今回のテーマは「お金」。とにかく世の中、みんなお金の話が大好きです。ただ、大好きなんだけれども、あまりオープンに話したりはしない。

まずは「収入」の話から。もちろんお金を稼ぐことは、卑しいことではありません。ただ、あまりにも「本能直撃」なんですね。人間のむき出しの本能と密接不可分のものは、あからさまにオープンにすると世の中が壊れてしまう。これが古来からの人間社会の知恵です。だから、お金のことは誰もあけすけには語らない。性生活と同じですね。あからさまに話をするのは大人の社会では下品なこととされています。でも、やっぱりみんな大いに関心があるので、お金もうけの話や本はいくらでも出てきますし、雑誌などで繰り返し取り上げられています。

特にビジネス雑誌では、頻繁にお金の特集を組みます。年収何千万の人の生活スタイルとか、そんな話しばっかりでよくネタが尽きないなというふうに思いますが、やっぱり「本能直撃モノ」なので、ネタは尽きない。

江戸時代でも、商業世界で生きていたビジネスパーソンはいっぱいいたので、“商いもの”というジャンルがありました。当時のベストセラーが井原西鶴の『日本永大蔵』です。『日本永大蔵』の冒頭で、西鶴は「金は商人にとって命の次に大切なものだ」と言ったかと思うと、「金なんかあったって死んだらおしまい。あの世まで持っていけないよ」と言う。「金に拘泥するもんじゃない」と言ったすぐ次に、「やっぱり最後は金だから」と行ったり来たりする。大いに矛盾しているわけですが、お金というのはそもそもそういうもの。みんながみんな、最後はお金がすべてではないとわかってはいても、非常に気になる。目先のお金の多寡にどうしても反応してしまう。

僕もその例外ではありません。税金を支払うということに対して、国民の三大義務であるその意義は重々理解しているつもりですが、いざ通帳に記帳した時に「コクゼイ」とか片仮名で書いてあってそれなりの金額が抜かれてると、やっぱりちょっと寂しくなる。それでも、払ってしまうと、世の中に参加している気分がして、まあまあ気分がイイ。矛盾しています。

なんでそういう非常にアンビバレントな状態になるのかを考えてみると、ひとつにはお金の特徴が「単純量」だということがあります。何円とか何ドルとか、一次元的な量として記述し、認識できる。年収500万円と5,000万円がすぐに比較ができます。だから、お金持ちってどうなんだろうとか関心を持ったり、畜生、俺の倍も稼ぎやがって、と嫉妬の要因になったりする。

次に、お金の特徴として挙げられるのは、「超汎用性」です。「普遍的交換性」といってもよい。大切なものはお金では買えないとみんなわかってはいるのですが、でも大体のものは買えちゃう。交換手段として、やたらに汎用性が高い。

個人的な話なのですが、以前に500万円をどぶに捨てた経験があります。大金を損したその時に、僕はすごく不幸な気持ちになったんです。別にいいじゃないかと頭では言い聞かせるのですが、なんかくよくよしちゃうのは、「この500万があったら、おいしいお鮨が500回食べられたのに」とか考えてしまうからです。お金の持つ「超汎用的交換性」が、こういう思考を取らせるわけですね。お金が汎用的なものであるがために、ありとあらゆるものがひも付くということです。

どうにも悔しいので、どうしたらいいかなと思ったとき、比較ができる「一次元的な量」に注目して、もっと不幸な人を見ると幸せになるかもしれないと考えました。そこで「最近、どんな不幸があった?」といろんな人に聞いて回りました。すると友人の一人が、家を建て直すときに、すてきな家を建てたいと思い、高名な建築家に設計を依頼した。まずは模型を作るそうなのですが、その段階でコンセプトを決めて、それから模型を作ってプレゼンテーションをしてもらう。結構それが高くて、その費用を払ったら家を建てるお金がなくなった。結局何百万円もかかった模型だけが手元に残った。それを聞いて、結構みんな損をしているな、と僕は相対的に幸せな気持ちになりました。この友人のケースと僕の損失のケースはまったく性質が異なるのですが、それもこれも、お金が一元的尺度として比較可能なので、文脈を超えて気分に影響を及ぼすわけです。

お金の3つ目の特徴は、「貯蔵性」です。経験だとかモノよりコトとか言われますが、経験やコトは流れていってしまいます。もちろん人間はプライスレスな経験、後から思い出せる記憶で生きているっていうのが本当のところですが、だけどやっぱりコトよりお金っていう人はいるわけです。お金は置いておける、つまり将来につながりますから、先のことまで考えるその人間を拘束する面がある。

「単純量」だから比較してしまう。「超汎用性」があるからひも付けてしまう。「貯蔵性」があるから将来を縛る。お金はこういう特徴を持つので人間の本能を直撃するんですね。

(撮影協力:六本木ヒルズライブラリー)

画像: お金とスタイル-その1 お金は本能を直撃する。

楠木 建

一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:お金は価値基準になり得るか。」はこちら>

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