2019年6月30日、吉田晴乃様が逝去されました。謹んで哀悼の意を表しますとともに心からお悔やみ申し上げます。
Key Leader's Voice 吉田 晴乃 氏 前編 >
日本市場におけるBTジャパンの戦略
現在の日本の通信業界は、すでに過当競争にあると言っても過言ではありません。その中で、BTジャパンとしてどのような戦略をお持ちですか。
吉田
おっしゃるように、日本はもはやテクノロジーが飽和状態にあります。ただ、わたしから見ると、今の日本というのは、イギリスがサッチャー政権時代に行った変革の時期にとてもよく似ています。当時、人口減に悩んでいたイギリスは、金融市場を海外に開放して、ダイバーシティを掲げてグローバルに乗り出していった。その変革を通信技術で支えたのが、BT(ブリティッシュ・テレコム社)でした。この経験とテクノロジーをセットにすれば、日本経済の変革を支えていけるのではないかと考えています。
現在の日本における大きな変革のうち、わたしが一番注目しているのが、ダイバーシティ。なかでも、女性がもっとビジネスで活躍できる社会を作っていきましょうという動きです。
なぜ今、日本でダイバーシティが叫ばれているかというと、問題の本質は少子化と人口減なんです。いずれ迎える、2050年問題。労働人口が、現在よりも1,000万~3,000万人も減ると言われています。そうなった時に、今と同じ働き方のままで、果たして労働生産性を維持できるでしょうか。そこで、女性がもっとビジネスで能力を発揮していくために必要なのがテレワーク(在宅勤務)であり、BTのテクノロジーでそれを日本に普及させていきたいと考えています。
ワーキングマザーならではのニーズに応えるテクノロジー
具体的には、どのようなテクノロジーでテレワークを普及させようとお考えですか。
吉田
弊社は今年6月、テレワークをサポートする電話会議サービス"BT MeetMe with Dolby Voice"の販売開始を発表しました。このサービスの特長は、音響機器メーカーのドルビー社が世界で初めて開発した、ノイズリダクション技術を活用していること。なぜこの"世界初"が今まで日本から生まれてこなかったかというと、電話会議そのものがいまだに普及していない、つまり、テレワークがほとんどやられていないのが実情だからです。
わたし自身のワーキングマザーとしての経験を振り返った時、もしこのテクノロジーがあったらどんなに助かったことかと思います。娘がまだ幼児の頃、わたしはカナダの通信会社に勤めていました。帰宅すると、娘がテレビでアニメを観ている90分間こそが、わたしのすべて。その限られた時間の中で、洗濯をこなして、仕事の電話をして、パソコンで資料を作成して、夕飯も作らなくてはいけない。その間、わたしは娘から目を離さずに電話しないといけない。子育てしながら働いている女性って、みんなこうだと思いますよ。そしてその時に、電話相手に子どもの泣き声やアニメの音楽が聞こえちゃまずいわけですよ。そのためのノイズリダクション技術なんです。
テレワーク導入による企業のメリット
テレワークを導入すると、企業としてはどんなメリットがありますか。
吉田
経営者から見た企業の労働生産性というのは、社員の数じゃないんですよね。社員それぞれが仕事に使える時間の総和なんです。テレワークを導入すれば、それをうまく使うことができます。欧米のグローバルカンパニーは、社員がどこからでも簡単で手軽に仕事ができる環境を作って、労働生産性を上げているのです。
BTは、電話会議サービスを世界でずっとプロモーションし続け、グローバルスタンダードにまで育て上げることができました。現在、ダイバーシティを推進している企業には、1カ月の無料トライアルも提供しています。ちなみに、BTグループで電話会議サービスを導入したところ、1年で設備維持費が1千億円も抑えられました。それから、欠勤・病欠が65%減りました。さらに、産休からの職場復帰率は100%。テレワーク導入による企業のメリットって、こんなに大きいんです。
ロンドン五輪の経験を、日本の労働生産性の向上に活かす
日本にテレワークを普及させていくために、どんな長期戦略をお持ちですか。
吉田
BTには、2012年のロンドン五輪の成功を、通信の面から支えた経験があります。そこで得た知見を、日本の労働生産性の向上に活かせるのではと考えています。
ロンドン五輪の公式コミュニケーションサービスプロバイダーとして、ITインフラを統括していたのが、BTでした。 ロンドン五輪は"デジタルオリンピック"と言われているほど、初めてすべてがデジタル化され、ITによって支えられたオリンピックでした。サーバーには相当な数のセキュリティアタックがあったにも関わらず、稼働率100%で何の大きなアクシデントもなく、大会を終えることができた。これはBTにとって、とても大きな経験でした。
そのロンドン五輪でBTの業務に欠かせなかったのが、テレワークでした。オリンピ
ックの公式プロバイダーだったことに加え、BTの本社がロンドンの中心にあるからです。つまり、オリンピック期間中、BTの社員の生産性はピークになければならない。ところが、都心が交通渋滞のため出勤できないかもしれないという事態が想定された。そんな状況でも最高の生産性を確保するために、テレワークはどうしても必要でした。
考えてみてください。日本の大企業は、そのほとんどが東京に本社を構えています。仮に、何かのきっかけで都心の交通網が麻痺してしまった場合、ほとんどの大企業の社員が出勤できないという事態が大いに考えられます。ところが現況では、日本のテレワーク稼働率は、わずか2~3%しかありません。このままでは、労働生産性を確保できず、日本経済にとって大きな打撃となるでしょう。日本はそういったリスクをはらんでいるんです。
今、もし弊社で「テレワークを今日やめてください」と言ったら、きっと暴動が起こるでしょう。間違いなく、労働生産性はガタ落ちです。そのくらい、今やビジネスに不可欠。これからの日本企業にとって、テレワークの普及は必須だと思います。
女性として初めて経団連に選出。就任を決意した理由
さて、今年2月に経団連初の女性役員として吉田さんが選出されました。就任を決意された理由は何でしょうか。
吉田
「これは絶対に、だれかがやらなきゃいけない役目なんだ。自分がその一端を担えるんだ」という、内なる声に突き動かされました。シングルマザーをしながらビジネスに打ち込むことで、女性の社会進出というものを、身を持って経験してきた。そんなわたしが経団連初の女性役員になるということが、これから女性の活躍を推し進めていこうとしている日本に対して、必要なメッセージになると思ったんです。こういう生き方をしている人間も、それを一つの資産として世の中に貢献できる時が来るんだという、その事例を見せたい。
選んでくださった経団連には、心から感謝しています。日本経済の象徴的な団体が、わたしのような珍しい経歴の人間を選んでくださった。変わろうとしている経団連のこの動きに、絶対に水を差すもんかと思いました。
経団連の役員に選出されて、最初の総会が6月2日にありました。今の心境はいかがですか。
吉田
緊張の瞬間が終わって、ホッとしています。ものすごい数のメディアが集まって、驚きました。総会の後、審議員会議長・副議長会議という場にも参加しました。普段、新聞でよく拝見している財界のトップの方々が勢ぞろいして、エネルギーから財政、少子化といった問題について議論なさるのを、まばたきすらできないくらい、聴き入ってしまいました。日本の将来についてあんなに真剣に考えてらっしゃる方々が、財界のトップに立っている。とても心強かったですね。そして、すごい世界に足を踏み入れたんだなと、改めて思いました。
女性がもっと活躍していくために、日本に必要な視点
日本のビジネスにおいて女性がもっと活躍していくためには、何が必要だとお考えですか。
吉田
日本って、管理職になりたくないっていう女性が大変多いんですよ。数少ない管理職の女性の方が、かなりの時間働いて、苦労しているのを見て、多くの方がそうなりたくないと思うのは当然です。わたしだって、ワーキングマザーとしての苦労をもう一度経験したいなんて思いません。娘が社会人になっても、同じ経験はさせたくない。そのためにも、新しい管理職のあり方、そして新しい働き方というものを、これから日本でも作っていく必要がある。家庭を選ぶのか、それともキャリアかといった二者択一から、家庭もキャリアも両方選ぶといった、三番目のオプションを作らないとダメです。
最後に、経団連の役員としての抱負をお聞かせください。
吉田
あるテレビ番組に出演した際、経団連の榊原会長からこんな内容のメッセージをいただきました。"欧米の企業を中心に積んできたキャリアを活かし、従来にない発想や視点で新機軸を打ち出すことで、経団連の可能性を大いに引き出してほしい"。そして、"女性が活躍できる社会を推進するため、輝く女性たちの旗手として、リーダーシップを発揮してほしい"。経団連における私の目標は、これらを実現すること。それに尽きると思っています。
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