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フラットな組織は無重力で説明できる
――矢野さんは、人の幸福度を定量化するという研究をやってこられて、人の身体運動の多様性が組織を活性化し、実際に受注率を上げるといった効果があることを実証されています。一方、星野さんは、星野リゾートの経営において、社員の納得感を高め、やる気を引き出すといった組織づくりを進めてこられました。これは、星野さんご自身の中にも、社員を幸せにするための物差しがあって、それを実際の取り組みに落とし込むことで社員の幸福度を上げてきたということなのでしょうか。
星野
どうだろう…具体的な数字としては、社員の満足度調査の結果や退職率は正確に把握できていて、改善もされていますが、その結果に至るまでの取り組みはやはり感覚でやっていることが多いです。こういうことをすると仕事は楽しくなるんじゃないかといった、経験則に頼っています。でも、矢野さんの研究のように科学的なアプローチがあると、わたしたちの常識では考えつかないような効果的な手があるのかもしれない。
矢野
我々の研究で予想外だった例としては、ホームセンターの店舗での購買行動を人工知能で解析したところ、従業員の立ち位置によって、売り上げがまったく違うということがわかったんです。その位置というのが、店舗の入り口から入って正面というわりと目立つところでした。さらに分析すると、そこに立つことで、すべての従業員の接客態度が活性化することがわかりました。
星野
それは、確かに意外ですね。さっきの矢野さんのプレゼンテーションで出た、個人業績は高くないけどムードメーカーの社員の存在が、組織を活性化するって話もすごく意外。これを弊社の仕事に結びつけて考えると、接客はしないけれどムードメーカーのスタッフがいると全体の接客レベルが上がるかもしれないってことですよね。
矢野
そのとおりです。実際にバッターボックスに立たなくても、チーム全員の打率を上げている選手がいる。でも、その選手が抜けると全員の打率が下がってしまうんですね。
矢野
わたしは星野さんが進められているフラットな組織づくりを伺って、宇宙の話を思い出しました。宇宙って、無重力でしょ?
星野
ええ。
矢野
宇宙船の中で無重力になると、時間が経つにつれて乗組員の上下関係がなくなってくるんだそうです。地球上にいる時は、上下関係っていう抽象的な概念を重力の向きとして体がとらえているから。それが、無重力空間に行くとなくなるんですね。
社員が役職で呼び合うとか、車に乗るにも順番があるといった習慣には、体に対する無意識的な働きかけがあると思うんです。星野さんはその習慣をやめてフラットな組織に変えたことで、ある種の無重力状態をつくり、社員にハピネスをもたらしているのかなと思ったんです。
星野
そのとおりだと思います。ただ、僕らはトライ&エラーでそういう組織をつくっていったんですけど、それを科学的に把握できるってことが、人工知能のすごいところですよね。
矢野
やっぱり大事なのは、とにかくデータを蓄積することですね。
個人のハピネスを決める意外なもの
星野
矢野さんのプレゼンテーションの中で、組織が活性化して業績が上がるってお話がありましたよね。あれは、幸せな組織だから業績が上がるのか、それとも逆なのか…
矢野
それはもうはっきりしていて、ハッピーになったから業績がよくなるんです。
星野
組織でなく個人として見ても、幸せな人のほうがパフォーマンスが高いってことですか?
矢野
はい。
星野
幸せな人っていうのは、その人自身の行動が多様だということですか?
矢野
それは、周りの人たちの行動の多様性が、その人にものすごく影響してるんです。
星野
あ、そうなんですね。じゃあ、やっぱり人間って、一人でポツンといても幸せにはなれない?
矢野
そうです、だから本人だけ活性度を高めてもダメなんです。
星野
なるほど。自分だけ行動パターンをいろいろ変えたとしても、その人自身は幸せだと思わないんですね。周りの人たちの影響を受けて、結果的に幸せになるってことか。その環境をつくり出すのって、なかなか難しいですよね。
矢野
ええ。やっぱり、これって集団現象なんですよ。だから、休み時間やランチタイムの雑談っていうのは、そのあとの仕事にもすごくいい影響がある。そこでどんな情報を交換したかということよりも、身体的な効果があるんだと思います。
星野
それは、何だろう…ストレス発散と関係があるんですかね?
矢野
自分の能力が発揮されるってことだと思います。いろいろな不安がなくなることで、自信を取り戻すんです。
星野
なるほど。そういう分析は、企業からオーダーを受けて行うんですか?
矢野
そうです。さらに個人ごとに、あなたがこういうことをしたら周りがハッピーになるっていう、スマホ用のアプリも今は開発しているんですよ。
星野
それ、ちょっと面白いですね。具体的にどんなことができますか?
矢野
例えば「今日は誰かと一緒にランチをしなさい」。あるいは「今日は残業せずに早めにあがりましょう」とか、逆に「もうちょっと頑張ったほうがいい」とか。その日の本人のハピネスが高まる行動を、過去のデータから人工知能が判断するんです。
星野
そうすると例えば、「もっと旅行しろ」と言ってくれたり…
矢野
そういうのも出せますよ(笑)
日本を、ハピネスが上がっていく社会に
――星野リゾートは、「リゾート運営の達人になる」という企業ビジョンのもと、全国に事業を展開しています。今後、具体的にはどんなことを目指しますか。
星野
わたしの目標は、星野リゾートのビジネスを継続させること。「持続可能な競争力」って呼んでいますが、これだけ力があれば継続できるといった、安心感を得られるような企業にすることです。売り上げ規模などの業績は結果としてついてくる。それより、本当の意味でのノウハウ、他社に負けない仕組みを持つことが大事だと考えています。
わたしはけっこう慎重なほうで、業績が伸びていくと、むしろ、来年の今頃どうなってるかな…って不安になるんです。上手くいっていても、その理由がわからないと安心できないじゃないですか。今日のような、データに裏づけられたお話にはすごく興味があって、そういった不安を解消できましたね。フラットな組織だから活性化できている。そして活性化が業績の向上につながっている。今、弊社がうまくいっている理由が明確にわかってよかったです。
――矢野さんは、これからのハピネス研究についてどんなビジョンをお持ちですか。
矢野
日本を元気にしたいですね。いろいろな経営者の方の思いや経験をうまく活かして。まさに今、星野さんがおっしゃったことにも共通しますけど、企業経営にはいろいろな波があると思うんです。それを科学的に解明していきたいです。
働くことによって、もちろんGDPも上げていきたいですけど、実はGDPの上昇率のわりにハピネスは上がっていないというデータもあるんです。だから最終的には、その両方が上がっていく社会をつくりたいと思っています。星野さんが取り組まれている組織づくりとか、わたしが研究している人工知能を用いた組織の活性化といったことがもっと普及すれば、まだまだ可能だと信じています。
星野
今日のお話は、「日本を元気にする」っていうビジョンに直結した内容だと思います。今、日本はサービス産業の就労率が70%もありますが、生産性は製造業に比べると圧倒的に低い。そこをどのように改善していくかが、これからの日本の課題ですよね。給料がガンガン上がることは考えにくい時代だけど、幸せ度は上がっていく可能性がある。それがわかると、すごく安心ですよね。
――お二人とも、本日はありがとうございました。
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