楠木建教授がリスペクトしている、作家で起業家の菊池寛。その菊池寛について、本誌で対談いただいたフランス文学者の鹿島茂先生が書かれた『菊池寛 アンド カンパニー』は、教授の心をしっかりととらえた。この評伝を通して見えてくる人間菊池寛が、今月のテーマだ。第1回は、菊池寛が作った『文藝春秋』という論壇について。
※ 本記事は、2025年9月1日時点で書かれた内容となっています。
2025年7月20日に参議院選挙がありました。参政党が伸びて、日本でもポピュリズムの動きが以前より強くなってきているように思います。
日本に住んでいるほとんどの人は、民主主義と独裁制のどっちがいいかと聞かれたら、民主主義の方がいいと答えるでしょう。選挙というのは、民主主義を支える根幹にある制度です。その時点での有権者の人気を獲得することを目的としている以上、ポピュリズムに流れる政党や政治家が出てくるのは仕方がないことではあります。
ポピュリズムは、古代ローマの時代から2つのパターンしかありません。「パンとサーカス」です。パン型は、目先の利得を有権者に与えることによって票を獲得する。昔からある「ばらまき」です。一方のサーカス型は、あっさり言えば「鬱憤晴らし」。エンターテインメントの本質は、鬱憤晴らしにあります。これは人間の本性です。そこにつけ込んで人気を獲得しようというのがサーカス型のポピュリズムです。サーカス型は、必ず敵が必要になります。強力な敵を想定し、それに対して良く思っていてない人たちの人気を獲得しようとするのが基本図式です。
もはやアメリカはポピュリズム大国になってしまいました。トランプ大統領は究極のポピュリストです。彼にとっての敵はリベラルエリートです。彼らをやっつけるということが、サーカスの基本的なシナリオになっています。これまでの日本ではパン型ポピュリズムが主流でした。目先の利益誘導で人気を集めようとするものでした。昔の自民党の田中角栄がその典型です。
ここにきて参政党のように日本でもサーカス型が前面に出てきました。外国人と日本人が利益を取り合っているという構図を立てる。そこで「日本人ファースト」と言えば、選挙で投票するのは日本人ですから、票は集めやすい。もっともシンプルなポピュリズムです。
今回の参議院選挙の成り行きを見て思うに、参政党が強かったわけではない。自民党がひたすら情けなかったということです。本来は責任政党であるはずの自民党が、選挙が近づくにつれてパン型のポピュリズムに流れてしまった。これは政権与党として言語道断です。自民党が弱過ぎた。そこに参政党が票を伸ばす余地があったということです。
僕は選挙や政治に限らず、日本の抱えている問題を長期的な時間軸でとらえて議論できるプロの「論壇」が必要だと考えています。論壇の役割を果たしていたのは、昭和時代であれば総合雑誌でした。
今はみんながスマートフォンでネットの記事ばかり見るようになりました。それはそれで仕方がないことですが、断片的な情報に基づく局所的な言い争いに終始してしまうことになります。しっかりと考えているプロが出てきて、意見や主張をぶつけ合う。民主主義にはそうした論壇が不可欠だと僕は考えています。
昭和時代と比べると発行の部数は小さくなりましたが、『文藝春秋』という月刊誌は、僕が考える論壇にいちばん近い雑誌。それぞれの専門的な分野におけるプロが深い議論をするメディアは、オンライン、オフラインともにさまざまあります。しかし、知的国民全体が乗っかってくるような論壇とは目的や議論の幅が異なります。『文藝春秋』は創刊時から、総合的な論壇の提供を目的としている雑誌です。
僕の場合、自分で自分の考えを文章に書いて発表する時、新聞であれば日経新聞が多いし、雑誌であれば『ダイヤモンド』、『日経ビジネス』、『PRESIDENT』、『東洋経済』といった経済・経営系が多い。『文藝春秋』にも書かせてもらうことがしばしばありますが、ビジネス雑誌とリアクションがはっきりと違う。経営者やビジネスマンだけではなく、普通に生活しながら世の中のことを考えている人が幅広く読んでいるという実感があります。『文藝春秋』は日本の総合論壇の最後の砦と言ってよい。
この『文藝春秋』という雑誌を始めた人が、菊池寛です。本業は小説家ですが、1923年に『文藝春秋』を創刊するために菊池寛は、「文藝春秋社」という会社を作ります。僕はこの人が大好きで、小説作品はもちろん、彼について書かれた本も数多く読んできました。最近になって、僕の大好きなフランス文学者の鹿島茂先生が『菊池寛アンド・カンパニー』という、菊池寛とそれを取り巻く文藝春秋社の人々の群像劇のような評伝をお書きになりました。これが猛烈に面白くて、あらためて菊池寛という人物についての理解を深めました。
今月はこれから3回にわたって、日本の社会起業家のパイオニアだった菊池寛について、『菊池寛アンド・カンパニー』に即して話したいと思います。
第2回は、11月10日公開予定です。

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。



