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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
出版から15年、今なお読み継がれるロングセラー『ストーリーとしての競争戦略』の最高のモデルとして楠木教授が絶賛する企業、アイリスオーヤマ株式会社(以下アイリス)。時代環境に左右されず、レッドオーシャンでも長期利益を上げ続けるその芸術的な経営戦略を、4回に渡って深くわかりやすく解説していただく。その1は、「ベターではなくディファレント」なアイリスの独自性について。

「第1回:日本発の競争戦略の傑作」
「第2回:ユーザーイン」はこちら>
「第3回:メーカーベンダー」はこちら>
「第4回:非合理を合理に変えるストーリー」

※ 本記事は、2025年1月23日時点で書かれた内容となっています。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。ある会社はなぜ儲かって、ある会社はなぜ儲からないのかを考える。もう少し堅く言うと「企業が持続的な競争優位を構築する論理を考える」ということになります。研究対象としていろいろな企業の戦略を観察するということを30年以上続けていると、まれに芸術と呼びたくなるようなしびれる戦略との出合いがある。アイリスはその1つで、僕は日本発の競争戦略の傑作だと思っています。

アイリスの創業者で現在は会長である大山健太郎さんが、2020年に『いかなる時代環境でも利益を出す仕組み』という本を出されています。この「いかなる時代環境でも利益を出す」ということが、まず注目すべきポイントです。これまで何度も言ってきましたが、経営者が追求すべき最大の目標は、長期利益です。なぜなら顧客に対する価値の提供、従業員に対する労働分配、株主への配当、そして社会貢献に至る全てが長期利益から派生していくからです。企業が法人所得税を支払うことは社会貢献の本丸であり、バンバン稼いでバンバン納税、社会的な目的のために使える富を創出する。ここに企業の大切な役割があります。

長期利益を実現するためには、「いかなる時代環境でも」ということが問われることになります。環境の追い風に依存せず、逆風が吹いた時でもばたばたしない。優れた経営者の条件です。円高とか円安とか、トランプ政権になって不透明だとか、常に環境には変化があるわけですが、それで大きく揺さぶられるようでは本当の経営とは言えない。逆に言えば、環境が変化していくからこそ経営者の仕事が重要になるわけで、「どっからでも来い」、それが経営者のあるべき構えでしょう。

例えばコロナ禍によって、人々の生活様式が大きく変わらざるを得ない環境変化が起きました。僕が以前社外取締役をしていたスカイマークのような航空産業にとっては、ものすごい逆風となって襲いかかりました。一方で、Zoomのようなオンラインのコミュニケーションサービス事業や、NETFLIXのようなコンテンツ事業には絶好の追い風となるなど、その影響はさまざまでした。

当時アイリスが事業領域としている園芸用品や収納家具、調理器具や家電などは、家にいる時間が長くなったことで追い風が吹き、Eコマースの売り上げは倍増しました。これは表面的には巣ごもり需要の追い風で売り上げが伸びたように見えますが、僕はそれがアイリスの本質ではないと思います。それ以前からずっと磨きをかけてきたアイリスの戦略に、追い風をとらえる力があったということが重要なのです。

例えば急激な円安で利益が増大した企業は、単に追い風に乗っているだけですから、風が止まれば元の状態に逆戻りします。これでは、長期利益は期待できません。アイリスという企業は、今も昔も広い意味での生活用品が主戦場です。収納家具にしても家電にしても、最近力を入れているお米のような食品にしても、一見して市場は成熟しています。競争が厳しい業界ばかりで、儲からない要因が揃いまくっているわけです。そこでアイリスが一貫して高い利益を上げているということは、追い風だけでは到底説明できません。

僕は、その理由がアイリスの戦略にあると考えています。独自の戦略ポジションを取ることで、競争相手との違いを作っている。競争戦略においては、違いにも違いがあります。例えば“程度”の違いです。われわれの方が品質がいいとか、スピードが速いとか、商品のバリエーションが多いとか、そういう“程度”の違いがあります。しかし“程度”の違いだけでは、戦略にはなり得ません。なぜなら“程度”で一時的に違いを作ることができても、すぐに競争というイタチごっこになるためにその違いの賞味期限は短く、長期利益にならないからです。

つまり長期的な違いを作るには「ベター」では不十分であり、「ディファレント」という独自の価値を提供することが必要なのです。これが競争戦略というものであり、アイリスはずっと変わらず明確なディファレントを作っています。追い風を受ける時に強いし、逆風に直面しても堅牢さを発揮するという、まさにいかなる環境でも利益を出す違いになっている。その独自性とは何か、次回お話ししたいと思います。(第2回へつづく

「第2回:ユーザーイン」はこちら>

画像: 戦略芸術 ~アイリスオーヤマ~ ―その1
日本発の競争戦略の傑作

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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