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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今回は、株式会社ワークマン(以下ワークマン)をロールモデルに、徹頭徹尾理にかなった経営戦略を具体的に解説していく。その2では、ワークマンの商品開発を読み解く。

「第1回:長期利益という問い」はこちら>
「第2回:断トツ商品」
「第3回:無理をせずに売り続ける」はこちら>
「第4回:競争戦略の神髄」はこちら>

※ 本記事は、2024年10月1日時点で書かれた内容となっています。

人が企業について見たり考えたりする時、つい商品や業績に目が行きがちです。しかしそれは、表層にすぎません。僕は、その裏側にある戦略に注目して欲しいと思っています。競争がある中で長期利益が実現できる、それはすぐれた戦略が存在するからです。商品や業績に目を向けるだけでなく、背後にある戦略を理解した方が社会を知る時の思考としてはるかに有用です。ワークマンには、戦略芸術と呼ぶにふさわしい見事な戦略ストーリーが存在します。

ワークマンは作業着や作業靴、軍手や足袋など現場のプロ用商品を主力に事業を展開してきた企業です。商品が非常に高機能かつ低価格であることから、プロ顧客だけでなくアウトドアやスポーツなど一般ユーザーの市場でも売り上げを伸ばしています。ワークマンの競争力はコストパフォーマンスにすぐれた商品にあり、高機能・低価格で成功していることは誰が見ても明らかです。問題は、その成功を競合他社が分析・研究しているにもかかわらず、なぜ追随できないか。この問いに答えるためには、ワークマンの戦略を理解する必要があります。

まずは商品開発の面からワークマンの戦略を考察してみます。ワークマンのメインターゲットであるプロ顧客の購入基準は、機能と価格です。つまりプロ用アパレルには、流行の売れ筋を追うようなファッション性は必要ない。ワークマンでは売り上げの半分以上が自主企画商品、プライベートブランドです。「機能と価格に新基準」という経営理念にあるように、ワークマンは1年で追い付かれるような中途半端なものではない断トツ商品の開発に集中します。商品構成を断トツ商品に絞ることで、大量生産による原価低減が可能になるわけです。

しかし大量生産だけであれば、競合他社も真似することができるはずです。ワークマンの競争優位の鍵は、規模よりも時間軸にあります。ワークマンのプライベートブランドは、平均で5年、ものによっては10年以上の長期継続販売を前提としています。アパレル業の宿命である「コストと品質のトレードオフ」を、ワークマンはこの長い時間軸によって乗り越えることができた。ここにワークマンの芸術的な戦略のひとつの柱があると思います。

毎年の流行を追いかけるファストファッションはもちろん、ベーシックなカジュアルウエアでも、アパレル業はそのシーズンでの売り切りが大前提です。これに対してワークマンは、10年もの長期継続販売を前提にして生産や在庫のオペレーションを組み立てています。今年売れなかった商品は、翌年に持ち越すことができる。ここに、競合他社が追随できないワークマンの独自性があります。

ワークマンのプライベートブランドの発売初年度は、言わば実験です。初年度に少量でテスト販売をし、需要の量と質を見極めた上で2年目から本格生産に入る。これにより、非常に精度の高い需要予測のもとで大量生産に移行することができます。こうした複数年にわたる市場導入は、シーズンを越えた長期継続販売が前提でなければ実現できません。

ターゲットのプロ顧客にとってワークマンの商品は、商売道具です。例えば作業靴や地下足袋は、作業の安全性や使用感などに強いこだわりがありますから、自分が慣れ親しんだ同じものを何度も買い替えて使い続けます。もし毎シーズン新商品が出て仕様が変わってしまうと、彼らは仕事に支障をきたすことになります。ワークマンなら、いつもの高機能・低価格商品を、迷うことなく購入できる。長期継続販売というのは、コスト効率に優れているだけでなく、顧客のニーズにも合致しているのです。

このように、ワークマンの戦略を掘り下げてみると、1つひとつがきちんとした論理でつながっていて、長期利益を可能にするストーリーになっていることが分かります。(第3回へつづく

「第3回:無理をせずに売り続ける」はこちら>

「楠木建著『楠木建の頭の中』発刊記念インタビュー :ライフワークは考えること」はこちら>

画像: 戦略芸術~ワークマン~―その2
断トツ商品

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

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楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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