000名のうち九州出身者が3分の1、あとの3分の2は日本全国から来ており、国内における多様性も日本有数というダイバーシティにあふれた大学です。1回生は原則として全員が学生寮に入り、2人部屋の場合は国内学生と国際学生でシェアするなど、国際相互理解を深められる環境をつくっています。

国際的な評価では、イギリスの高等教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』の世界大学ランキング日本版で、2018年、2019年と2年連続して西日本の私立大学でナンバーワンとなり、全国の私立大学でもトップ5に入りました。上位は早稲田大学、慶應義塾大学、上智大学、国際基督教大学といずれも東京の歴史ある大学ですから、APUがそこに名を連ねるというのは望外の喜びです。

国際認証でも、2016年に国際経営学部と経営管理研究科がAACSB International*1より世界最高水準の教育機関としての認証を取得しました。AACSBの認証を取得したのは日本国内ではAPUが3校目、世界のビジネススクールでも5%しか取得していません。また、2018年にはアジア太平洋学部が、UNWTO Themis Foundation*2が実施する観光教育機関の認証制度「UNWTO. TedQual*3」の認証を取得しました。日本国内では2校目、私立大学では国内初の取得です。

*1 AACSB (The Association to Advance Collegiate Schools of Business)は、マネジメント教育を推進する、世界で最も権威あるビジネススクール認証機関の一つ。
*2 観光に関する世界最大の国際機関である国連世界観光機関(UNWTO)の関連組織。
*3 Tourism Education Quality

画像2: ダイバーシティにあふれる教育環境

山口
まさに高等教育の国際化をリードしておられる。

出口
国際化に対応するため、春と秋の年2回入学できる仕組みにしています。入学試験は日本語か英語のどちらかで受けられ、キャンパスの公用語も日英二言語、学部講義のおよそ9割は日英二言語で開講しているのも特色と言えますね。

基本的な教育方針は三つあります。まず何よりも重んじているのが「ダイバーシティ」、個性です。具体的にはさきほどお話しした通りですが、僕は学長に就任してから一貫して「個性を大切にしたい学生はAPUへ」と言い続けています。

第二には「みずから学ぶ」ことです。大学は何かを教える場ではなく、自発的な学びを後押しする場ですから、学生が自分のやりたいことを見つけられるよう、アクティブラーニングを積極的に取り入れています。ビュッフェのメニューのように多くのプログラムを用意して、その中から学生に好きなものをピックアップしてもらうという考え方で教育を行っています。

第三には、企業への就職だけではなく、起業や大学院進学、NPO設立や国際機関への就職など、「学生それぞれの希望を応援する」ことで、そのための学生のサポートに力を入れています。2018年には、課外プログラムとして「APU起業部」を立ち上げました。起業経験のある僕がリーダーとなり、国内外で活躍できる起業家を育成する実践型プログラムです。

APUとしての方針は以上ですが、僕個人として学生に言い続けているのは、「人・本・旅を通じて勉強してほしい」ということです。たくさんの人に会い、たくさん本を読み、たくさんいろんなところに行って見聞を広めて成長してほしいと願っています。

人材も働き方も産業構造の変化に対応できていない

画像1: 人材も働き方も産業構造の変化に対応できていない

山口
APUの先端的な取り組みが評価されていることからも分かるように、大学に求められる教育というものが大きく変わり始めていると感じます。日本の近代教育は、「西洋に追いつき追い越せ」という明治時代のモデルを継承し続け、自分で課題をつくる能力よりも、与えられた課題を速く正確に解く能力が求められてきました。しかし、それでは立ちゆかなくなってきたわけですね。

出口
そうですね。もう少し丁寧に述べると、明治維新が成功したのは、その前に幕政を統括していた阿部正弘*4という偉大な政治家が、「開国・富国・強兵」という三本柱のグランドデザインを提示し、大久保利通が「尊王攘夷」を阿部正弘のグランドデザインへ上手に切り替えたためです。その正しさゆえにユニークな人材がたくさん生まれ、周恩来のような人物が留学してくるほど国としてのスケールも拡大しました。

*4 江戸時代末期の備後福山藩第7代藩主。江戸幕府の老中首座を務め、幕末の動乱期にあって安政の改革を断行したが、老中在任のまま39才で急死した。

しかし、その成功に増長して「開国」を捨ててしまった、世界に国を開かず「富国」と「強兵」だけでやっていけると勘違いした結果が、第二次世界大戦の壊滅的な敗北につながったのです。戦後、吉田茂らは三本柱をもう一度見つめ直し、「開国」、「富国」の順に優先順位をつけ、「強兵」は日米安保条約でカバーするというグランドデザインを描いたわけです。

戦後の復興に続いて奇跡的な高度成長が実現できた要因としては、野口悠紀雄氏が名著『1940年体制』で指摘したように、戦時下の統制的な経済体制がむしろ戦後の復興期に機能し、成長産業に効率的に資金を流せたことが大きかった。加えて、デービッド・アトキンソン氏が繰り返し指摘している人口増加も主要因となりました。そして、成長を支えた製造業の工場モデルに当てはまる、勤勉で素直で我慢強く、協調性があって上司の言うことをよく聞く人間が量産されてきたわけです。

山口
バブル経済の崩壊から30年近くが経った今なお、戦後の高度成長があまりにも成功したために、ご指摘の製造業モデルから脱皮するのに苦労しています。一方、世界は大きく様変わりし、まったく異なる成長モデル、成功モデルが次々と生まれています。

画像2: 人材も働き方も産業構造の変化に対応できていない

出口
今、日本が行き詰まっている理由は、モノづくり信仰の一方でGDP(国内総生産)に占める製造業の構成比が2割程度、雇用者数は約1,000万人で全体の17%程度となったことから分かるように、もはや製造業では社会を引っ張れない状況になっていることが主因です。代わって伸びているのはサービス業です。また、この30年間、日本の正社員の労働時間はほとんど減らず、年間2,000時間前後で推移しています。にもかかわらずGDPの平均成長率は1%にとどまっている。日本と同様に少子高齢化が進行している欧州では、年間労働時間は1,300~1,500時間程度で平均2%成長しています。

なぜ日本でこのように成長率が低迷しているのかというと、製造業からサービス業へと産業構造が変化しているのに、人材も働き方も製造業モデルを続けているからです。サービス業で問われるのは、与えられた課題をこなす力よりも、課題を見つけ出す力、新しいサービスにつながる独創的なアイデアを生み出す力です。APUが評価されているのは、そうした力を養うには、とがった個性を尊重する教育に転換しなければならないということに、社会が気づき始めた証左かもしれません。

画像1: 「さまざまな知識×論理的に考える力」が問われる時代に
その1 なぜ日本の成長率は低迷しているのか

出口 治明(でぐち はるあき)

立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年三重県美杉村生まれ。1972年京都大学法学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年退職。同年ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年ライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年に上場。10年間にわたって社長、会長を務める。2018年1月より現職。著書は『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『全世界史上・下』(新潮社)、『人類5000年史Ⅰ、II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)など多数。

画像2: 「さまざまな知識×論理的に考える力」が問われる時代に
その1 なぜ日本の成長率は低迷しているのか

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第2回:成長のカギは性別、国籍、年齢フリーにあり」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋大学ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

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