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株式会社 日立製作所 執行役常務 細矢良智/テニスプレーヤー 伊達公子氏
2017年の引退まで、世界に挑み続けたテニスプレーヤー伊達公子氏。2024年4月、日立製作所クラウドサービスプラットフォームビジネスユニットCEOに就任した細矢良智。対談の第3回は、日立製作所の転機となった2008年度を振り返る。

「第1回:テニスのない人生はない」はこちら>
「第2回:伊達公子のテニスジャーニー」はこちら>
「第3回:2008年度、日立の転機」
「第4回:世界に挑む人財の条件」はこちら>
「第5回:フェイルファスト」はこちら>

日立製作所の転機

細矢
伊達さんがセカンドキャリアをスタートさせた2008年というのは、日立にとって大きな転機となった年でもあります。

伊達
私が覚えているのは、リーマンショックがあった年だということですが…

細矢
日立製作所も世界的な金融危機の影響で、2009年3月期に7,873億円という当時の日本の製造業における最大の赤字を計上し、グループ会社を含めると約30万人以上の社員を擁する企業が、倒産するかもしれないという危機に直面しました。当時の経営陣は、日立を再生させるために大きく2つのことを実行しました。1つは、赤字事業からの撤退です。それまでの日立はコングロマリット(複合企業)として、一部の部門の落ち込みは他の部門がカバーすることでバランスをとってきましたが、2008年度をきっかけに事業を絞りこみました。

それともう1つは社会イノベーション事業への集中です。日立の強みは、鉄道やエネルギーなど社会インフラで培ったOT(制御技術)と、高度なITを両方持ち合わせているということなので、これをかけ合わせて社会やお客さまの課題を解決する企業になる。これからの日立全体の目標を、社会イノベーション事業にフォーカスしました。

画像: 日立製作所の転機

この2つを軸にした構造改革をスピード感を持って実施したことで、2年後にはV字回復することができました。選択と集中でトランスフォームした日立は、鉄道事業やエネルギー事業ではヨーロッパの企業を買収し、私たち情報部門でもデジタルエンジニアリングに強い米国の企業を買収するなど、集中する分野では一気にグローバルに舵を切りました。国内の自前主義の企業から、世界という舞台にチャレンジする企業に変わるきっかけになったのが、2008年から2009年でした。

伊達
全体を選択と集中で絞りこみ、集中した事業ではグローバル展開していくというお話でしたが、選択と集中というのは何を基軸に決めたのですか。

細矢
それはひとことで言いますと“デジタル”ということです。これからの社会課題、ビジネス課題の解決というのは、デジタルの力なくしては実現しませんので、デジタルに近い分野には集中して、遠い分野は切り離すという選択を行いました。

伊達
先ほどOTとITをかけ合わせるというお話がありましたが、もう少し具体的に教えていただけませんか。

細矢
例えば鉄道というのは、安心・安全で正確な運行ということが何より重要です。そのために車両にさまざまなセンサーを取り付けて、日々のデータを蓄積していきます。車両の加速の頻度やブレーキの回数、速度や振動そして架線といった車両周囲の映像データなど蓄積したOTのデータをITで分析することで、トラブルの起きやすい箇所や部品などが特定できるようになります。故障しそうな箇所を把握することができれば、メンテナンスの時に事前に部品交換を行うなど、運行に影響が出ないよう安心・安全な支援をすることができます。

また、室内の混雑している場所と空いている場所の温度をセンシングしてデータ分析することで、場所ごとの混雑状況に応じたエアコンの自動室温調整が可能になり、室内の快適性とエネルギーの節約を同時に実現することもできます。これがOTとITをかけ合わせるということで、デジタルを駆使するとこういった課題解決で社会に貢献できるようになります。

伊達
分かりやすく説明していただいて、ありがとうございます。

テニスにおけるデータの価値

細矢
デジタルによる変化という意味では、最近の競技スポーツにおいてもデータの価値が高くなっていると思います。対戦相手の傾向をデータ分析して戦略を立て、全員で共有してゲームにのぞむ。これが勝利の重要な要素になっていて、デジタルがスポーツにも影響をおよぼしていると感じるのですが、今のテニスはどうなのでしょう。

画像: テニスにおけるデータの価値

伊達
私のファーストキャリアの90年代の時でも、パソコンを開いて何かを分析している人はいましたが、ごく少数でした。今の時代はリアルタイムで分析やシミュレーションができてしまいます。例えばノバク・ジョコビッチ選手は、分析の専門家を自分のチームに加えていて、対戦相手のサーブやリターンのコースといった具体的なものはもちろん、自分の勝ちパターンや負けパターンといったより高度な分析などもされているそうです。

テニスの場合はメンタルの要素が大きいスポーツなので、分析が進んでもデータが全てということにはなりませんが、それを頭の中に入れて試合の流れや相手のプレーを先読みする。それが今の時代のテニスなのかな、ということは思います。

細矢
今のテニスでは、データ分析するのはコースへの配球やミスの傾向といったあたりをよくテレビでも見ますね。

伊達
そうです。どういうシチュエーションの時にどこへ打つ傾向があるかとか、今までは経験や勘でやっていたことを、数値化することで見えてくることは確かにあります。ただしプレーヤーは人間なので、それをうまく活用したい積極派がいれば、一切やりたくないという消極派もいるとは思います。

細矢
実際の試合では、前半はわざと同じ方向に打っておくとか、ここ一番への布石として隠しておくショットであるとか、さまざまな駆け引きが目まぐるしく行われていて、データだけではわからないことも多いですからね。

伊達
そうですね。テニスは相手の打ちにくいところを狙うわけですから、嫌がらせを競うゲームという面もあります。でも、だからこそその駆け引きが楽しい。

細矢
おっしゃる通りです。

伊達
チェンジコートの時に、とにかく息を殺してすれ違うとか、わざと疲れているふりをするとか、けがをしていることを隠したり、もう試合の前日から駆け引きははじまっていますから。

デジタル社会のこれから

伊達
デジタルによって、これからの私たちの生活や社会はどんな進化を遂げていくのでしょう。

細矢
おそらく伊達さんが90年代に世界へ行かれた時に苦労されたこと、言葉の問題であったり栄養管理であったりといったことは、AIがサポートしてくれると思います。

伊達
でもあまり便利になり過ぎると、人間はどうなってしまうのでしょうか。

細矢
AIはサポートをしてくれるだけで、最終的な判断は人間がすることに変わりはありません。面倒な手続きやデータ分析などはAIやデジタルがサポートしてくれますから、人間は自分の取り組みに集中できるクリエイティブな環境ができてくると思います。(第4回へつづく

「第4回:世界に挑む人財の条件」はこちら>

画像1: 世界を驚かす次世代の育成
【第3回】 2008年度、日立の転機

伊達 公子(Kimiko Date)
1970年9月28日、京都府生まれ。6歳からテニスを始める。兵庫県の園田学園高校3年時のインターハイでシングルス・ダブルス・団体の3冠を達成。1989年、高校卒業と同時にプロテニスプレーヤーに転向した。1990年、全豪でグランドスラム初のベスト16入り。1993年には全米オープンベスト8に進出。1994年のNSWオープン(シドニー)では海外ツアー初優勝後、日本人選手として初めてWTAランキングトップ10入り(9位)を果たす。1996年11月、WTAランキング8位のまま引退した。2008年4月プロテニスプレーヤーとして「新たなる挑戦」を宣言し、37歳で11年半ぶりの現役に復帰。2017年9月12日のジャパンウイメンズオープンを最後に2度目の引退をした。その後、2018年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学し、1年間の修士課程を修了。テニス解説やジュニア育成、テニスコート&スポーツスタジオのプロデュースなど、多方面で活躍中。

画像2: 世界を驚かす次世代の育成
【第3回】 2008年度、日立の転機

細矢 良智(Yoshinori Hosoya)
1988年4月 日立製作所入社。2013年、情報・通信システム社公共システム事業部公共ソリューション第二本部本部長。2014年10月、情報・通信システム社システムソリューション事業本部公共システム事業部事業主管。2017年、公共社会ビジネスユニット公共システム事業部長。2021年、社会ビジネスユニットCOO。2023年、執行役常務 クラウドサービスプラットフォームビジネスユニットCOO。2024年、執行役常務 クラウドサービスプラットフォームビジネスユニットCEO。

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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