Exアプローチでセールス担当者の離席時間を短縮
ーー第1回では、日立のデザイン思考の歴史と、システム開発の上流工程における協創を支援する日立の「Exアプローチ」について伺いました。今回は、Exアプローチによる具体的な事例についてお聞かせください。
枝松
最近の事例としては、本連載シリーズでもご紹介させていただいた、富士重工業さまのSUBARU(スバル)のクルマを販売するディーラー(特約店)向けに導入したタブレット端末による商談支援システムがあります(「(Exアプローチ 活用事例/富士重工業)もっとワクワクしてもらえるクルマ選びを今までになかった商談システムが誕生するまで」)。詳細はこの記事をご覧になっていただければと思いますが、商談における特約店のセールス担当者の離席時間を大幅に減らすことに貢献しました。
ーー この事例ではどれくらいの期間、どのようなアプローチで取り組まれたのでしょうか?
枝松
Exアプローチとして取り組んだ期間は約5カ月間です。使った主な手法は、現場観察とワークショップ、ステージプロトタイピング、ペーパープロトタイピングの四つでした。
スバルの特約店では、これまで紙のカタログを使って接客をされていたのですが、それをiPadのようなタブレット端末に切り替えたいというお話からスタートしました。ただ、最初に日立の情報部門のシステム・エンジニア(SE)から相談を受けたときには、このタブレットをどう使うのか、どんな画面や仕様だったら特約店のセールス担当者やエンドユーザーであるお客さまにとって嬉しいのかといった、具体的な商談の進め方に関するイメージは細かく決まっていない状態でした。
そこで、まずはスバル特約店のセールス担当者が、現場でどんなふうに接客をされて、商談を進めていらっしゃるのか、ユーザー目線での観察とヒアリングをさせていただきました。そこで見えてきた課題が、セールス担当者の離席時間の長さです。特約店を訪れたお客さまが気に入った車種と仕様を聞いて見積りを出すのですが、ちょっとオプションを変えたり、支払い方法を変えるだけで、セールス担当者はいちいち事務所に戻って書類を作り直さなければなりませんでした。そうなると、お客さまに20分も30分も待っていただかなくてはならなくなります。多いときには、商談のうちかなりの時間担当者が離席しているケースがありました。それでは、試乗して好感触だった気持ちもしぼんでしまいますよね。
この観察から浮かび上がった課題をもとに業務の流れを整理して、どうしたらお客さまの待ち時間を減らしてよりよい商談にできるのか、富士重工業のご担当者さまたちとワークショップでロールプレイをしたりしながら確認していったのです。
ワークショップにおけるロールプレイの効果
ーー ワークショップでは、具体的にどのような取り組みをされたのですか?
枝松
例えば、新しいシステム画面のプロトタイプを用いながら、お客さま役とセールス担当役が画面イメージを用いて模擬演技をして、そのやりとりを見ながら、その場で意見を出し合い、要件を付せん紙にまとめていきました。私がセールス担当役を務めたのですが、セールス担当者の動きやセリフまで真似しながら新しいシステムを使った業務を再現し、違和感がないかどうか、富士重工業のご担当者さまにつぶさに見ていただいたのです。
ーー 最初の段階では、画面イメージはモックアップなのですか?
枝松
はい、パワーポイントなどで画面イメージのモックアップをつくって説明します。最初の段階ではシステムをつくる前に要件を整理することが目的なので、あえてモックアップで説明をするわけです。さらに、実際にタブレット端末を使って模擬演技もしました。机を挟んで座ってタブレット端末をかざしながら商談を進める際に、どう持つのが自然なのか、というのもこの対話の中で明確にしたことの一つです。最終的には、タブレット端末を片手でかざしてお客さまとともに画面を見る、というスタイルで落ち着いたのですが、それこそ、タブレット端末をひっくり返すのはどうか、セールス担当者がお客さまの横に座るのはどうか、画面を二分割にしたらどうか、といったさまざな意見が出ました。
古谷
このワークショップは、顧客を説得しようとか、何かを決めるためのものではないのです。あくまでも、対話によって、顧客の意見や気持ちを引き出すための手段です。
枝松
だから、商談の再現のためにシナリオをちゃんと書いて、セリフをつくり込み、役作りもして、違和感のないかたちで顧客の前で実演する必要があるのです。そうすることで初めて、顧客側のご担当者さまが、まるで社内の同僚と語り合っているかのように、発言していただけるようになります。皆で一緒に考えるという取り組みになるので、顧客企業と我々の間で“対決型”にならないのです。通常のコンサルタントがロジカルに説明して苦労して説得するような場面を、ワークショップを通してひょいっと飛び越えてしまうようなイメージです。
古谷
そもそも顧客自身も、離席率の高さを課題として感じている中で、その改善策を実際にロールプレイで目の当たりにされるわけですから、説得力がありますよね。単に統計データを見せられるのとは、まったく違った議論ができると思います。この案の中から選んでくださいというのではなく、一緒につくっていくという取り組みなので、より納得感が得られるのではないでしょうか。
枝松
もっとも、協創の関係性を築いていく最初の一カ月くらいは大変です。調査やヒアリング、ワークショップを通じて、顧客企業の業務の流れや悩みを把握していくのですが、その際にこれらの手法に納得してもらって協力していただく必要があります。課題が見えてくれば、後はそこに向っていくイメージがわりと共有しやすいのですが、最初の段階では、お互いに“探り探り”なので労力がいりますね。
アウトプットを明確にすることが大事
ーー 「デザイン思考×経営」シリーズ第一弾でご登場いただいた紺野登先生が、デザイン思考を取り入れようと、ワークショップだけやって満足してしまうケースがあるとおっしゃっていましたが。
枝松
我々の場合はまず最初に、どんなアプトプットを創っていくのかを定義していきます。ディスカッションの中でどんなアウトプットが必要なのかを明らかにして、そこから逆算してどんなタスクが必要なのか、スケジューリングしつつ、人員を確保するのです。ですから、最初からメニューが決まっているのではなくて、アウトプットと期間に合わせて、メニューをつくっていく。私が関わったプロジェクトで、アウトプットとして設定した「将来設計」のプランニングまでわずか二カ月で実施した事例もありました。アウトプットを事前に合意し、短い期間でも、その中で最大の効果が出せるように工夫できます。
古谷
途中で、顧客と一緒に悩むような場面があったとしても、めざすゴールさえ共有できていれば、なんとかそこにたどり着くことができますからね。もちろん強引にリードするのではなく、あくまでも納得感を持って一緒に探索していく、というところがこの手法の肝になります。
枝松
例えば、富士重工業さまの事例の場合、ゴールであるアウトプットは「タブレット端末の画面要件一覧」というものでした。それを実現するためには、どんな状況でどう使うのかがわからなければ、最適な解は出せません。だから、我々はまず現場観察から始めましょうと提案したわけですね。そんな進め方はめずらしいので、はじめはびっくりされたかもしれませんが、そこでコンセンサスが得られないと先に進むのが難しくなります。
古谷
逆に言えば、現状の課題がわからなければ本来、デザインはできないはずなんですよ。画面デザインだけをきれいにつくればいい、という話ではありませんから。先ほどのタブレット端末の持ち方一つでも、当然、画面のボタンの位置も変わってきます。
枝松
まさにそうで、ボタンを左右のどちらに配列するのかというのも、セールス担当者がどう操作するのかでまったく変わってくるんですね。だからこそ、先ほどのセールス担当者とエンドユーザーの座り位置も重要なポイントになるのです。
ーー やはり日立は実際のシステム開発など、実業のビジネスで培ってきた部分があるからこそ、狭義のデザインの枠にとどまらない提案ができるのでしょうね。
古谷
そうですね。我々が観察の際に採用しているビジネスエスノグラフィーの手法にしても、最終的なかたちをイメージしながら調査しています。単に対象を観察するだけでなく、最終的なアウトプットにつながるような不明点を探索するというところが特徴的です。最後のアウトプットに落とすところまで考えているのです。
枝松
画面の提案にしても、論理的・技術的に無理がないかどうか、事前に日立のSEに確認してもらいます。そもそも、富士重工業さまの場合は以前から多くのシステムの開発と運用を日立グループで担当させていただいておりますので、既存システムとの連携に支障がないかどうかも、事前にチェックすることができました。
ただ、ここで誤解がないように言っておきたいのは、アウトプットのイメージを持っているからといって、ゴールに向けて誘導しているわけではない、ということです。ある程度のアウトプットをイメージしつつも、プロセスにおいてはあくまでもフラットに、探索的に進めています。
古谷
だから、最初に想定していたゴールと違うところへ行き着くことだってある。
枝松
ありますね。予定調和的でない結果が出て、思わぬイノベーションにつながることもあります。ただし、タイムマネジメントはしっかりやっていく必要があります。
古谷
そうした不確実な状況に対して、探索的に最善の解を導き出す、というところがデザイン思考の役割と言えます。ただ、探索しすぎて時間がかかってしまったり、現実性のない答えが出てしまったのではビジネスの現場では受け入れてもらえません。そういう意味で、バランスの取れた「プロセスの設計」こそがデザイン思考の成功のカギを握っているのはないでしょうか。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹/撮影場所=東京社会イノベーション協創センタ)
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