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一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)楠木建氏
日本が世界で最初に直面する社会課題と言われている、少子高齢化による人手不足。その解決策として生成AIなどのデジタル・テクノロジーが注目される中、楠木教授から全く異なるひとつのアプローチが提案された。それは、「年齢無用論」。高度成長期の日本社会に一石を投じたソニー株式会社(以下ソニー)社長盛田昭夫氏の著書「学歴無用論」にインスパイアされたこのアイデアが、今月のテーマだ。最終回となるその5では、いよいよ「年齢無用論」の全貌が明らかになる。

「第1回:先駆者、井深大」はこちら>
「第2回:ノーと言える商売人、盛田昭夫」はこちら>
「第3回:「学歴無用論」」はこちら>
「第4回:すり替え問題」はこちら>
「第5回:年齢というものさしを捨てる」

※ 本記事は、2025年3月31日時点で書かれた内容となっています。

「年齢無用論」という僕の提案は、これ以上ないほどシンプルなものです。これから会社の中では、一切社員の年齢がわからないようにする――これだけです。もちろん、人事や総務のように、健康保険や年金といった事務的なことを担当している部署は別です。しかし、それ以外の社員は誰が何歳なのか分からないし、聞いてはいけないという規範を作ります。さすがに60歳の人を見て20歳とは思わないでしょうが、正確な年齢は分からない。会社での勤続年数も分からない。ですから、入社何年目以上じゃないと課長にはなれないといったような慣習は機能しなくなります。

年齢がわからないので、当然定年もなくなります。定年というのは、ある一定の年齢になると、仕事を遂行する能力が衰えるので辞めてもらう。ずっと居続けられると若い人が活躍できなくなるので辞めてもらうということだと思いますが、それは個人の能力を年齢にすり替えるから起きることです。純粋に能力や実績や貢献で物事を決めていくようにすれば、そんなすり替えは起こらない。そのために、どうすればいいか。シンプルに、年齢を分からなくすればイイという提案なんです。

実績や能力だけで決めるということは、野球のスターティングメンバーを決めるのと同じです。会社で言えば、この事業におけるこの部門のこの部署において、一番勝てる布陣で戦う。やってみて結果が出なければ、リーダーや力を発揮できなかったメンバーは交代して、新しい布陣でまた戦う。交代させられた人は、2軍から再起をめざすというイメージです。

おそらくスタートアップのような若くて新しい会社では、現実にそういうふうに動いている。これまでのいろいろなものを引きずっている大企業の場合、多くのハードルがあることは容易に想像できますが、だからこそ実現した時の効果は絶大だと思います。

これを実施するためには、評価に膨大なリソースを投入する必要があります。評価コストが増大することは間違いありませんが、このコスト増が1だとすると、得られるものは100ぐらいあるはずです。逆に言うとその1のコスト削減のために、今100ぐらいのものを失っている。年齢のない組織で評価をするリーダーは、仕事の大半が評価と育成になるはずです。

よく労働の流動性が高い短期雇用の外資は実力主義だから評価が厳しくて、日本は長期雇用だから評価が甘いと言う人がいますが、これは論理的にも現実的にも逆です。短期雇用の外資系金融機関のような組織の方が、むしろ評価は甘くなる。なぜかと言えば、「この人は駄目だ」と判断したら辞めてもらえばいいわけで、その人についての長期視点の綜合的な評価は必要ないからです。実際に外資系の金融は、評価が荒い企業が多いです。「目標達成した?なら給料倍ね」、「また達成した?ではまた倍ね」、ときて、「給料が高過ぎるから辞めてもらいます」、少し極端かもしれませんがすぐに解雇できるということは、評価コストの削減につながります。一方で長期雇用の場合は、そう簡単に辞めさせることができません。その分しっかりと評価する必要があります。

もう30年以上も前の話ですが、あるグローバル企業では、採用した人間が成果を出せなかった時には、採用決定者を呼び出して採用理由や現状分析のヒアリングを行っていました。そこでその人がなぜパフォーマンスを発揮できないのかを議論し、仕事がマッチしていないのか、基盤となる必要なスキルが足りないのか、その原因を特定する。仕事が合っていないという結論になれば、採用決定者が責任を持ってマッチする仕事を探す。スキルが問題である場合には、必要なトレーニングや研修を受ける予算を用意した上で、採用決定者が責任を持って習得させる。リソースもかけるし、採用した人間の責任も問うことで評価が真剣勝負になるという、いい事例だと思います。それだけ評価が大切だということです。

これから少子高齢化の中で人手不足が続くことは、もうはっきりしています。そんな時代に、「高齢でも働ける環境にしましょう」とか「高齢者を積極的に採用しましょう」なんて言っていること自体年齢にとらわれているし、年齢へのすり替えが起きている。「年齢無用論」の目的は、この年齢すり替えの根絶にあります。

年齢のすり替えで評価能力を失ってしまうと、即戦力となる高齢者を採用することもできないし、優秀な高齢者を生かす仕事をアサインすることもできません。これはあまりにもったいない話です。労働市場の流動性をポジティブに機能させるためにも、僕は「年齢無用論」を提案します。

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画像: 年齢無用論―その5
年齢というものさしを捨てる

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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