「第1回:「ダブルイナーシャ」を超えられるか」はこちら>
「第2回:下請け構造に陥らないために」はこちら>
「第3回:フィジカルAI時代、日本企業は主役になれるか」はこちら>
「第4回:人間的衝動と、自分の足で立つ力を持つ」
これから問われるのは「部下力」よりも「ボス力」
山口
会計のほかに、経営者やビジネスリーダーが経営判断の前提になるものとして学んでおくべきこととして、冨山さんなら何を挙げられますか。
冨山
AIをはじめとする今のデジタルの潮流を理解する上では、プログラミングの基礎知識はあるほうがいいでしょうね。プログラミング言語を一通りやってみると、コンピュータのメカニズムがわかる。それがわかると、所詮、技術は移ろうものだということがわかる。今のニューラルネットワークは従来型のルールベースとは違うメカニズムで動いていますよね。
山口
ベイズ推定ですね。
冨山
それは数学ですから、やはりリベラルアーツの一つです。エンジニアリングには数学は必須ですし、エンジニアでなくても数理的にものを考えるときの言語として数学的な知識、センスは必要だと思います。なので、プログラミング、数学、簿記会計、それから日本語と英語。
山口
今から学ぶか、できれば高校までに学んだほうがいいと。
冨山
絶対に学んだほうがいい。大学入試の必須科目にすべきだと私は思います。あとはそれなりでもいいんです。歴史とか古文・漢文なんて、子どもの頃はピンとこないでしょ。
山口
むしろ大人になってから勉強したほうがいいのかもしれないですね。
冨山
息子が大学受験のときに古文・漢文の模擬試験の問題を読んでみたら、学生の頃よりよく理解できました。自然に教養がついていたということなんでしょうね。
山口
わかります。偉人の伝記って子どもの頃に読まされますけど、大人になってからのほうが感情の機微がわかるというか、「この局面でこの動きができるのか」みたいな読み方ができます。
冨山
そうなんですよ。歴史にしても、年号を暗記することに意味はなくて、歴史上のできごとに対して何を思うかが大事ですよね。その流れで言うと、国語は大学入試も論理国語だけでいいでしょう。文学国語は国語というより情操教育の科目として学んだほうがいいと思う。日本の国語の試験って、文学作品で「このときの筆者の意図は何か」とか聞くんですよね。私はちょっとませた子だったから、深読みしすぎてバツをつけられていましたけれど、要するに表層的に読んで表層的に答えたほうが評価されるシステムになっています。それに適応すると、自分のアタマで考えずに出題者のアタマで考えるクセがついてしまいます。
そうした教育はキャッチアップ工業化モデルには適していました。空気を読んで上司に忖度する能力や、どこかにある正解を探しにいく能力が身についたからです。けれども今は、正解はAIが探してくれるようになり、上司が考えていることはだいたい古くて役に立たない。ゲームそのものがチェンジして、自分のアタマで考えられるかどうかが重要になっています。
これからの時代、問われるのは「部下力」よりも「ボス力」です。ボス力とはすなわち「リベラルアーツ力」、つまり自分のアタマで「よりよきもの」を探索して、自分が正解と思うことを生み出す能力です。そうなってくると、人材選抜のあり方も「優秀さ」の定義も、かなり大きく転換しなければいけない。
山口
だから教育から変える必要がありますね。
冨山
自分は幸いなことに、日本の大学入試システムに対して、内心「これは違うな」と思いながらも出題者に合わせて攻略するという姿勢で臨むことができました。けれども、あれに必死になって順応してしまった人は、これからつらいことになるかもしれない。
少なくともグローバル企業の主戦場はかなり本質的なリベラルアーツが問われる世界ですから、教育システムも、もっとそこに純化したほうがいいと私は思っています。試験科目も減らして、その代わりに、基礎点の高い人を集めて徹底的にリベラルアーツ教育を行うアカデミズムに根ざした大学と、プロフェッショナルを養成する大学に分けたほうがいい。

今の産業界に足りないのはアニマルスピリッツ
山口
企業の人材システムと受験システムと初等教育システムは連動していますけれど、社会が変わり、企業も少しずつ変わり始めている一方で、教育は国が主導しているのでなかなか変化が起こらない。でも、2024年の小中学校の不登校児童生徒数が35万人を超えていることを考えると、システムが悲鳴を上げているとも言えます。
冨山
今のシステムでは幸せになれないとわかるからですよ。
山口
そうですね。マーケットサイドから変革を要請されているとも言える状況ですし、ここからの第2四半期は教育も含めた人材のシステム全体を大きく転換していく期間にしなければいけないと思います。
冨山
少なくとも「このままではヤバい」ということはみんな思っているでしょう。ただし、その答えは懐古主義ではありません。今の経済界のリーダーたちは、古いシステムの中で育って選抜されてきた人たちですから、基本的に「人は世につれ、企業は世につれ」という考え方になりがちです。正解は自分の外にある。だから会社の調子が悪いのは円安のせいだということになってしまう。
本来であれば、円安なら円安の中でどう儲けるかということを考えるべきですよね。そのときに問われるのがリベラルアーツ、みずから問いを立てる力です。リベラルアーツ力がないから、人のせいにするという簡単な答えに流れてしまう。会社の業績が悪いのは政策が悪いせいだと言う人は多いけれど、はっきり言って関係ありません。シリコンバレーの起業家は、国の産業政策なんて関係なく自分たちのやりたいことをやっているだけですからね。
結局、今の産業界に足りていないのは経済学者のケインズがかつて言った「アニマルスピリッツ」です。日本が貧しいときには、豊かになりたいというアニマルスピリッツがあったから、明治や戦後に多くの起業家が出てきたわけです。けれど、いったん成功するとそのモデルを踏襲すればいいと思ってしまうから、並外れた野心のようなものはだんだん薄れていってしまう。
だから現在のメインストリームではアニマルスピリッツがほぼ失われていて、たまたま日立はリーマンショック後に大赤字を出して存亡の危機に立たされたから取り戻せたと言えるかもしれません。大企業には、そういうアニマルスピリッツを持っている人が何人かいるものなんですよ。1万分の1ぐらいの確率でも、10万人いれば10人はいるわけで、それが大企業の圧倒的優位性です。その中でも日立がよかったのは、川村隆さんにしろ、中西宏明さんにしろ、そういうアニマルスピリッツを持った人がちゃんと見いだされて力を発揮できたということです。
そう考えると、やはりアニマルスピリッツをもう一度呼び起こさなければいけない。ケインズが言ったアニマルスピリッツとは弱肉強食というような意味ではなく、一見、不合理に思えるようなことでも自分の情熱・信念に基づいて挑戦する意欲ですよね。
山口
ケインズはアニマルスピリッツのことを「人間的衝動」と言っていますから、ある意味では人間らしさということなのでしょう。
冨山
そうですね。その人間としての衝動を現実の力に変えるときに、実はリベラルアーツが必要になります。ビジネスを成功させるには、自発的な意志・意欲とともに、ものを考える能力、正解に頼らないで自分の答えをつくり出す能力も必要だからです。ところが今の日本の教育に染まってしまうとそれらが減殺されてしまうし、今の日本の会社で30年、40年と部下をやっていても減殺されます。そういうことを言う人間は面倒くさいので、組織から嫌われるからです。私なんか普通の大企業に就職していたら、絶対に出世できなかったと思います。
山口
そうした意味では、リベラルアーツは自分の足で立つ力だという言い方もできますね。
第5回は、4月28日公開予定です。

冨山 和彦
日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。その後経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEO、グループ会長として活動。現在は日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長を務めるほか、メルカリの社外取締役、日本取締役協会の会長も務める。さらに、政府関係委員も多数務める。主著に『日本経済AI成長戦略』(文藝春秋)、『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』(NHK出版新書)、『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』(文藝春秋)など。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。

山口 周
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。


