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一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)楠木建氏
日本が世界で最初に直面する社会課題と言われている、少子高齢化による人手不足。その解決策として生成AIなどのデジタル・テクノロジーが注目される中、楠木教授から全く異なるひとつのアプローチが提案された。それは、「年齢無用論」。高度成長期の日本社会に一石を投じたソニー株式会社(以下ソニー)創業者盛田昭夫氏の著書「学歴無用論」にインスパイアされたこのアイデアが、今月のテーマだ。その1では、まず「学歴無用論」の背景にあるソニーを知るために、盛田氏と両輪の関係にあった井深大(いぶかまさる)氏の考察からスタートする。

※ 本記事は、2025年3月31日時点で書かれた内容となっています。

今月は、最近僕が考えている「年齢無用論」についてお話したいと思います。「年齢無用論」には手本があります。1966年の高度成長期真っただ中にソニーの盛田昭夫さんが書かれた「学歴無用論」です。ミッド昭和の時代、学歴が良い会社に入るためのパスポートだと信じられていた頃に、この本は大きなインパクトをもたらしました。

盛田さんは、なぜ「学歴無用論」を世に問うたのか。それを理解するためには、ソニーという会社の成り立ちを知る必要があります。1946年の終戦直後に町工場からスタートして、日本を代表する世界的な企業になった代表がホンダとソニーでした。ホンダは、技術を追求する本田宗一郎と商売に徹する藤沢武夫が両輪となって、世界的なメーカーへの道を突き進みましたが、ソニーにもこの名コンビと双璧をなす二人がいました。井深大という先駆的な技術者と、盛田昭夫という天才的な商売人です。

後にソニーの社長になる大賀典雄さんが当時を回想していますが、井深さんと盛田さんはひとつの部屋で机をハの字に向かい合わせて仕事をしていたそうです。どちらかが電話をかければ、その電話の内容は全部聞こえてしまうような空間だった。井深さんは盛田さんより13歳年上ですが、端から見ても不思議なくらいに気が合って、仲が良かったそうです。社長と副社長が同じ部屋で常に即断即決でやっている。それは簡素にして最高に合理的な司令室だったと、大賀さんは言っています。

井深さんの考えは実にはっきりしていました。人がやっていることには手を出さず、人のやらないことだけに集中する――それがソニーのポリシーでした。創業時にわりと大きな市場を形成していたのは真空管ラジオです。ソニーにとっても真空管ラジオを作ることが稼ぐ近道でしたが、それは他の会社がやっているので手を出さない。最初にソニーの成長を支えたのは、1951年に発売されたテープレコーダーでした。

テープレコーダーは裁判所や学校といったB to B事業として成功し、経営はひとまず安定します。井深さんが次に狙いを定めたのが、当時発売されたばかりのトランジスタです。トランジスタは戦後すぐの1947年にアメリカで誕生した技術で、これを最初に応用した製品として大きな市場を獲得したのが、1957年に発売されたソニーのトランジスタラジオでした。

真空管をトランジスタにしたことで、性能が良く安定している上にグッとコンパクトになった。ソニーの世界最小のスピーカー付きラジオは、大成功して「世界のソニー」への飛躍の起点になりました。この時に井深さんは、一般の消費者が使う市販製品で勝負することを決意します。つまり、テープレコーダーのようなB to Bの製品はもう作らない。

なぜか。それまでソニーは業務用製品がメインでした。例えば役所に納めるとなると、そこには役所固有の仕様書があってその通りに作らなければならない。いくらいい発想をしても、勝手に改良するわけにいきません。しかしいいものを作るには、どんどん改良を加えていく必要がある。仕様書に縛られていたのではいいものは作れない。したがって、「これからはコンシューマープロダクツでいく」というのが井深さんの決断でした。

最大のポイントは、トランジスタという生まれたばかりの技術、これをいったい何に使えばいいのかよく分かっていない状況で、井深さんはいきなりラジオを作るという意思決定をしたことです。誰もトランジスタで民生用の製品を作るとは思っていなかった当時、アメリカからその技術ライセンスを取得しています。その頃の話は、ソニー中央研究所の元所長である菊池誠さんがお書きになった「日本の半導体四〇年」という書籍に詳しく書かれています。

1953年に井深さんはニューヨークに行き、トランジスタの基本特許を持っているウエスタンエレクトリック社を訪問し、重役たちの朝食会に招かれたその場で「トランジスタでラジオを作ろうと思っている」という話をします。そこにいた人々は一斉に笑ったそうです。トランジスタは当時の最先端技術で、まだ分かってないことが多い。性能も不安定だった。それなのに民生用の低価格のラジオを作るなんてどうかしている。やめたほうがいいと何度も忠告されますが、井深さんの意志は変わりませんでした。

この強固な意志がなければ、敗戦国の無名の会社が世界を席巻する製品を生み出すことはなかった。アメリカでは最高の技術や最新の技術は、まず軍事用に使ってその次は業務用、一般向けの商品はそれからだという思い込みがあったからこそ、ソニーの独自性が際立ったわけです。

井深さんはそういう信念を持った技術者でしたが、当然それだけでは経営は回りません。
本田宗一郎さんが藤沢武夫さんを必要としたように、ソニーの商売の最前線で井深さんと共に戦っていたのが盛田昭夫さんです。次回はこの盛田さんにスポットを当てます。

第2回は、6月9日公開予定です。

画像: 年齢無用論―その1
先駆者、井深大

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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