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今回は、日本の家計におけるアセットアロケーション(資産配分)についての話です。アメリカやイギリスなどでは、個人の金融資産の半分ぐらいが投資に向けられています。貯蓄の割合は小さい。それが日本だと、さまざまな統計がありますが、投資は15%ほどです。先進国の中では投資が非常に少なくて、アセットクラスが貯蓄に偏っています。これは、どう考えても非合理です。もし日本の個人資産のアロケーションが、アメリカまでとは言いませんが、EUと同等ぐらい投資に回れば、まず税収が変わってくる。数兆円のレベルで税収が増えます。

小学生でもわかることですが、もし貯蓄のほうが利回りが良ければ、貯蓄すればいい。しかし、現実の貯蓄はマイナス金利という悪条件です。にもかかわらずなぜ日本では投資が増えないのか。もう20年以上、「貯蓄から投資へ」という掛け声を出していても一向に変わらないのは、強い理由があるからです。それはやっぱり日本の投資、金融商品を売る側、証券会社の個人に対するサービスの提供方法がまずかったからです。まあまあ金融資産を持っている年長の人たちは、バブル崩壊後のものすごくネガティブな投資経験があったり、自分で経験がなくてもひどい話を聞いたりしているので、もう元本割れって聞いただけで絶対駄目とか、だまされるみたいに思う人が少なくない。

しかし、こうした現状は客観的にはものすごい損失だと思います。昭和的な株のイメージというのは、個別株に対する投資でした。さらにギャンブル性の高いFXとか仮想通貨とか、そういうものもあるのですが、アメリカなどのあれだけ投資にお金が回っている国を見ると、もうほとんどの人がそんな個別株や投機的なリスクの高い金融商品は買っていなくて、投資信託なわけです。しかも投資信託でも、「これからはロボットが伸びますよ」というテーマ型のアクティブ(能動的)な商品ではなくて、マーケット全体を買うようなパッシブ(受動的)型の投資信託です。リーマンショック以降はパッシブ型がいよいよ主流になっています。

リスクは絶対にコントロールできません。それでもコストはコントロールできます。コントロールできないものをコントロールしようとするのが間違いの始まりなわけで、コントロールできるものをしっかりコントロールすればよい。投資のコストというのは金融機関に支払う報酬です。アクティブ型の投資であれば、そこに高給取りのファンドマネジャーがいて、その人が判断して決めるのですからコストがかかる。パッシブ型だとコストは小さくなり、そのコストはコントロールできます。手数料(コミッション)として報酬が発生する場合、売り買いするほどコストが大きくなる。普通の人の資産形成の投資というのはもう答えははっきりしていて、なるべく低コストな金融商品を、なるべく市場全体で分散して買って、なるべく売ったり買ったりしないで長期保有するのが一番合理的です。

それは理論的にも裏付けられています。ユージン・ファーマというノーベル賞を取ったファイナンス科学者が実証した『効率的市場仮説』がそれです。市場というのは効率的であり、株で言えば市場価格にはすべての情報が集約され効率化されているので、ミスプライシングはない。ミスプライシングがないということは、アクティブな投資はペイしないということなんです。つまり、いまは割安で評価されてるから買おうとか、割高で評価されてるから売ろうというのは、そこにミスプライシングがあるから出てくる判断であり行動なわけです。ミスプライシングがなければ、判断せずに、市場全体を買っておけばいい。これがパッシブ投資の考え方です。

パッシブ型の金融商品を長期に保有しなさいというのが、『効率的市場仮説』の論理的帰結です。ということは、とどのつまりは単純に資本主義を信じるかどうかなんです。資本主義を信じれば、マーケット全体は緩やかではあるけれども成長していき、長期的にはマイナス金利の貯金よりは合理的だということです。

(撮影協力:六本木ヒルズライブラリー)

画像: お金とスタイル-その4 貯蓄と投資。

楠木 建

一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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