恒例になったEFOビジネスレビューの新春対談。今年の対談のお相手は、共著で書籍も上梓されている、本誌ではおなじみの山口周氏だ。今回のテーマは、「知的インプット」。お二人は、日々どんなソースからどんな方法でインプットを行っているのか。お互いの知らない面を発見し合うような親密な対話は、上着を着ることを忘れるほどホットな展開となった。最終回となるその4は、人と旅からのインプットについて考える。
「第1回:インプットの7割は読書」はこちら>
「第2回:本が教えてくれたこと」はこちら>
「第3回:さらに深い読書の沼へ」はこちら>
「第4回:人と旅からのインプット」
※ 本記事は、2025年9月26日時点で書かれた内容となっています。
人について
楠木
ここまで読書の話に終始していたので、ここでテーマを「人」にしたいと思います。人との出会いで僕が大切だと考えているのは、「偶然性」です。例えば僕の場合、本業では企業が観察の対象ですが、企業の数は膨大だし、書籍も山ほど出ているし、情報も満ち溢れています。しかし僕の体はひとつで1日は24時間しかない。僕はアウトサイドインで投網を投げて、そこから体系的にスクリーニングしていくといったことはまったくしません。これまで勉強になった調査対象企業でも、『ストーリーとしての競争戦略』で取り上げたガリバーという中古車販売の会社を知ったきっかけは、人でした。僕の先輩にすごく面白い人がいて、当時ガリバーで仕事をしていました。その人と食事するのを楽しみに会っている時に会社に興味を持ったという成り行きです。
山口
それはもう、偶然に見える必然みたいなことですね。
楠木
そう思います。最近のことですが、名古屋から新幹線に乗って東京に帰ろうとした時、窓際の席で寝ている人がいました。その人の荷物が通路側の席に置いてあって、僕の席はそこだったので、熟睡しているので悪いかな、と思ったのですが、「お休みのところ恐れ入りますけど」と声をかけると、すぐに起きて「すみません」と荷物を片付けて、すぐに睡眠に戻りました。僕は自分の席について本を読んでいるうちに、品川が近くなってきたので降りる準備をしていると、眠っていたその方がいきなり「楠木さんですよね」とおっしゃいました。「ええ、そうですが」と答えると、「本、読んでいます」。「どうもありがとうございます」ということで名刺交換をしました。
その人は、任天堂の常務執行役員の柴田聡さんという方で、そこから何度かメールのやりとりがあって、「任天堂の戦略について、一度議論しましょう」というお話しをいただきました。こういうこともあるのか、という印象的な偶然性でした。
山口
本当ですね。
楠木
こういう偶然をきっかけに興味を持った対象が、自分の研究としては結果的に一番実を結んでいるような気がします。調べるべき会社はどこにあるのだろうと考えても、あまりヒットしない。偶然と必然は背中合わせになっていると思いますが、偶然を手繰り寄せるセンスというのがあると思っています。
山口
今のお話を聞いて、思い出したことがあります。コンサルティング会社で働いていた時代に、ロンドン郊外の『ハリー・ポッター』のホグワーツみたいな古いお城で研修がありました。世界からその年に昇進した10人を集めて、12月のクリスマス前に1週間、暖炉の前で行われる非常に贅沢な研修でした。先生はゲシュタルト心理学の教授で、とても面白く有意義なトレーニングでした。研修の終盤に先生とランチをご一緒する機会があったので、「面白い研修で大変興味を持ったので、今後勉強するためにどんな本を読むといいかブックリストが欲しい」とお願いをしたのです。
彼は、「自分が学ぶべき本を先生に選んでもらうという考え方は、良くないからやめた方がいい。自分のチューニングが合っていれば、今読まなければいけない本はかならず現れるし、気がつくから」と話されました。必要なものは、向こうから来る。ただし、自分のチューニングが狂った状態では気づくことができないから、そのために自分を整えておくことだと教わりました。
楠木
それは本に限った話ではなく、人との関係についても同じことがいえるのしれません。
山口
そう思います。システム用語でGIGO(Garbage In, Garbage Out)という言葉がありますが、欠陥のある入力は欠陥のある出力を生む。ごみを入れると、ごみが出てくる。これは世の中のベストセラーやトレンドへの警鐘と考えることもできます。
楠木
確かに時間軸の問題で、瞬発的に売れるものはどうしてもそういう面が強くなります。

旅について
楠木
最後に、「旅」について話したいと思います。インプットとしての旅の役割や大切さを、頭では理解しているつもりですが、僕の場合出不精なもので、旅から何かを得たという経験があまりないのですが、周さんはいかがですか。
山口
僕の妻は以前イタリアで生活していたことがあって、新婚旅行でイタリアに行き彼女が世話になった人たちを訪ね歩いたことがありました。その中に昔彼女のことをかわいがってくれていたおばあちゃんがいて、フィレンツェの中心に住んでいるのですが、スーパーで食品を買ったことがない。豚肉だったら自分で豚を育てている人から買うし、オリーブオイルならオリーブを育てている人から買う。先進国の都会暮らしでも、日本の我々とはまったく違ったライフサイクルで暮らしている人との出会いに、驚かされたことがあります。「だって誰が作っているか分からないものを、どうして口に入れられるの。怖くない?」と言われて、確かに自分たちの感覚の方がおかしくなっていると思いました。これは自分を相対化する気づきの機会にはなりましたが、旅からのインプットなのか、人からのインプットなのかは微妙なところかもしれません。
楠木
思いもしない場所で人と出会って面白かった経験はありますが、いまのところ意識的に旅に行くことはありません。ここをそのうち変えていきたいと思っています。
山口
でも旅というのは、拡大解釈すると部屋の中でできるものでもあります。僕が電通時代にお会いした白土謙治(※)さんは、まさに毎日旅をしている感じの人でした。普通に街中を歩いても、エトランジェ(異邦人)という感じで街を見て、そこからいろいろな気づきを得ている。そういう方でした。
※ 白土謙治:1977年(株)電通入社。エグゼクティブ・プランナーとして、企業の経営・事業戦略からブランド構築、新製品開発、都市開発からCSRの領域まで、多種多様な諸課題を戦略と表現の両面から統合的に解決する独自のコンサルティングで活躍。執行役員、特命顧問を経て、フリーの「思考家」として活動している。現在、ファーストリテイリングサステナブル委員会社外委員、環境系NPO think the earth 理事。
楠木
僕も存じ上げています。最近お目にかかっていませんが。

山口
人工知能の弱点のひとつは、僕は五感がないことだと思います。大量の情報を調べて答えを出すことは、AIにはかないません。しかしまだテキスト化されてない世の中の動きや気配、電車の中の会話とか、なんかそういったものから世の中がこっちに動いているという洞察ができる人は、しばらくは安泰だと思います。これを旅というかどうかわかりませんが、出かけた先で五感を働かせて、自分を楽器のようにして音を鳴らす。これは人にしかできないことだと思います。楠木先生は旅について出不精かもしれませんが、エトランジェ的にいろいろなものを見ている感覚はあるのではないですか。
楠木
それは好きです。
山口
美学の用語で「異化」という言葉があるのですが、常にエトランジェとして文化人類学者が部族を観察するように世の中の人を見ているという感覚は、今だからこそ大事だと思います。
楠木
よく分かります。人と会うことは本と比べると、確かに効率が悪いし外れも多いのですが、五感にくることは確かです。人と会って、あの人がそう言えばと話し出した時、あんな表情をしていたなということが印象に残ることがあります。それは五感があるからで、AIにはありません。
山口
この間メラビアンの法則(※)を調べていたのですが、人間が取得している情報で言葉から得ているのは7%ぐらいしかない。4割ぐらいが声のトーンで、5割は表情とかしぐさなどの視覚情報だそうです。だからテキストしか見ていないと、ものすごい情報がこぼれてしまっていることになります。
※ メラビアンの法則:アメリカの心理学者アルバート・メラビアンによって1971年に提唱された、コミュニケーションにおける言語、聴覚、視覚の影響の割合を示す法則。
楠木
今回はインプットというテーマで話しをしてきました。周さん、今日はどうもありがとうございました。
山口
こちらこそ、ありがとうございました。
楠木
最後にお伝えしなければならないことがあります。この日立のWebマガジン『Executive Foresight Online』で7年半に渡って連載してきた「楠木建のEFOビジネスレビュー」は、今回が最終回ということになりました。7年半もの間毎週更新するという連載は、オンラインでもオフラインでも僕にとって最長のものでした。ここまで自由に、その時に考えていることや興味あることを話させてくれる場というのはなかなかありませんから、僕も大変残念です。これまでお付き合いいただいた読者の皆さま、ご愛読ありがとうございました。
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楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)、『クリティカル・ビジネス・パラダイム』(プレジデント社)他多数。最新著は『人生の経営戦略 自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。



