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元日本たばこ産業株式会社 代表取締役副社長兼副CEO 新貝康司氏
元JT副社長の新貝氏へのインタビュー2回目。今回は、1999年のRJRインターナショナル(RJRI)買収と買収後経営について、詳しく伺う。JTでは、早くから世界の業界動向に目を向け、M&Aを想定しながら着々と情報収集と準備を行ってきたという。そこには海外で事業展開に向けた、緻密な戦略があった。

「第1回:M&Aは人財戦略である」はこちら>

大型買収前にパイロット買収で経験を積む

――前回は、JTの2度の大型買収の概要と新貝さんの役割、JTがM&Aを実施するに至った背景などについて伺いました。第2回となる今回は、1999年のRJRインターナショナル(RJRI)買収と買収後経営について、詳しく伺いたいと思います。RJRIを買収される以前から、M&Aの準備を進めてこられたのですか?

新貝
1988年に、RJRIの親会社であるRJR NABISCOが、プライベート・エクイティ・ファンドであるコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)に250億ドルでLBO(Leveraged Buyout)によって買収されたことは有名ですが、実はその少し前に、RJR NABISCOからJTに、米国以外のたばこ事業を担うRJRIを買わないかと打診があったのです。

結局、そのときは時期尚早と判断して買収しなかったのですが、当時、買収チームにいた私は32歳とまだ若く、「やるべし!」と社内で声をあげていました。今から思えば、そのときに無理に買収していたら絶対に失敗していただろうと思います。

ただ、LBOの後、KKRによってRJR NABISCO傘下のデルモンテやナビスコなどが切り売りされるのを見て、まさに資本の論理を目の当たりにするとともに、いつか必ずRJRIも売られる時期が来るだろうと踏んで、JTは情報収集と準備を進めていました。

ちょうどRJRIの買収打診の直前に、私たち買収チームは、ギリシャの、あるたばこ会社の買収検討も行っていました。結果的に買収は見送りましたが、海外企業買収の際の留意点やデューデリジェンス(買収監査)のチェックリストをレポートに残しておいたことは、後々役立ちました。

これらの経験を踏まえて、1992年にJTは初めて、小さな会社ですが、バリューチェーンのすべてを有している英国のマンチェスター・タバコを買収しました。これにより、買収後に海外で事業展開を行うとはどういうことなのか、経験を積む足がかりをつかみました。言わばパイロット買収だったわけです。

画像: 大型買収前にパイロット買収で経験を積む

 

RJRIの買収でブランド・人・インフラを手に入れる

――では、1999年のRJRI買収は満を持して臨まれたわけですね。

新貝
RJRIの買収は、JTにとって一気に海外事業のプラットフォームを獲得する最後のチャンスと捉えていました。そのため、最初の買収断念のときから10年にわたり研究を続けていました。

もはや、私たち自身の手で輸出拠点をつくり、売り上げを伸ばすオーガニックグロース(自律成長)では限界でした。世界中で企業統合が進み、M&Aを通じて人を獲得し、事業を育てるときにきていたのです。

一方で、当時のJTのバランスシートには5,000億円余りの手元現預金が積み上がっていて、このまま株主価値を上げられなければ、逆にJT自身が企業買収の対象となるリスクも抱えていました。

こうして、1999年、JTは77億9,000万ドル(9,420億円)でRJRIを買収しました。これにより、「ウィンストン」「キャメル」「セーラム」という世界有数のたばこブランドと人財、さらには工場や営業拠点などのインフラを丸ごと入手したのです。海外での販売たばこ本数は、約200億本から一気に10倍の約2,000億本へ増えました。つまりRJRIの買収は、典型的な「時間を買う」買収だったと言えます。

RJRIを再構築して、新生JTIへ

――その後の統合で特に注力された点を教えてください。

新貝
実は、当時のRJRIには、KKRによるLBOの後遺症がありました。つまり、借金を早く返済するためコストダウンが最優先され、R&D、マーケティング、販売促進、品質、そのベースになる設備への投資が疎かになっていました。品質が落ち、有名ブランドでさえもジリ貧になっていたのです。

つまり、RJRIを新生JTインターナショナル(JTI)として誕生させるためには、ビジネス・ターンアラウンド(事業再生)しながら、成長の基盤を構築していくための統合計画が不可欠でした。この統合計画の中で重視したのが、ブランド価値の最大化です。コスト削減には限界がありますから、ここから先、利益を出すには売り上げを伸ばすよりほかありません。そこで、注力するブランドと市場を選択して、資源を集中することにしました。その詳細を統合計画として、買収の日から8カ月かけて策定したのです。

しかし、いくら詳細な計画をつくったとしても、実際に事業成果をもたらすのは人です。そのためには、社員をモチベートして、やる気になってもらうことが非常に重要になります。また、多様な世界市場でビジネスを成功させるためには、多様な知恵を結集させなければなりません。

そうしたこともあり、JTIの本社をジュネーブに置くことにしたのです。ある人材コンサルティング会社が定期的に行っている世界生活環境調査(Quality of Living Survey)で、ジュネーブは長らく上位に位置づけられていました。多様な人財、有為の人財を惹きつけるのに適した都市にJTIの本社を置いたことは、旧RJRIの有為の人財をつなぎとめることにも役立ちました。

高値づかみと叩かれるも、公表した5年目標を達成

――当時は、史上最大の買収額が大きな話題を呼んだようですが。

新貝
いや、それはもう、「支払いすぎだ」、つまり高値づかみだなどとこっぴどく叩かれましたよ(笑)。ただ、社内では海外展開の戦略はきわめて明確でしたから、メディアや投資家から酷評されて、むしろファイトが湧きました。今に見ていろよという感じで、皆が一丸となったように思います。何が幸いし、災いするかわからないものですが、大切なことは背骨をしっかり持つということです。

画像: 高値づかみと叩かれるも、公表した5年目標を達成

その中で、JT流にこだわらず、JTIの成長にとって何が最良かを常にめざしたことが何よりも重要でした。また、RJRIがもともと持っていた「責任権限規定」をうまく活用して、「適切なガバナンスを前提とした任せる経営」の原型をつくったことは大きな収穫でした。その結果、2003年から増益が加速したのです。

とはいえ、当時、国内たばこ事業は依然としてJTグループ全体の4分の3の利益を生み出していました。しかし、生産労働人口の減少や、たばこへの販売促進規制強化、たばこ増税により、数量でみた国内市場が先細りすることは明らかでした。また、さらなる海外展開のためには、不足している技術や新たなブランドを手に入れる必要があったのです。さらには増益が加速しているJTIには事業を支える人財が欲しい。当時、JTIの人事担当者は、常に人を募集しても足りないほど多忙を極めていました。

この基盤を一気に飛翔させるためには、国内を含めた経営改革と次の大型買収が必要だったのです。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: シナジーを最大化するJTのM&A
【第2回】RJRI買収と買収後の事業再生

新貝康司
元日本たばこ産業株式会社(JT)代表取締役副社長兼副CEO。
1980年、京都大学大学院電子工学課程修士課程修了後、日本専売公社(現JT)へ入社。JT America Inc.社長、経営企画部部長、財務企画部長、取締役執行役員財務責任者(CFO)などを歴任。2006年から2011年まで、JTインターナショナル(JTI)の副社長兼副CEOを務め、この間にギャラハー買収と統合を指揮。2011年、JT代表取締役副社長、2018年1月より取締役、同年3月退任。2014年から2018年6月までリクルートホールディング社外取締役。現在、アサヒグループホールディングス社外取締役、三菱UFJフィナンシャルグループ社外取締役、AIベンチャービジネスのエクサウィザーズ社外取締役なども務める。

『第3回:ギャラハー買収と「買収後経営の青写真』はこちら>

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