トップダウンをやめた切実な理由
――星野さんは、星野リゾートの経営者として、社員のやる気を引き出す組織づくりに取り組まれています。また、矢野さんは、人の“ハピネス”をキーワードにした人工知能の研究を進められています。アプローチは違いますが、お二人ともどうすれば組織を最大限に活性化できるかを追求しているという点で共通していると思います。
まず、星野さんに組織や人材というキーワードでお話を伺います。星野さんは1991年に星野リゾートの前身である星野温泉旅館を継ぎ、社長となられました。もともとはトップダウンで意思決定をされていたそうですが、現在はフラットな組織づくりを行っています。なぜ、方向転換したのでしょうか。
星野
今でも、意思決定はトップダウンです。 そこに至るまでのプロセスにおいてフラットに議論する、という文化をつくってまいりました。
確かに、社長になった当初は完全なトップダウンでした。そうしたら、社員の1/3が辞めてしまったんです。新卒で採用してもなかなか定着してもらえない。人材不足という、会社としてかなり切実な問題に直面してしまったんです。お客さまを集めるより、働く人を集めるのに苦労しました。
そもそもわたしたちの業界は、働く人の確保がすごく難しい。ほとんどの職場は地方にありますから。適した人材に地方に移り住んでもらって、長く会社にいてもらうって、かなり大変なことです。でも給料は上げられないし、休みも増やせない。それでも人材を確保するには仕事を楽しくするしかないと気づいたんです。そのために、フラットな組織づくりを始めました。
――フラットな組織とは、具体的にどのようなものですか。
星野
言いたいことを、言いたいときに、言いたい人に言える。そんな人間関係ですね。わたしたちは、新しく旅館やホテルの運営をスタートする時に必ずコンセプトを決めるんです。これは、その現場で働くスタッフ同士で何度も議論してもらい、考えてもらっています。そのようにして自分たちで考えたコンセプトのもと、彼ら一人ひとりが自分で判断することで、高いモチベーションを持って仕事ができる。それが、楽しく働くということにつながると思うんです。その前提条件がフラットな組織なんです。
矢野
わたしは研究プロジェクトをフラットな形で進めたことが何度かあるんですけど、メンバーそれぞれに役職があるんで、やはりその調整には気をつかいます。そういったご苦労はないんですか。
星野
わたしたちの場合、役職はあまり関係ないんですよ。大切なのは議論がフラットにできることですから。そのためには、会議の席だけではなく普段から、スタッフ同士がフラットにやり取りできることが必要だと考えました。
そこでまず、役職で呼び合うのを禁止しました。役職の権限って最後に意思決定するだけで、人事権があるわけでもないし、偉いわけでもないですから。それと、上司のかばんを誰が持つだとか、車に乗る順番だとかもまったくなくしました。もちろんどこの現場でも、はじめのうちはなかなかフラットになりきれない。でもそういったことを徹底していくと、1年か2年で徐々に変わっていくんです。わたしたちは宿泊施設の再生事業にも携わっていますが、新しく運営することになった現場を見ているとその変化がすごくわかりやすいですよ。
ミスをゼロにする3つの報告義務
――そのほか、組織を活性化するための特色ある取り組みとして、星野さんは「ミスを憎んで人を憎まず」というスローガンを掲げて、社員のミス撲滅に取り組まれています。具体的にどんな内容なのでしょうか。
星野
もともとは、わたしたちが軽井沢町で運営するホテルブレストンコートに設けた「ミス撲滅委員会」で始めたもので、ルールは次の3つです。
(1)ミスを報告する人は、「実際にミスをした人」「他の人が起こしたミスについて知っている人」のどちらでもよい。
(2)ミスをした人を絶対にしからない。
(3)ミスを報告してくれたことについてしっかり褒める。
お客さまからのクレームを分析していくと、おおもとの発生源って実は小さなミスなんですよね。クレームをなくすためには、その背景にある大量の小さなミスを把握しなくてはならない。ところがミスを誰かのせいにばかりしていると、いざミスが起きても、誰も報告しなくなってしまう。それでは本末転倒です。大切なのはミスを繰り返さないことですからね。
そこでわたしは、ミスの報告を義務づけたんです。ルールにあるように、報告があってもミスの責任は一切不問。逆に報告があまりに少ないと、それはそれで問題です。「この部署は今月これしかミスがない。そんなことはありえないだろう、もっと出そう」って。
矢野
それはとても重要なことですよね。わたしが研究プロジェクトをまとめる時にも、安全性の確保のためにちょっとしたケアレスミスでもとにかく報告するように言っています。最近だと、メールの誤送信といったミスがないよう徹底してやっています。
星野
大事なことですよね。その手のリスクって増えてますからね。
辞めずにずっといてもらう人事戦略
――星野リゾートは、スタッフ自身による立候補制というユニークな人事制度をとっています。この真意を教えてください。
星野
やはり何よりも、スタッフに仕事を楽しいと感じてもらって、ずっと会社に残ってもらうためです。ただでさえ不規則な仕事ですからね。早朝出勤のシフトもあれば深夜のシフトもあるし、世間がゴールデンウィークや夏休みの時期なんてわたしたちにとっては繁忙期です。地方の企業ですから大手のようなブランドロイヤルティがあるわけでもないし、給料が特別いいわけでもない。そうなると、星野リゾートで働く意味って「仕事が楽しい」以外にないと思うんです。
もともと90年代には、わたしが人事をやっていました。ところがさきほど話したように、退職者が続出してしまった。そういう事態をなくすために、なぜ辞めたいのかヒアリングをしました。すると、彼らが求めているのは「自由」だと言うんです。「自分が支配人になれば、売り上げも業績も伸びる、美味いものもつくれる、だから自分に任せてほしい」。つまり、自分が就きたいポストに就くという自由です。当時の人事制度だと、会社が評価してくれないと彼らは昇進できなかった。いつまでもそれを待ってられない、だから辞めたいということなんです。
そこで、人事を立候補制に変え、自分から手を挙げた人たちの中からしか選ばないというルールにしました。会社にとっては人を選ぶ自由がなくなりますが、社員にとっては立候補できるという自由が生まれます。その分、競争も明確になりますが、彼らの納得感も高まる。それによって、会社を辞めずにもっと長く仕事を続けてくれる人が増えるのがねらいです。
矢野
皆さん、かなり積極的に手を挙げられるんですか。
星野
年間2回、募集の機会を設けていますけど、いつもすごい数の社員が立候補しますよ。もちろん会社としても、そのポストに見合うだけの報酬を用意しています。それだけ責任のある立場を任せることになりますからね。
矢野
先ほど、ブランドロイヤリティがないというお話がありましたよね。少なくとも今の星野リゾートさんは、かなりハイクラスなブランドをお持ちだと思うんですが、それでも人材集めは大変なんですか。
星野
以前よりは集めやすくなりましたけど、福利厚生は国内の大手企業さんに比べると低いですし、職場が必ず地方ですからね。入社していきなり竹富島とか、阿蘇山とか。その土地に行って住むわけですから、こういう仕事に興味を持ってくれる人を探すのはなかなか大変ですよ。
矢野
転勤が多いんですか。
星野
多いです。ただ、転勤も希望制なので、ポジティブなものです。スタッフに対しては、社員満足度調査というものを毎年とっていて、次にどんな仕事をしたいか、どこに転勤したいかを書いてもらって、できる限りかなえるようにしているんです。なぜかというと、彼らの希望をかなえるほど会社に残ってもらえる確率が高まりますからね。それは会社全体の競争力にとって非常に重要ですから。
同じ目的で、スタッフそれぞれのライフステージに合わせた仕事のやり方も設けています。例えば、女性スタッフが結婚して子どもができたとか、パートナーの仕事の都合で他の土地に移るという場合には、インターネット予約への対応やメールでのお客さまとのやりとりといった、自宅でもできる作業を担当してもらっています。
いかに良い人材に地方で働いてもらえるか。どうしたら辞めずにずっと居続けてくれるか。わたしが経営をするようになって20年以上経ちますけど、この2つについては常に考えてきましたね。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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