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『こくベジ』集配は、需要と供給の調整役
『こくベジ』がスタートした時には、奥田氏南部氏プラス2名のメンバーによる4名体制で、週二回集配をしていたが、ほどなく会社勤めの2名が脱落。現在もパートタイムのサポートが入ることはあるが、集配や飲食店への調整は二人で行っている。彼らは野菜の集配だけではなく、どの農家の畑で何がどれだけ採れるのかという供給側の情報と、どんな野菜が欲しいのかという飲食店の需要側の要望を、調整する役割も担っている。
奥田氏「最初は2軒の農家から、22店舗の飲食店に届けることから始めました。集配や飲食店を増やすということは、新聞配達時代の経験から何とかなるだろうと思っていました。ただ野菜はいつ何が採れるのかが変わりますし、出荷できる期間も変わります。大きさも規格通りというわけにはいきません。一方、飲食店は事情を理解はしていても、実際にはできるだけ欲しい野菜を安定した量と品質で提供して欲しいわけで、この調整が難しかったですね。規模が大きくなるほど、その調整が難しくなることがよくわかりました」
南部氏「その辺は奥田さんが窓口になってくれています。農家は農家で不満が出ることもあるし、飲食店は実際にスーパーや農協で買うよりも若干高いし、大きさも違うし、品揃えも限りがあるとか、不満は当然あります。奥田さんというのは不思議な人で、そういう話を聞きながら、信頼関係を作ってしまうんです。このサラダならこの野菜を使った方がいいとか、お店ごとにそういう話をしてきた積み重ねがあるから、100店舗まで広がっていったんだと思います。」
スタートした時には、車も借り物で、駐車場やコンテナも農家から無料で使わせてもらいながら、固定費を徹底して抑えて運営していた。現在は、帳票や配送のパートの時給、燃料費など最小限のコストは野菜の価格にプラスして販売している。
奥田氏「だから私たちは、ボランティアではないんです」 南部氏「僕の場合は、飲食店からお店のロゴやメニューのデザインを頼まれたりしていますので、『こくベジ』では稼げませんが、農業デザイナーとしてのビジネスにはつながっています」
なぜ『こくベジ』は続くのか
5年目を迎えた『こくベジ』は、“マルシェ”や食のディスカッションを行う“ラウンドテーブル”、地元の野菜を自分でお店に持っていき調理して食べる『つれてって、たべる。わたしの野菜』などの新しいイベントも積極的に行っている。また、障がいを抱えた人にも農作業に参加してもらう“農と福祉”、子ども食堂へ野菜を提供する“食育”などへも広がってきている。その輪の中には、市役所や企業、NPO、学生をはじめとする市民ボランティアなど、多くの人が関わっている。しかしその基盤は、農家と飲食店をつなぐ集配であり、接点となっているのが奥田氏南部氏であることに変わりはない。彼らが不動のメンバーでいるからこそ、『こくベジ』は5年目を迎えることができ、さまざまな人を巻き込むうねりとなった。
奥田氏「確かに広がってきていますけど、いまここで無理してパフォーマンスを上げるということは考えていません。意識しているのは、どうすればみんなが続けられる環境を作れるか。“ぶんぶんウォーク”もそうなんですが、どんとお金があればあるほど続かないことをやってしまうのは、いろんな失敗をしてきてわかっているつもりです。それなら、継続して使えるものにお金を使って、単発に終わらせないことの方が地域にとって重要だと思います」
南部氏「『こくベジ』を使って、いろんな人がいろんなことにチャレンジできる環境を作るためには、ハードルはなるべく下げておくことが大事だと思います。これまでのイベントや活動は、その姿勢だったから実現したものばかりです。『こくベジ』との接点が見える場合には僕らは協力しますが、接点が見えないビジネス目的の話とかは、やはり続きません。“やってください”と言われると拒否反応を起こしますが、“一緒にやりましょう”とか“これがやりたいんです”という場合には協力を惜しまない体質なんです」
二人の価値観について
必要とされる場所で骨惜しみせずに動き、それが人とつながっていき、『こくベジ』という好循環が生まれることは理解できた。しかし、『こくベジ』が継続していくためには、二人の集配の継続が必要なのだが、それが利益を生むことはない。少し立ち往った質問になるのだが、二人の普段の仕事について聞いてみた。
奥田氏は6年前に新聞販売店を退職してから、カウンセラーとして悩みを抱えている人の相談を受けること、そして市のホールの受付を仕事にしているそうだ。南部氏は、農業デザイナーの仕事に加え、やはり市のホールの受付をし、赤坂にある『東京農村』という東京野菜を発信する施設のアートディレクションや管理業務を行っているとのことだ。二人とも、〇〇社の〇〇をやっている〇〇です、といった名刺1枚では表せない働き方をしている。それは、組織や肩書で稼いではいないということだ。
奥田氏「新聞販売店で働いていたときも、今もそうなんですが、私は“収入から仕事を決めない”という思いで生きてきました。それが成立するかはまだ実証実験中で、私はまだ生きているので、完結するまでわからないんですが。これまでいろんな人に助けられて生きてきたので、人の役に立つことで生きられるぶんのお金があって完結できたら、それが最高だと思います」
南部氏「僕は、お金という物質的なものではなくて、人とのつながりという“目に見えない貯金”をしているという感覚です」
市場原理主義とか自由競争社会とは無縁な、こういう価値観を持った二人が力を発揮できるのも、国分寺という街のフトコロの深さかもしれない。
次回は、『こくベジ』という地域の活動に、自ら参加することを決めた日立製作所のデザイナーに話を聞く。
Voice
清水農園 清水 雄一郎氏
うちは代々受け継がれている農家です。ここで採れた野菜は、この直売所でほとんど売り切ってしまいます。お客さまは、ほとんどが地元の方たちです。地域密着の農業なので、一年中野菜が切れないよう工夫しながら、多品種少量生産でみなさんのニーズに応えたいと思ってやっています。『こくベジ』には、最初から参加しています。私も実際にお店に食べに行きますが、お店の方や食べに来られるお客さまの話を聞くことが、すごく勉強になりますし、新しい野菜にチャレンジするモチベーションになります。うちの畑には、小学生が見学に来たり、障がいを持つ方たちに作業を手伝っていただいたりしていますが、そういった“食育”や“農福”を通じて、農業の新しい価値を生み出すことができれば、私もうれしい。『こくベジ』は、そんな活動にもつながっていく試みなので、これからも応援したいと思います。
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