「伝統技術だからいい」とは考えない
「株式会社和える」は2011年3月、矢島氏が大学4年生の時に設立。資本金には、大学3年生の時に和えるの原型プランを携えてエントリーした「学生起業家選手権」での優勝賞金150万円を充てた。
「会社を設立はしましたが、まだ肝心の商品は出来上がっていません。そこからは、取材を通じて知り合えた職人の方々とのつながりを通じて、子どもたちの役に立つモノの製作を考える日々。そんな中で、最初に『これだ』と思えたのが本藍染の産着です。徳島県の本藍染職人の皆さんも前向きに考えてくれ、その協力のもとに完成した製品です」
和えるの製品には、矢島氏が取材・執筆の時に大切にしてきた「三方よし」の姿勢が貫かれている。自分自身が惚れ込むことができ、作り手が積極的に関わってくれて、なおかつ使ってくれる人たち、購入してくれる人たちも喜んでくれるもの。そうしたモノが和えるの製品となる。
「単に、乳幼児向け商品を伝統技術で作ればいい、とは思っていません。伝統産業品が持つ機能性を、いかに最大限に生かすか。それが一番に心がけていることです。産着を本藍染で作ったのも、藍が持っている保温性や紫外線カット効果があればこそ。この点が赤ちゃん自身や、お父さん・お母さんに喜んでもらえると思ったからなんです」
もちろん、機能性だけでない。「なぜ赤ちゃんが使うモノは薄い色ばかりなのか? 藍の産着があってもいいのでは」という感覚的な視点も大切にしている。
「技術とニーズを和えるだけでなく、機能性と感性も和える。それによって、より多くの出会いの可能性が生まれるはずだと考えているんです」
資金不足の危機を救った職人との信頼関係
たった1人の大学生のアイデアから始まった和えるは、その独創的なアイデアによって、一躍注目を集める企業となった。しかし、常に順風満帆だったわけではない。
最大の危機は創業2年目の2012年12月にやってきた。和えるの事業や取り組みは世の中に認知され始めていたが、まだ、売り上げが思うように伸びていなかったこの時期、深刻な資金不足に陥ってしまったのだ。
和えるでは、職人に製作してもらった製品はすべて買い取ったうえで、販売をしている。自分たちがお願いして作ってもらったものに対して、売れてからではなく、作ってもらった時点で対価を支払うのは当然という考えがあるからだ。それによって技術者たちが、安心してモノを作り続けることができる環境を提供する。これも伝統産業の世界に関わる企業としての責務という想いが根底にある。
「ただ、どうしてもその時は、職人さんへのお支払いができる状態にありませんでした。本当に申し訳ないという想いで取引のある職人に電話をし、『すみません。お支払いを来月にさせていただけませんか』と謝罪したんです。そうしたら『いいよ。大丈夫だから気にしないで』と言っていただけ、さらには『いつも気前よく買い取ってくれるから、大丈夫かなって思ってたんだよ』と、逆に心配していただいていたのです」
もちろん、電話を受けた職人も、誰に対してもこういった応対ができるわけではないだろう。矢島氏を信頼し、大切な仕事仲間だと思っているからこその発言であるはずだ。その後は知人の支援もあり、危機を乗り越えることはできたが、「頑張ってくれている職人のためにも、しっかりとビジネスを成功させなければいけない」と、矢島氏は想いを新たにしたという。
「一等地」への出店を支えたもの
職人との信頼関係以外にも、和えるの成功を後押ししたものがある。それが「ITの力」だ。
「かつての流通産業であれば、一等地に土地を購入し、人の目にとまるような店舗を持たなければ、軌道に乗せることは難しかったと思います。ただ、それには莫大な費用がかかる。学生だった私にはとても無理なことでした」
しかし、インターネット上であれば、お金や実績がなくても、努力次第で「一等地の一流店」を作り上げることができる。多くの閲覧者が集うサイトを作って、ビジネスを展開できるのだ。
「和える」は起業当初からオンラインショップ(http://a-eru.co.jp/onlineshop/)を設立、SEO対策なども練り上げていった。例えば「子ども 漆器」で検索すると、上位には「和える」のページが軒並み表示されるまでになっている。
「その他に、メディアの取材記事、インターネットを通じたクチコミなども大きな追い風になりました。学生時代、取材・執筆者として情報を伝える側だった私が、今度は自分の取り組みや商品を伝えてもらう側になるのは、ちょっと不思議な気分がしたものです。でも、それが巡り巡って、和えるで取引のある職人さんの手仕事を伝えることにもなる。より多くの人に情報を伝えるという点では、IT、インターネットは欠かせない存在だったことは間違いありません」
後ろめたいモノ作りはしない
今夏以降、「和える」ではWebサイトを強化する計画を進めている。起業から4年を経て、扱うオリジナル商品が15シリーズ60品目ほどに増えたこともあるが、それだけが理由ではない。
「誤解されがちなのですが、私は『衰退しつつある、すべての伝統産業を救う』という気持ちでこの事業を始めたわけではありません。そもそも私の力で、そんな大それたことができると考えるなんて、おこがましいとも思っています」
矢島氏や、彼女を支えるスタッフが抱いているのは、あくまでも未来を生きる子どもたちに本当に良いモノを届け、日本の伝統産業品が持つ魅力、モノを生み出す技術の価値を伝えたいという気持ち。
「その商品を実際に購入してくださるのは、お父さんやお母さんをはじめとした大人たちですから、そういう方々に『なぜ、伝統技術を活かしたモノを赤ちゃんたちに届けたいのか』を、さらに伝えられるサイトにしようと考えています」
「日本の伝統技術なのだから皆で守っていきましょう」という伝え方はしない。「昔からあるのだから良いに決まっている」というスタンスもとらない。「現代人にとって価値のあるものが伝統技術の領域にもたくさんあり、それを現代の子どもたち向けに形を変えるとこうなります」というのが矢島氏の伝え方だ。
そのために、製品開発にも徹底的にこだわる。企画から実際の製品化までにかかる期間は、短くて1年、長いものだと3年。その間、理想の形状になるよう何度も職人と議論を重ね、数ミリ単位の試行錯誤を幾度となく繰り返す。そんな矢島氏の原動力になっているのが、本藍染職人がふと口にしたという、次のような言葉だ。
~これまで長きにわたって伝わってきた伝統や技術。それを正直に伝えなければ、何百年、何千年と伝わってきた技術が簡単に途切れてしまう。だから、後ろめたいモノ作りはしない~
リニューアル後のWebサイトも、矢島氏のこだわりが細部にまで詰まったものになるのだろう。
大人も魅了する伝統産業品の魅力
和えるの製品は、一度購入すれば、長く使い続けられることも大きな魅力である。
例えば『福井県から 越前漆器の はじめての汁椀』は、4歳児の手にちょうど収まる大きさで作られているが、子どもがさらに成長した後は、飲み物を飲むカップとして利用できる。越前漆器は使えば使うほど色艶が変わり、味わいの出てくる商品。それゆえに大人になっても使いたくなるようなデザインにしているのだ。
大人気の『こぼしにくいコップ』 シリーズも同様だ。全国各地の伝統的な陶器・漆器技術で作られたコップは、大人が「ぐい呑み」として使うにもピッタリの商品。仮に壊れても、「金継ぎ」や「塗り直し」など、伝統的な修復技術で修理でき、長く使い続けることができる。
「意外かもしれませんが、和えるには大人の男性ファンも多数いらっしゃいます。商品へのこだわりや、歴史的背景を持った商品が好きな男性が和えるの商品を気に入ってくれ、自分のために買ったり、大人向けのギフトに利用したりしてくださっているのです。私たちのコンセプトを受け入れていただけたと実感でき、とても嬉しく思っています」
「和える」を立派に育てるのが親としての使命
矢島氏は和えるを「自分の子どものような存在」という。
「誕生からここまでの成長を見届けてくるのは、大変な時もありましたが、とても楽しい時間でもありました。そして、そんな和えるを様々な方が応援してくださっていることを本当に嬉しく感じています。親=創業者としては、1世代で終わる会社にはしたくないというのが正直な気持ち。そのためには、和えるの自立を促し、親離れ・子離れも考えていかなければならないでしょうね」
とはいえ、まだしばらくは、たっぷりの愛情を注いでいく考えだ。今後は会社として、事業として、さらに大きく育てたいと望む。
「三方よしの精神を忘れずに、日本の伝統を未来につなげ、次世代に伝えていくことに貢献する会社に育てていきたいですね。そしていつか、成長した和えるを見た人たちが、『和えるが日本にあることが、日本人として誇らしい』と言っていただけるような会社に育ってくれれば、これほど嬉しいことはないと思っています」
その時まで、矢島氏と和えるの二人三脚は続く。
このシリーズの連載企画一覧
「三方よし」の心で拓く伝統産業の未来 >
作り手と買い手のニーズをITでつなぐ >
「最高の授業」を、世界中の子供たちに >
働きたい人が自由に働ける社会をつくる >
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