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「第3回:北海道・東川町の取り組み」はこちら>
「第4回:「産業クラスター」で地域活性を」
地域特性を活かした「産業クラスター」
――前回お話しいただいた北海道・東川町は自治体単位の取り組みでしたが、より広域な地域での取り組みとしてはどのような戦略が考えられるでしょうか。
山﨑
米国の経営学者、マイケルー・ポーターが論文「クラスターが生むグローバル時代の競争優位」(『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー』1999年3月号)や著書『競争戦略論Ⅱ』(ダイヤモンド社、竹内弘高訳、1999年)の中で、「産業クラスター」という概念を提唱しており、この考え方が参考になります。ポーターの定義によれば、産業クラスターは「ある特定の分野における、相互に結びついた企業群と関連する諸機関からなる地理的に近接したグループ」ということになりますが、わかりやすくいうと、産業の生態系のことです。
ポーターが論文で取り上げたのは、カリフォルニアのワインクラスターでしたが、この場合であれば、ブドウ栽培農家、ワイン醸造所、肥料メーカー、ブドウ収穫機器メーカー、ワイン装置メーカー、樽や瓶、ラベル、コルクの生産者など、多数の企業で構成されます。そうした関連企業がエリア内に集積し、サプライチェーンが形成されることで、地域の強みにしようという考え方です。産業クラスターは、地域の付加価値創出に有効な戦略であり、各地域が異なる強み(競争優位)を持つことがポイントになります。

一方、歴史を振り返ると、日本では1983年に製造業を念頭に「高度技術集積地域開発法(テクノポリス法)」が施行され、税制優遇などにより企業誘致を進めました。しかし、この施策は必ずしも成功したとは言えません。というのも、当初は少数の地域での展開を計画していたのですが、陳情などにより、三大都市圏以外の全国26もの地域が指定されてしまったためです。結果として、全国でほぼ同様のハイテク産業の導入が計画され、一地域への予算配分も少なくなったことで、各地域の特色も強みも活かせませんでした。
そうした「横並び」の産業政策に対する問題意識もあって、私は2001年に『半導体クラスターへのシナリオ』(西日本新聞社)を上梓し、産業クラスターの重要性を訴えました。ポイントは、ポーターが指摘したように、単に半導体製造のメーカーが集積するだけでなく、関連する機器、装置、機械、ソフトウェア部門が構成要素に含まれるかどうか。そして、大学や民間の研究機関との共同研究が可能なレベルにあるかどうか。この2点が産業クラスターのイノベーティブ性に強い影響を与えるのです。
例えば福島県には医療機器クラスターが形成されていますが、これはオリンパス株式会社の内視鏡事業を基盤とした、地場産業の医療機器産業への参入だけでなく、福島県立医科大学や福島大学、日本大学工学部との連携が研究開発力の向上につながったケースです。
九州「半導体クラスター」のエコシステム
――半導体といえば、台湾に本社を置く世界最大の半導体ファウンドリ企業、TSMCが熊本へ進出するなど、いま、九州が注目されていますね。
山﨑
実はその萌芽は30〜40年前からあり、九州各地に、半導体製造装置メーカーやシリコンウェハーメーカー、半導体製造に欠かせないフッ素化合物などの化学薬品メーカーが徐々に増えていったのです。さらに、物流企業やソフトウェア開発のベンチャーなど関連の企業も集積し、すでに半導体クラスターが形成されていました。昨今のTSMCの進出は、その基礎の上にあるのです。
また、2004年に福岡県の「シーサイドももち」(福岡市のベイエリア開発地区)に福岡システムLSI総合開発センターが開設され、半導体設計開発ベンチャーの集積拠点、インキュベーション施設として機能しています。こうした、九州におけるさまざまな取り組みがいま、実を結びつつあるのです。
高速道路、港湾、空港などモビリティが重要
――九州での産業クラスター成功の要因はどこにあるのでしょうか。
山﨑
進取の気性に富む九州人の性質もあると思いますが、一つには、九州・沖縄・山口の地域経済や地域産業に関する総合的調査研究と政策立案などをしている公益財団法人九州経済調査協会(九経調)の存在も大きいと思います。もとは南満州鉄道(満鉄)の調査部から発足した組織なのですが、足で稼ぐ調査スタイルゆえにローカルの情報とデータをしっかり押さえていて、九州で何かプロジェクトを立ち上げる際に陰で支える存在となっています。実は先述の『半導体クラスターへのシナリオ』も、その原案をつくったのは、この九経調の方で、そこから委員会を立ち上げることになり、私が委員長を引き受けたという経緯がありました。

九州ではそのほかにも、現在、鹿児島県、熊本県、宮崎県を中心に、中国やフィリピン、韓国、台湾などに向けた木材の輸出が急増しています。この輸出を支えるのが、鹿児島の志布志港と川内港、熊本県の八代港、宮崎県の細島港の4港です。実はこの4港だけで、全国の丸太輸出の約55%を占めているのです。
九州における半導体クラスターの成功についても、高速道路はもとより、港湾や空港など、輸送インフラの充実を抜きには語れません。とくにアジア各国へのアクセスの良さはきわめて重要です。
一方で日本全土を見渡してみると、港のロケーションが太平洋側に偏っていて、東アジアに向いていないのは大きな課題です。コンテナ貨物量を見れば、上海やシンガポール、釜山などがアジアと北米などを結ぶハブ港として機能しているのに対して、東京や横浜、神戸などの存在感はいちじるしく薄くなっています。
さらにロシアや北朝鮮との関係悪化は、日本海側や北海道からの輸出に影を落としています。地域創生には、国際環境が「平和になる」ことも重要な要素なんですね。本来、東アジアへの輸出には地理的に日本海側の港湾の方が有利なのですが、その活用や連携が十分に行われていないのはもったいないと思います。
第5回は、9月24日公開予定です。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

山﨑朗(やまさき・あきら)
1981年京都大学工学部卒業。1986年九州大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。九州大学助手、フェリス女学院大学講師、滋賀大学助教授、九州大学教授を経て、2005年より中央大学経済学部教授。
著書に『日本の国土計画と地域開発』(東洋経済新報社、1998年)、『半導体クラスターへのシナリオ』(共著、西日本新聞社、2001年)、『地域創生のプレミアム戦略』(編著、中央経済社、2018年)、『地域創生の新しいデザイン』(編著、中央経済社、2025年)など多数。
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