オープン・イノベーションの類型
第1回では、オープン・イノベーションの基本的な考え方と、なぜいま、企業間のコラボレーションによるオープン・イノベーションが注目されてきているのか、成功事例を引きつつ、必要な条件についてお話いただきました。第2回では、実際に企業でオープン・イノベーションに取り組むにあたっての心得や成功の秘訣についてお聞きしたいと思います。
まず、オープン・イノベーションにはどのようなものがあるのでしょうか。その類型についてお伺いできればと思います。
米倉
オープン・イノベーションの分類には、以下の図に示すように二種類あります。一つ目は、知識の流れる方向の相違による分類です。知識が社外から社内へ流入するものを「インバウンド型オープン・イノベーション」、社内から社外へ流出するものを「アウトバウンド型オープン・イノベーション」と呼びます。
もう一つの分類の仕方は、金銭的取引の有無による分け方です。技術の使用権に一定額を支払うライセンス・イン、逆に自社が保有している技術を他企業に販売するライセンス・アウトのように、技術や知識の移動に伴い金銭の移動が発生する場合と、クラウド・ソーシングやコンソーシアム、産学連携のように、金銭の移動が伴わない場合に分けることができます。
こうして見ると、ライセンス・イン、ライセンス・アウト、産学連携、技術提供など、日本企業でなじみの深い手法も、オープン・イノベーションに含まれることがおわかりになるでしょう。それに加えて、近年では、ITの進展に伴い、クラウド・ソーシングやインターネットを利用したソリューションの公募、イノベーション・コンテストなどが頻繁に取り入れられるようになってきました。
ただし、これはあくまでも類型を整理したものであり、一つの指針でしかありません。例えば、従来から活用されてきたコンソーシアム型は技術の普及には向いていますが、研究テーマは基礎的な分野が多く、必ずしも事業化には向いていないケースもあります。その場合には、クラウド・ソーシングやライセンス・インなど、別の方法へと必要に応じて切り替えていけばいいのです。そもそも、それぞれの企業の産業特性ごとにオープン・イノベーションのやり方も、開発までのタイムスパンも違うからです。
つまり、企業自らが試行錯誤を繰り返していく中で、自分たちなりの方法論を構築していかなければなりません。なぜなら、第1回でもお伝えしたように、「競争力とは選ばれる力」だからです。他企業から選ばれるためには、コアスキルを身につけ、他と差別化していく必要がある。たんにプロトタイプのやり方を真似ても、他社に差をつけることはできません。
オープン・イノベーションには独立の組織が不可欠
そのためには、まずは社内にオープン・イノベーションのための独立した専門の組織をつくることをおすすめします。なぜなら、オープン・イノベーションでもっとも大事なポイントは、実は外部とのつながりではなく、内部の整理だからです。内部を整理しない限り、外部とつながることはできないでしょう。他社から選ばれるためにはまず、自社の技術や知識を棚卸しして、自分たちの強みを明確にする必要があるのです。
そこで障害となるのが、組織に働く「慣性」の法則です。事業部長にしろ技術開発本部長にしろ、自身の組織を否定することは困難だからです。人の顔が見えれば、なおさら客観的に判断することは難しいでしょう。ゆえに、事業部長の権限を超えて、技術公募や人材抜擢、異業種交流などを推進できる独立した組織が必要になります。
例えば、シャープには「緊急プロジェクト(緊プロ)」と呼ばれる、社長直結で大きな権限を持つ独立組織が存在し、さまざまな実績を上げてきた歴史があります。そのメンバーには、特別の地位を意味する「金バッジ」が与えられ、事業部の枠を超えて、横断的な裁量権を発揮していました。このように、強い横串を刺せるような専門の組織がなければ、オープン・イノベーションの実現は難しいと言えます。
オープン・イノベーションのための独立した組織を持つ企業は、現状はまだ少ないのでしょうか。
米倉
第1回でもご紹介した、P&Gの「コネクト・アンド・デベロップ」と呼ばれるスキームや、GEの「オープンイノベーション・センター・オブ・エクセレンス」と呼ばれる専門組織などが有名ですが、最近では、日本企業の中にも、オープン・イノベーション室などを設置している企業が増えています。ただし、名前をつけるだけではダメで、先ほども申し上げたように、縦割りの組織に横串を通して、どのような情報を公開するのか、あるいは除外するのか、棚卸しをするための組織ですから、各事業部長や研究開発本部長よりも強い権力を発揮できなければ実質的には機能しません。そうした専門組織を制度的にバックアップしている企業は、まだまだ少数でしょう。オープン・イノベーションを本気で進めようと思うなら、新たな意思決定プロセスの構築が不可欠だということ。まず着手すべきは、組織改革だということです。
オープン・イノベーションを牽引するソフトウェアの力
オープン・イノベーションにおける内部整理では、専門の組織をつくり、自社の持てる技術や知財、ノウハウの棚卸しをするということですが、その際にどのような点に留意すべきでしょうか。
米倉
オープン・イノベーションでもっとも大切なことは、第1回でお話ししたように、「顧客に素速く価値を提供する」という共有価値を皆が持つことです。そこが明確になると、従来のようになんでもかんでもハードウェアで解決しようという発想にはならないはずです。
日本の企業の最大の欠点は、いまだにハードウェアで解決したがる、という発想にあると思います。未来のことはもちろん誰にもわかりませんが、場合によっては、電気自動車も燃料電池自動車も、将来的には壮大な遠回りだった、と言われる日が来るかもしれませんよ。なぜなら、CO2の削減も省エネも、ソフトウェアで解決できる領域がまだまだ残されているからです。一方で、燃料電池車の普及のために水素ステーションを設置したり、水素が爆発しないように厳重に管理したりするためのインフラ整備には、膨大なコストがかかります。そうしたトータルなコストで比較するなら、ソフトウェアで渋滞を緩和し、車の燃料の問題を同時に解決するほうが、燃料電池車を普及させるよりもはるかに安いはずです。
僕自身は車の運転が好きなので、自動運転では車に乗る意味がないじゃないか、と思っていましたが、いま話題の自動運転には大きなパラダイムシフトを引き起す可能性があります。現在の車が鉄の塊でできているのは1890年代のプロトタイプを受け継いでいるからで、衝突した際の車内の人間の安全を考慮したうえでの形です。ところが、自動運転が現実になれば、衝突のリスクが減り、車体により軽量な材料を採用することが可能になる。炭素繊維とアルミで超軽量な車体をつくれば、現在の軽自動車の660ccを下回るような排気量でも、ポルシェ以上の走行性能を引き出すことができるようになるかもしれません。そうなれば、従来のように動力についてあれこれ思い悩む必要はない。車体の軽量化とソフトウェアの組み合わせにより、燃費を大幅に向上できるわけですから。
また現在、新興国で問題となっているのが交通渋滞です。その解決策として地下鉄を掘るというのは、長期的に考えた場合に、本当に最良の策なのでしょうか。高速道路や幹線道路は自動運転により最適な制御を行い、そこから先は目的地に向かってそれぞれのドライバーが運転したり、カー・シェアリングのようなモビリティ・サービスを活用すれば、はるかに効率的よく、渋滞緩和ができる。そこで節減した財源を教育やインフラ整備に充てる方が未来投資になる。
アメリカのテスラモーターズが製造・販売している電気自動車「Model S」にしても、発売から3年を経て、形状こそモデルチェンジはしていませんが、ソフトウェアは月1回といった頻度で頻繁に更新していて、電池の効率化が日々進んでいると言います。従来、モデルチェンジといえば、性能に加えて車体の形状などハードウェアの変更が重視されてきましたが、これからはソフトウェアの更新のほうがはるかに重要になってくると思います。
最近、私がよく、「これから企業にとって、見たくない未来がやって来る」と言うのは、そうした理由からです。汎用コンピューターやパッケージソフトを購入する企業は少数派となり、今や、企業の利用であっても、パソコンとクラウドの活用で十分なはずです。同様に、将来は自家用車も大型の火力発電所も必須のものではなくなるかもしれません。自家用車はモビリティ・サービスに、火力発電所は太陽光やバイオマスなどを活用した分散型の電力システムに、ソフトウェアの活用により置き換えられていく可能性は高い。いま世界最大のタクシーサービス企業はウーバー(Uber)社ですが、彼らは一台のタクシーも所有していません。既存のシステムの新結合で新しい未来を創ることは可能なのです。
このように、日本の企業がハードウェアにとらわれている隙に、海外先進企業はソフトウェアをインストールするだけで便利に活用できる新しいサービスを次々に提供し始めています。車だって、色や形を自在にカスタマイズできるといったハードの仕様をあれこれ考えるよりも、「今日は4WDの気分で」とか、「今日はスポーツカーの気分で」といった具合に、そのときどきで走り心地を変えるほうがはるかに面白いのではないでしょうか。こうしたアイデアもすべて、ソフトウェアにより可能になる世界です。
これからの時代を生き抜いていくためには、変化を受け入れて、ソフトウェアを積極的に活用していかなければならないということですね。
米倉
いや、変化を受け入れるだけでは不十分で、変化の先へ行かなければ手遅れです。「チャンスの神には前髪しかない」と言いますが、これからの時代、前に回って、前髪をつかむよりほかないのです。音を立てて変化していく世界の中で、どうやって前に回り込めるかが、勝負のカギを握っています。
何をオープンにして、ネットワークをつくるのか
多くの企業がいまだにオープン・イノベーションに踏み出せないでいるのは、知識やノウハウをオープンにすることによるデメリットに躊躇するからではないでしょうか。そのあたりはいかがでしょうか。
米倉
もちろん、オープン・イノベーションにデメリットは付きモノです。知識やノウハウが公開されてしまうことで、どれほどのデメリットがあるのか、それぞれの企業でよく検討する必要はあるでしょう。また、何をオープンにして、何をオープンにしないのか、棚卸しをする際によく吟味しなければなりません。
モノづくりの面では協業したものの、販売ではそれぞれが競合相手になってしまうということもあります。第1回でお話しした東洋紡とオランダのDSM社のダイニーマもそうです。東洋紡とDSM社は共同開発者でありながら、販路では競合相手なのです。かつてなら、うちは日本とアジア中心に、先方は欧米中心にといった具合に販路を棲み分けて販売することもできたでしょうが、グローバルなマーケットではそうもいきません。
ただし、商品もできていないうちから販路を気にしてオープン・イノベーションに踏み出せないでいるというのは本質的ではありません。何度も言うように、それは会社の論理であって、共有価値に従って顧客によりよい製品やサービスをいち速く届けることに主眼を置くのであれば、まずは製品開発に注力すべきでしょう。
何をオープンにするのか、勘所のヒントはありますでしょうか?
米倉
それがわかっていたら、ここで話なんかしていません(笑)。ただ言えることは、勝負のカギはネットワーク外部性(利用者が増えれば増えるほど、利便性が増す性質)をいかにうまくデザインできるかにあると思います。例えばAppleの場合であれば、ミュージックストアであるiTunesをとば口にして、その使い勝手を良くすることで、皆をApple ワールドに引き入れてしまった。そういった仕掛けが必要です。
僕は1986年からMacユーザーですが、最初に驚いたのがiPodの登場です。数千曲の楽曲を持ち歩けるようになるとは、夢にも思いませんでした。しかもそれをシャッフルして聴けるという。まさか、ビートルズの後にベートーヴェンが聴けるなんて! AppleはiPodにより、音楽の楽しさの再発見という新たな価値を提示したわけです。そして次に大いに驚いたのが、iTunesミュージックストアで音楽を購入するためにつくったはずのIDが、App storeでアプリケーションを買う際にも共通して使えるという仕掛けでした。いつのまにか自分がAppleのクラウドに取り込まれていることを知り、思わず、「スティーブ、そこまで考えていたのか!」と言ってしまったくらいです(笑)。
要は、オープンにすることにより多くの人とつながり、自分たちにも相手にもメリットがある、という世界をいかにつくり出せるか、でしょう。確かに日本発のケイレツはネットワークづくりとコスト削減という点では優れた仕掛けでしたが、下請けも含めてハッピーだったかというと必ずしもそうではなかった。そうしたヒエラルキーではなく、皆が対等なかたちで参加できる、新たな仕掛けが必要です。
iPhone(iOS)のプラットフォームはまさに、それを実現しているんですね。エックスコードというソフトウェアを開発するための統合開発環境を無料で公開することにより、インターフェイスを構築し、外部の組織のクリエイティビティを自社の価値づくりにうまく活用している。同様に、その仕組みを自社の製品サービスにうまく取り入れる企業も増えている。例えば、電動車椅子を製造するベンチャー企業WHILLは、車椅子をiPhoneで操作できるアプリを開発し、これにより、車椅子で移動する人が、ほかの人と横に並んで移動しながら会話ができるようになったという。これなども、まさにソフトウェアの力です。
ただ、それぞれコアスキルが明確にあったとしても、企業同士のマッチングというのは、なかなか難しそうですね。
米倉
技術や知的財産の探索をするためのエージェントやベンチャー・キャピタルを活用する手があります。例えば、グローバルなデータベースを活用して、クライアント企業の要望により、世界中から最適な技術を探索するサービスを行うような企業も出てきてます。今後は、そのマッチングも、人工知能が代行するようになる日が来るかもしれません。
また、社会課題を解決するという意味では、今後は企業がNPOやNGO、途上国・新興国の政府、大学などと組むことも必要でしょう。それぞれの企業や組織がコアスキルを持ち寄って途上国・新興国の社会課題解決をして、そこで蓄積されたイノベーションを、逆に先進国に取り入れるというリバース・イノベーションも注目されています。そのために不可欠なのは企業も個人も、やはりコアスキルの蓄積であり、選ばれる力だということ。オープン・イノベーションの成否は、まさにそれに尽きるのではないでしょうか。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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