利用時に強制告知
損失回避の気持ちを刺激
博報堂コンサルティングが提唱する「Growth Hackingアイデア導出モデル」が起点とするのは、生活者(ユーザー)の意識である。
「どのような状況で、どのような意識がユーザーに生まれるのか。あるいは、どのような社会的な背景から、ユーザーは行動を起こそうとするのか。このようなユーザーの意識に着目したモデルなので、B2BやB2C、オンラインやリアルといった垣根を越えて、すべての企業にとって適用する可能性があると考えています。どんな商品やサービスにも、それを使う人がいるはずですからね」と楠本氏は言う。
再び、6つの切り口を示した図に注目してもらいたい。それぞれの切り口には、下位となる切り口がいくつか提示されている。すべてについて詳述することはできないが、以下順番に説明する。
第1に、「広告以外で認知を広めていく」。その中には「利用時に強制告知」「利用者を広告塔にする」といった切り口が含まれる。前回言及したHotmailの例は、「利用時に強制告知」に該当するだろう。
「Hotmailのグロースハックでは、プロダクトとプロモーションが一体化しています。製品やサービスに強制告知、つまりプロモーションの仕掛けが内蔵されている。従来のマーケティングとは異なるやり方です」(楠本氏)
知っている人が使っていると分かれば、親近感が生まれる。「見たことのないサービス」「得体の知れないサービス」であっても、心理的なハードルは下がる。すると、「じゃあ、自分も使ってみようか」と考えるユーザーが増える。しかも、サービス事業者は「AさんとつながっているBさんが新規登録してくれた」と把握できる。こうしたデータを分析することで、様々な改善が可能になるだろう。
第2に、「今まで無かったニーズを創り出す」。その1つの手法が「ニーズの強制喚起」である。楠本氏が事例として挙げたのは、インバウンドマーケティングツールを提供するハブスポット社である。同社が採用したのは、「こんな素晴らしいツールがあります」という一般的なやり方とは逆のアプローチだ。
「ハブスポットのWebサイトで、各社のサイトを診断してくれるというサービスが提供されました。マーケティング担当者などがURLを打ち込むと、『これほど損をしています』『顧客を取り逃がしています』という結果が出てきます。それを見て『何とかしなければ』と思った担当者の多くは、同社に相談することでしょう。こうして、ニーズを強制的に喚起したのです」
人間にとって、往々にして「得すること」よりも、「損をしないこと」のほうが強力なメッセージになることがある。有名な実験だが、「無条件で100円もらえる」と「2分の1の確率で200円もらえる」という2択があった場合、前者を選ぶ人のほうが多い。後者の場合、2分の1の確率で「何ももらえない(損をしてしまう)」と考えるからだ。
「ハブスポットの手法は、損失を回避したいという意識に訴えるアプローチ。いわば、人間の意識のスキを突くやり方です。同様のケースはリアルのビジネスにも多くあります。『あなたは、損をしていませんか』というメッセージを上手に伝えることで、自社の商品やサービスへのニーズを喚起することができるのです」(楠本氏)
「深く考えない」人間の意識のスキを突く
第3に、「つい選んでしまう気持ちを醸成する」。例えば、提示する情報を絞り込んで厳選した情報への注目度を高める、最重要のポイントに注力してユーザーの注意を引くといった手法がある。
第4に、「とにかく使っていただく機会をつくる」。「iPhone」や「Facebook」のような成長サービスに乗る、「あるから買う」環境を用意するといった手法が考えられる。後者の例としては、オフィス向けの置き菓子サービス「オフィスグリコ」などがある。
第5に、「『カタ』にはめ自然に行動させる」。この切り口で楠本氏が紹介するのは、メキシコ赤十字のケースである。
「メキシコ赤十字は、募金活動のための新しい募金箱をつくりました。硬貨は入らず、紙幣だけを入れられる募金箱です。募金箱の前に立った人たちは『コインは入らないの? しょうがないなあ』といった感じでお札を入れるのでしょう。募金額は例年の20倍に達したそうです」(楠本氏)
主にコンピュータや心理学などの分野で用いられる、ヒューリスティクスという概念がある。人間は1つ1つの判断をするとき、すべてについて考え抜いているわけではない。もしそうすればいくら時間があっても足りないし、脳の処理能力が追いつかない。そこで、人間はある程度のことについては、ほとんど考えずに「そういうものだ」ということにして、判断した気になったり実行したりしている。このヒューリスティクスをうまく活用したのが、メキシコ赤十字である。
これと似た事例に、ガムの容器があると楠本氏は言う。
「ガムというと、1つずつ包装されているのが普通です。今も多くのガムは1個、1枚単位で包んであります。そんな中で、あるメーカーが包装しないままのガムをボトル型容器に多数入れて発売しました。以前は1個ずつ食べていた人も、このボトルを買えば3つ、4つ一度に食べたくなります」
おそらく、「何個食べるべきか」といちいち考える人はいないだろう。脳がほかの問題を忙しく処理しているスキに、ガムは次々と口に運ばれることになる。
絶妙なタイミングで協力を依頼する
最後に、第6の「抵抗なくサービス拡散に加担させる」。特にソーシャルメディア向けのアプリなどでは、いかに認知を広げるか、拡散を促すかが重要なカギ。そのカギを手に入れたアプリの例として、楠本氏は「DECOPIC」を挙げる。イラストや文字などで写真をきれいに飾ってシェアできるソーシャル向けのアプリだ。
「スマホ向け、ソーシャル向けのアプリは本当にたくさんあります。その中でライバルから抜け出すためには、少しでも認知を広げる必要があります。サービス事業者はあまり広告予算をかけられないので、拡散を促すような仕掛けが重要。DECOPICが注目したのは、『感情の揺れ』です」
飾り付けを始めてから完成するまで、ユーザーの感情は一定ではない。ピークは、きれいなデコ写真が完成したときだ。その瞬間に、スマホの画面に「レビューを書いてください」というメッセージが現れる。すると、高く評価するユーザーが多くなるそうだ。絶妙なタイミングで協力を依頼することで、快く引き受けてくれる確率が高まるのである。
リアルビジネスでも、同じアプローチは可能だろう。「サービス利用時間が長いビジネスは多くあります。その時間の中で最適なタイミングを特定し、そこで何かをお願いするのです」と楠本氏。ちょっとしたことをお願いして、聞き届けてくれるユーザーがいればマーケティング活動の助けになる。そんな商品やサービスが、もしかしたら自社の中に眠っているかもしれない。
第2回の今回は、リアルとオンラインの事例を織り交ぜてグロースハックを説明した。次のステップは、グロースハックの実践である。これまでに紹介したエッセンスを、自分たちのビジネスに取り入れて認知度や売り上げの拡大を目指すのである。
その際、重要なこととして楠本氏が指摘するのが「適切な問い」である。「様々な成功事例だけでなく、グロースハックのヒントになる情報は世の中、あるいは自社内に数多く転がっているはずです。しかし、残念ながら気づかずに通り過ぎてしまう場合がほとんどでしょう。そこで立ち止まって考えるためには何らかの働きかけ、適切な問いが必要です」
重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを見つけることである――。これは、ピーター・ドラッカーが、著書である『現代の経営』で伝えていることであり、楠本氏も、暗黙知に働きかけ、新しい発想を生み出す媒介物として「適切な問い」の重要性を説いている。実践において目指すのは、グロースハックのエッセンスと自社リソースの結合である。ただ、両者の間にはかなりの距離がある。これらをつなぐ媒介物、すなわち「適切な問い」があれば、思考が一気に活性化する場合がある。
適切な問いはファシリテーションと言い換えることもできる。グロースハックのワークショップなどの場で、ファシリテーターが「こんなことって、ありませんか」などと問いかけることで、「そういえば」と議論が弾み、アイデアや発想が広がっていく。
楠本氏自身をはじめ、博報堂コンサルティングの面々はファシリテーターとしての経験も豊富だ。その経験を聞きながら、次回ではグロースハックの実践についてさらに深掘りして考えてみたい。
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