※ 本記事は、2024年11月1日時点で書かれた内容となっています。
考えることが大好物
――今回『楠木建の頭の中』というタイトルで2冊の書籍を同時に発刊されました。その背景を教えてください。
楠木
今回の本は、これまでさまざまなところで書いてきたものをまとめた内容になっています。2冊にしたのは、単に書いたものの量が多いからです。出版社にとっては迷惑な話で、特に最近は長尺ものは嫌われるのですが、日本経済新聞出版はその辺寛容で、分冊形式での出版を引き受けてくれました。
2冊とも『楠木建の頭の中』というタイトルで、副題がそれぞれに付けられています。『戦略と経営についての論考』は、僕が本業の競争戦略論でテーマにしてきた、なぜ競争の中である企業は長期利益を出し続けることができるのか、その背後にある論理は何かという大きな問いを前にして、新聞や雑誌、オンラインメディアなどあちこちで書いてきた論考をまとめています。
もう1冊の方は、『仕事と生活についての雑記』という副題になっています。僕の書くものは大きく3つに分かれていまして、1つ目が『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』にあるような競争戦略論やそこから派生する経営論、経営者論です。2つ目は副業でやっている書評です。これは2023年12月に日本経済新聞出版から『経営読書記録』というタイトルで、やはり分量が多いために「表」と「裏」の2冊にして出してもらいました。3つ目は「その他」です。競争戦略や書評以外のテーマで書いた文章をまとめたものが『仕事と生活についての雑記』です。
――これまで書かれたものをまとめると2冊になってしまうという、楠木教授の過剰とも思える制作意欲やエネルギーの源泉は何なのでしょう。
楠木
以前もここでお話ししたかもしれませんが、僕が一番好きなことは考えることです。考えるというのは言語化するということです。言語化した上で自分なりの論理を組み立てていくのがとにかく大好物。本業ではいつもそういうことをやっていますが、仕事や生活といった日常のことについても、言語化して論理化するのが好きなんです。
自分の仕事や生活の根本にある価値基準がどうなっているのかを考えたり、どういう原理原則で世の中と折り合いをつけていけばいいのかを考える。それを言語化して、自分なりの基準や原理原則を生活の中でじっくりと固めていく。これが大げさに言えば僕にとっての生きる喜びであり、生活の醍醐味です。
ですから、「その他」の分野でも僕は始終何かしら書いてます。どんどん書きたまっていく。今は幸いにして、時々書かせてくれるメディアがあるので、掲載された原稿もたまっていく。この機会にそれを『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』という本にまとめたということです。
アウトプットの鬼
――なぜ『楠木建の頭の中』というタイトルにされたのですか。
楠木
その本の内容をもっとも簡潔に示している、これが良いタイトルの条件だというのが僕の考えです。これは何について書かれた本ですかと聞かれた時に、タイトルを言えば内容が伝わる。僕の本でいえば、例えば『絶対悲観主義』(講談社+α新書)がそうです。今回は経営から生活まで幅広い題材について僕が考えたことをまとめた本なので、ストレートに『楠木建の頭の中』としました。これは僕が個人的にやっている有料ブログのタイトルと同じです。ブログに書いた、一般には未発表の文章も数多く収録されていますが、ブログの記事をそのまま書籍化したということではありません。あくまでこのタイトルが今回の本の内容に合っていたということです。
――有料ブログの方も、内容の多様性や深さ、何よりその量と質に毎日驚かされます。
楠木
月曜日から金曜日まで平日は毎日更新してもう6年目になります。こちらは僕が読んだ本の感想であったり、その時々の時事的な問題についての自分の考えを発信しています。誰かに頼まれなくても僕はいつも考えては書いているので、毎月500円払って読んでくれる方がいるというのは本当にありがたいと思って続けています。
――楠木先生は一日の中で一体いつ考え、いつ書いているのですか。
楠木
僕の場合、そもそも他にやりたいことややるべきことがあまりないんです。特に時間を取ってやるということではなく、のべつ考えては書いている。
――例えば外出している時には、スマホで書かれたりするのですか。あるいはメモを取るとか。
楠木
いろいろです。書評であれば、読んでいる時に思い付いたことを本に直接書き込んでおきます。あるいは仕事先で思いついたことは、ちょっと手帳にメモして、自宅の仕事場のパソコンでそれについて書くこともあります。言語化はパソコンがなくてもできます。地下鉄に乗っている間に思いついたことがあったら、頭の中で言語化して論理を考える。ひどい時には会議中に、人の話を聞いている風を装いながら、頭の中で論理を展開させている時もある。スマホがなくても全然退屈しません。
楠木教授の読者像
――『楠木建の頭の中』は、どんな人に読んでもらいたいですか。
楠木
『戦略と経営についての論考』は僕の本業のターゲットと同じです。広い意味での経営者、商売を丸ごと回している読者を想定して書いています。
『仕事と生活についての雑記』は、考えて生活をすることが好きな人に読んでもらいたい本です。さまざまなことについて書き散らかした雑記なのですが、そこには自分なりの価値基準が通底しています。読んだ方が、自分の生活や仕事についての価値基準について改めて考えてみるきっかけにしてもらえたらうれしいです。そういう意味で、ギラギラと生き急いでいる人よりも、スローに生きている人向きの本だと思います。
楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。