「第1回:長期利益という問い」
「第2回:断トツ商品」はこちら>
「第3回:無理をせずに売り続ける」はこちら>
「第4回:競争戦略の神髄」はこちら>
※ 本記事は、2024年10月1日時点で書かれた内容となっています。
この11月に『楠木建の頭の中』というタイトルで本を出すことになりました。本記事が出る頃には、書店に並べられているはずです。これは、僕がこれまでさまざまなメディアに書いてきた原稿をまとめたものなのですが、あまりにも量が多いので2冊に分けることにしました。1冊目は「仕事と生活についての雑記」という副題で、このEFOビジネスレビューに書いたものやオンラインサロンで書いたもの、スカイマークの機内誌での連載などから選んだものがまとめられています。
もう1冊は、副題が「戦略と経営についての論考」となっていまして、自分の本業の方でこれまで書いたものをまとめていて、こちらにもEFOビジネスレビューでの対談や記事が載っています。これを作るために、改めて自分の思考や論理を振り返って思ったことは、僕の経営に関する問いはもう何十年も変わっていない。それは、ひとことで言うと「なぜ儲け続けることができるのか」。つまり何が長期利益を可能にするのか、というひとつの問いです。
ミクロ経済学では、基本的な概念として「完全競争市場では余剰利潤はゼロになる」と教わります。完全競争市場とは、多数の売り手と買い手が存在し、市場で取引される財はすべて同質で、市場への参入や退出は自由、価格や品質に関する情報に全く差がないという状態です。もしこの理想の状態が作れた時には、余剰利潤はゼロになります。つまり、誰も儲からない。
儲かるというのは、経済学的に言えば、どこかに非効率が残っていることになります。経済学的な思考でいくと、完全競争が阻害されてひとつの組織が大きく儲けている独占市場というのは、社会的な効率を妨げていることにほかなりません。だから独占禁止法のような法律が作られるのです。
もし経済合理性が社会の効率を上げていくのであれば、余剰利潤は減少するので儲かる方が不自然です。企業は利益を追求すると経営者は当たり前のように口にしますが、経済学的に見ればそれはむしろ不思議なことなのです。しかも競争がある中で、一時的に儲けるのではなく長期利益を獲得するということは、効率化した社会では非常に困難なはずです。
今の技術進歩というのは、常に社会の効率を良くする方向に動いています。例えばインターネットは、情報の流通コストを飛躍的に削減しましたから、売り手と買い手の間の情報の非対称性は以前よりはるかに小さくなっています。競争相手の行動やパフォーマンスについての情報も、すぐに手に入るようになりました。
また、コンサルティング会社にお金を払えば、最新のベストプラクティスだって詳しく教えてもらえます。情報技術が経営に活用されるようになると、独自の経営の方法までがシステムに組み込まれていくので、門外不出だった経営のノウハウも企業を超えて移転が可能です。
このように以前と比べると、現在の競争は経済学の完全競争市場に近づいています。にもかかわらず、なぜ儲け続けられる企業が存在するのか。長期的な利益を出している企業の背景にある論理とは何なのか。僕の関心は、ずっとここにあります。これまでいろいろと考えたり書いたりしてきたことは、いずれもこの大きな問題に対する僕なりの答えです。
本の中でもすぐれた戦略を紹介しています。その中から芸術作品のように良くできている戦略ストーリーの手本として、今回はワークマンを取り上げたいと思います。ワークマンが戦略芸術である所以を、次回から解説していきます。(第2回へつづく)
「楠木建著『楠木建の頭の中』発刊記念インタビュー :ライフワークは考えること」はこちら>
楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。