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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
出版から15年、今なお読み継がれるロングセラー『ストーリーとしての競争戦略』の最高のモデルとして楠木教授が絶賛する企業、アイリスオーヤマ株式会社(以下アイリス)。時代環境に左右されず、レッドオーシャンでも長期利益を上げ続けるその芸術的な経営戦略を、深くわかりやすく解説していただく。その4は、非合理な仕組みを競争優位に変える、アイリスのストーリーについて。

「第1回:日本発の競争戦略の傑作」はこちら>
「第2回:ユーザーイン」はこちら>
「第3回:メーカーベンダー」はこちら>
「第4回:非合理を合理に変えるストーリー」

※ 本記事は、2025年1月23日時点で書かれた内容となっています。

アイリスの戦略の最上位には、「ユーザーイン」という独自のコンセプトがあります。そして「ユーザーイン」を行うためには、ベンダー機能を自社で持つ必要があるために「メーカーベンダー」になる。「メーカーベンダー」として商売をすることによって、より強力な「ユーザーイン」が実現する。この論理がアイリスの戦略ストーリーの主軸になっています。

アイリスは数多くのユニークな仕組みでも有名な会社で、大山さんの著書にも例があげられていますし、多くのメディアでも取り上げられています。しかしアイリスのさまざまな仕組みは、「ユーザーイン」と「メーカーベンダー」、この間にある因果関係の論理から全て派生しています。裏を返せば、個別の仕組みだけに注目していては、アイリスの強みの正体は分からない。個別の仕組みを模倣していても、アイリスと同じような競争力は手に入らないということです。

例えばアイリスの有名な仕組みとして、“プレゼン会議”があります。毎週月曜日に「ユーザーイン」のアイデアを持っている人が、こういう商品でこういうニーズに答えたいという提案をして、社長が即断即決でやるかやらないかを決めていく。これを毎週回すことで、2万5,000点以上(2025年1月時点)もの商品を世に送り出していて、これが「ユーザーイン」の原動力であることは間違いありません。同じような仕組みを取り入れている企業もあるとは思いますが、おそらくアイリスのような成功にはつながっていないと思います。なぜなら“プレゼン会議”というのは、「ユーザーイン」と「メーカーベンダー」という戦略ストーリーの中ではじめて機能するものだからです。

経常利益の50%を毎年将来への投資に回す。発売3年以内の新製品の売上高比率を50%以上に持っていくといったKPI設定もよく知られています。これがアイリスにとって重要であることは間違いないのですが、それも「ユーザーイン」と「メーカーベンダー」という文脈に置いてみないと意味がない。KPIだけを真似しても、期待する成果が出ないどころかかえってパフォーマンスが低下する恐れがあります。

アイリスの戦略ストーリーを構成している打ち手や仕組みというのは、非合理なものが数多く含まれています。そこが『ストーリーとしての競争戦略』という観点から、一番興味をそそられるところです。

従来の競争戦略論は、模倣障壁という論理に基づいていました。競争優位を持続している企業には、いくつかの障壁があって真似しきれないので、他社が追随できないという論理です。一方で「ストーリーとしての競争戦略」は、競争優位を持続している企業には、他社が模倣することのできない非合理な要素が含まれているという論理です。あからさまに非合理なことに、他社は手を出しません。真似できないのではなく、合理的な判断によって模倣を回避するために、独自性を維持することができる。ここが「ストーリーとしての競争戦略」の核心で、僕は競争優位の持続性という点では模倣障壁よりも強力だと思っています。

その視点からアイリスを見てみますと、最近ではコロナ騒動でマスク不足になった時、即座にマスクを増産して売り上げを伸ばしました。それ以前にも、2011年の東日本大震災の時、震災発生の2週間後にLED照明の大規模な増産に踏み切り、これをきっかけにLED照明市場で支配的な地位を獲得しました。なぜそんなことができたのかというと、元々アイリスはあらゆる設備の稼働率を意図的に70%以下に抑えているからです。つまり、わざと生産能力に余裕を持たせている。

普通の企業であれば稼働率は100%をめざすわけですが、それを意図的に低くするということは明らかに非合理です。しかもアイリスは、全て部品から内製しています。本来は市販の標準部品を使う方が、コストの点でもスピードの点でも有利に思えます。新しい商品を次々に投入するためには、むしろ自社工場を持たずに生産を全部外注するファブレスメーカーの方が合理的で、アイリスは自ら非合理な方法をとっていることになります。

「メーカーベンダー」にしても、よく考えてみるとそれ自体に非合理な面が多々あります。もしベンダーをやらずにメーカーに徹して問屋相手に商売をするのであれば、大きなロットやケース単位で出荷できます。ところがホームセンターに直接出荷する「メーカーベンダー」になると、商品は1個単位の発注形態になるので、オペレーションが煩雑になりコストがかかります。また、「メーカーベンダー」である以上お客さまには必要な商品を迅速に供給しなければならないので、工場を全国9カ所に分散させて物流拠点にしています。これも生産効率だけで考えれば、全く非合理です。

今紹介したように、これほど面倒で非効率で非合理に見えることをやろうという企業は、まず出てこない。もしやろうとしても、株主が黙っていないはずです(だからアイリスは非上場)。ところが「ユーザーイン」と「メーカーベンダー」という補助線を引いてみると、一見して非合理な打ち手や仕組みがストーリー全体の中で合理性に転化している。アイリスの戦略ストーリーからすれば自然で合理的な仕組みが、競合他社の目にはどうしようもなく非合理に映るので、真似されることなく他社との違いが持続するという成り行きです。僕はこれこそ究極の競争優位であり、戦略ストーリーの完成形だと思っています。

戦略の良し悪しというのは、ワンショットの静止画では分からない。さまざまな打ち手や仕組みが明確な因果関係でつながった時に、動画ストーリーとして見えてくるものなのです。

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画像: 戦略芸術 ~アイリスオーヤマ~ ―その4
非合理を合理に変えるストーリー

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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