デジタル技術を活用して組織や業務プロセスを根本的に変革し、新たな価値を創出するDX。その成功のカギを握るのは、何といってもパートナーの選択だ。AIなどの最新テクノロジーを活用して現場の課題を解決し、持続可能な経営を実現する。そのためには、ITだけでなくリソースを駆使して、共に未来をめざすパートナーが必要だ。そんなDXの最前線で企業のトップと対話を繰り返し、お客さまの課題解決に取り組んでいるのが、株式会社 日立製作所 Executive Director 重田幸生(しげた ゆきお)だ。今回は、日本におけるDXの現状やリアルな現場でのやりとりなどを語った重田のインタビューを、3回に渡ってお届けする。EFO読者の皆さまの中でも、特に企業の経営層(CEO、CDO、CIO)を中心に日々デジタルを活用した変革に取り組まれているキーパーソンに読んでいただきたい内容となっている。第1回は、お客さまの経営課題とDXの変化について話しを聞いた。
※ 本記事は、2025年8月6日時点で書かれた内容となっています。
コンサルタントから日立へ
――最初に、重田さんのキャリアについてお話しいただけますか。
重田
私は、日立製作所の原子力のエンジニアだった父親の影響で、大学院までエネルギー問題の研究を行ってきました。しかしずっと地味で忍耐のいる実験をやってきた反動で、華やかな世界にあこがれて、2003年、コンサルティングの世界に入りました。当時は円高と中・韓企業との競争激化で日本の製造業が落ち込んでいて、輸出産業の両輪だった電機と自動車の凋落が著しくなっていました。「プロジェクトX」などを見ると、いい技術を持った熱い人がいるのに、国際競争力が衰えているというのは、マネジメントの問題なのではないか。そう考えて、マネジメントコンサルタントに進路を変更しました。
――コンサルタント時代は、どういう分野を担当されたのですか。
重田
主に製造業の経営コンサルティングです。エネルギーや次世代デバイスといった、新しいテクノロジーを活用した事業戦略の立案に取り組んできました。
――20年のコンサルタント時代を経て、2023年に日立製作所に転職されます。何かきっかけやビジョンがあったのですか。
重田
明確なきっかけがあったわけではないのですが、以前から私はコンサルタントとして日立の経営幹部の方々と議論させていただく機会がありました。小島さん(取締役副会長)、徳永さん(代表執行役 執行役社長兼CEO)、谷口さん(執行役専務 戦略SBIビジネスユニットCEO)、阿部さん(代表執行役 執行役副社長)、どなたと議論しても、日立の方の見識や見立ては突出していました。人間性も含めて、なんてすごい人たちなんだと思っていました。そんな時に、一緒にやらないかと声をかけられたことがきっかけです。

CxOとのディスカッション
――現在の重田さんのミッションを教えてください。
重田
企業が事業を大きく変革しようとする時、パートナーとして日立を選んでいだだくことです。そのために、お客さまの経営戦略を理解し、マーケットの環境や競合の動きなども考慮しながら、企業のトップであるChief x Officerの方と今後の成長をどう実現していくかを議論させていただきます。継続的にお会いして、話し合う中でお客さまの課題を見つけ出し、日立ならこういう技術やノウハウを持った人財がいますとか、こういう経験値を生成AIで活用できますという解決策を提案しながら、信頼関係を積み上げていきます。
――具体的な事例で説明いただくことはできますか。
2025年7月7日にプレスリリースを出した電源開発株式会社(以下、Jパワー)様とのAI用データセンター構築に向けた覚書を例にお話しします。Jパワー様の担当役員の方とは、これまでさまざまな議論をさせていただきました。その中で、Jパワー様が全国に持つカーボンニュートラル電源(水力・風力・地熱・太陽光など)を使って、日本のインフラを支えるAI用データセンターを作りたいという相談を受けました。日立はNVIDIAと協業の関係にありますし、GPUサーバーの専門家も揃っており、自分たちでデータセンターも持っていますので、必ず力になれるはずですと答えました。
その時、なぜAI用データセンターを作りたいのかをお聞きしました。目的やビジョンを明確にしておかないと、ただ設備を作っただけになるかもしれないと思ったからです。「自分たちも、AIを使って電源の保守や運用業務の効率化を図り、人手不足に備えたい」という答えが返ってきました。Jパワー様は自分たちが安心して使えるAIデータセンターなら、他のインフラ事業者も必要としているはずだ、そう考えていることがわかりました。
それなら、Jパワー様がAIをどう使いたいのか。AI用データセンターはどうあるべきなのかを、一緒に徹底的に考えていきましょうということで、パートナーとして共同検討の覚書の締結に至りました。
キャッチアップしきれないスピード感
――今、日系企業の経営者の方々は、どんなことで苦労されていますか。
重田
課題は皆さんそれぞれだと思いますが、あまりに技術や社会の変化が速すぎて、なかなかキャッチアップしきれないという悩みは共通ではないでしょうか。AIに代表される新しいテクノロジーの背景や可能性、リスクといったことを理解しないと、それが自分たちの事業をどう変革できるのかわかりません。しかし変化のスピードがあまりに速すぎて、深掘りすることができず皆さん苦労されています。だからこそ、私たちのようなパートナーの存在理由があるわけです。
――DXの中にも、CXやGX、SX、AXなど企業変革にはさまざまな切り口がありますが、日本のトランスフォーメーションは今どんな段階にあると考えていますか。
重田
これまでのトランスフォーメーションというのは、手をつけやすいバックオフィス業務の効率化や生産性の向上が目的でした。人事や経理、財務などを、すでに実績のある標準的なやり方で効率化する部分最適化にとどまっていました。しかしここへきて、事業のコア業務に対して本格的にAIを導入し、持続可能な未来に向けたトランスフォーメーションに取り組む企業が増えてきました。これは、日本のDXが新たな段階に入ったということでしょう。

日立の協創でいいますと、東日本旅客鉄道株式会社(以下、JR東日本)様と2025年9月から行うことが決まった、首都圏の鉄道運行管理・保守業務におけるAIエージェントの効果測定は、安定した鉄道運行の継続性を支える取り組みです。首都圏の在来線の運行を管理する東京圏輸送管理システム(ATOS)は、多くの機器が複雑に組み合った大規模なシステムですから、トラブルが発生した時に解析や原因の特定を行う指令員には、非常に高度な専門知識やノウハウが求められます。それでも解決が難しい場合は、熟練者への問い合わせが必要となり、故障原因の特定から復旧までに時間を要することになる。
今後は労働人口の減少がさらに進み、指令員の人財不足も見込まれる中で、より少ない人数でさらなる安定輸送を実現するために、AIエージェントを共同で検証していきます。具体的には、日立がこれまで取り組んできた数百の事例から獲得したOT(制御・運用技術)ナレッジの活用手法に加え、JR東日本様のシステム仕様書(形式知)といった両社の知識資産を取り込むことで、鉄道運行管理に特化したLLM(大規模言語モデル)を構築。さらに、熟練者の思考プロセスを再現した故障対応シナリオに基づくAIエージェントも開発し、LLMと組み合わせることで、故障個所の特定や対応方針の提案を自動的に行い、指令員の判断を支援できるかどうかを検証します。
JR東日本様にとってまさに安定した鉄道運行の継続性を支える取り組みであり、お互いがそれぞれ積み上げてきたデータや情報を共有するわけですから、深い信頼関係がなければ成立しない取り組みです。
第2回は、9月22日公開予定です。

重田 幸生(しげた ゆきお)
DXコンサルタント/Executive Director
元 株式会社野村総合研究所 パートナー。同社で電機・機械・エネルギー業界を中心に経営コンサルティング活動に従事。2023年4月1日に日立製作所デジタルエンジニアリングビジネスユニットに参画し、現在は、AI&ソフトウェアサービスビジネスユニットにて、日立グループ内外のデジタルソリューション・ケイパビリティを組み合わせて顧客の事業成長・変革を支援。そのための案件・顧客開拓活動、協業活動を主導する。東京工業大学工学院サステイナビリティチャレンジにてメンター代表、審査委員も務める。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。