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山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー/岸見 一郎氏 哲学者
昨今の社会問題を例に、その根本的な原因について問う山口氏に、人は「他人からどう思われるか」や「自分のためになるか」で物事を判断しているからだと指摘する岸見氏。間違っていると感じたならば、賛同者が現れることを信じて指摘する勇気を持ってほしいと岸見氏は説く。

「第1回:自由と責任を引き受けるということ」はこちら>
「第2回:人類を信頼して、声を上げる勇気を」
「第3回:孤立はしても孤独ではない」はこちら>
「第4回:私はあなたである」はこちら>
「第5回:人は生きているだけで価値がある」

「成功主義者ほど御し易いものはない」

山口
このところ、カルト宗教の問題や有名企業の不祥事などが相次いでいますが、それらの問題の本質には共通点があると思います。それは法的、あるいは道義的な問題を以前から指摘され、内部の人たちも認識していたにもかかわらず、自浄作用が働かなかったこと、さらに本来であればそうしたことを告発すべきジャーナリズムが一部しか機能せず、何らかの大きな力がなければ物事が動かなかったということです。特に宗教問題ではテロルという本来あってはならない暴力による告発がなされ、あろうことか犯人の意図したとおりの展開になっている。これは信じがたいことですが、先生はこの問題をどうご覧になっていますか。

岸見
世の中が正義を軸に動いているわけではないということですね。最初に引いたソクラテスの言葉のとおり、「評判や名誉」つまり「他人からどう思われるか」ということばかりに意識が向いていて、道義的におかしなことでも隠し通せるならそれが一番いいと判断しているのでしょう。問題を起こした組織の内部には疑問を感じていた人も多かったはずですが、「その中の常識」を覆す勇気を持てなかったのではないかと思います。

告発すれば、組織の中での自分の居場所がなくなってしまいます。多くの人は所属する組織のランクが自分自身の価値を表すと勘違いしていますから、自分の価値を裏づけている組織から追い出されるようなことがあっては困る、ゆえに口をつぐんでいたというのが実際のところではないでしょうか。

山口
自分の居場所を守りたいのであれば、「外から何を言われようと、これが自分たちの論理だ」と押し通してもいいと思うのですが、問題が発覚すると手のひらを返したようになるのも、他人の目だけを気にしているから、ということですね。

岸見
人間というのは常に「何が自分のためになるか」ということを基準に判断しているものです。ギリシア語では「善(agathon)」という言葉は「ためになる」という意味で、道徳的に正しいということではありません。逆に「悪(kakon)」は「ためにならない」という意味ですから、ギリシア語の善悪で言うと、ある人にとって自分の属する組織を守ることは、たとえ組織が法を犯していたとしても「善=自分のためになる」のです。だから、世の中でおかしいという声が高まり、組織を守ることが自分のためにならないと思えば、簡単に善悪は逆転します。

山口
つまり「自然法」のような、個別の組織の論理を超越した普遍的な規範ではなく、状況に応じて変化する基準によって振る舞いを決めているわけですね。そう考えると、日本人は赤信号を律義に守り、街にゴミを捨てたりしないなど、秩序を愛し道徳的だと言われる一方で、企業の不祥事、検査不正や偽装などが次々と起きているのは、矛盾しているようでしていないということでしょうか。

岸見
そうですね。哲学者の三木清が『人生論ノート』の中で「部下を御してゆく手近な道は、彼等に立身出世のイデオロギーを吹き込むことである」、そして「成功主義者ほど御し易いものはない」と書いています。出世することに価値があるという価値観を植えつけられている人は、不正を見て見ぬふりをすれば昇進できると言っておけば、容易にコントロールできます。自分で考えて、自分の内なる正義に照らして行動しているのではないからです。コロナ禍で問題となったマスクの着用も、日本人の公衆衛生の意識が高いからというだけではなく、皆がしているのに自分だけ外す勇気を持てずに漫然とつけていた人も多いのではないかと思います。

画像: 「成功主義者ほど御し易いものはない」

馬につきまとうアブが必要

山口
おっしゃるように周囲を気にして行動を決めているにすぎない人々が多いというのは、ある意味で恐ろしい社会ですよね。ユダヤ系ドイツ人の政治哲学者、ハンナ・アーレントが『全体主義の起源』の中で、共同体としての国家が崩壊していく中で国民をまとめるために「疑似宗教的な世界観」を掲げたことが全体主義の始まりだと分析していますが、普遍的な正義がない社会は全体主義に傾きやすいのではないかと思います。

岸見
たった一人の独裁者の問題ではなく、それを許す多くの人がいる、と言いますか、それに疑問を感じても声を上げる勇気を持てない人が多いことが問題ですね。

山口
経済学者のアルバート・O・ハーシュマンは、『離脱・発言・忠誠―企業・組織・国家における衰退への反応』の中で、組織の問題は、それに不満を感じて組織から離脱する行動や、問題に対する発言があってこそ解消できると指摘しています。離脱や発言がなければ組織のおかしなシステムが修正されないままどんどん悪化していくわけですから、離脱や発言ができるかどうかは組織のレジリエンスに関わる問題です。

正義などと言うと、「青臭いことを言ってないで大人になれ」といったことを言われますが、むしろ大人だからこそ「何が正義なのか」をきちんと考えなければいけないはずです。「大人になれ」と言う人は、自分こそが大人ではないことに気づいていないと思うのですが、正義が実行できる大人であるためには、何が必要なのでしょうか。

岸見
うまく言えませんが、「人類を信頼すること」ではないでしょうか。意思決定者の間違った判断は、どの組織でも起こり得ることです。そのときに、理性を持った人、何が正義なのか正しく判断できる人ならおかしいと感じるはずで、その声を上げる勇気を持てるかどうかが問題です。勇気を持つために大切なのは、最初は少数派でも、やがて必ず支持する人、賛同者が増え、大きな力になると信じることです。ご指摘のような組織の問題が表面化したのも、そうやって賛同者が増えたことの表れではないでしょうか。間違ったことは長く続かないのがノーマルなのだということを、私たちは知っていなければいけません。

山口
ソクラテスは「私は馬につきまとうアブのようなものだ」と言いましたね。馬というのは国のことで、アブは馬を刺すから嫌われるけれど、巨大な馬のように鈍重でうとうとしている国には、時折チクリと刺して目を覚まさせる存在が必要なのだと。

岸見
それが哲学者の役割なのですが、哲学者だけの役割だとは思ってほしくないですね。(第3回へつづく

「第3回:【その3】孤立はしても孤独ではない」はこちら>

画像1: 自分の人生を生きる
ソクラテス、アドラー、フロムに学ぶ「勇気」
【その2】人類を信頼して、声を上げる勇気を

岸見 一郎(きしみ いちろう)
1956年京都生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋哲学史専攻)。奈良女子大学文学部非常勤講師などを歴任。
著書に『嫌われる勇気』、『幸せになる勇気』(古賀史健と共著、ダイヤモンド社)、『生きづらさの克服』(筑摩書房)、『叱らない、ほめない、命じない。』(日経BP)、『三木清 人生論ノート』(NHK出版)、『エーリッヒ・フロム』(講談社)、『つながらない覚悟』(PHP研究所)、訳書にアドラー『人生の意味の心理学』(アルテ)、プラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)『ソクラテスの弁明』(KADOKAWA)など多数。

画像2: 自分の人生を生きる
ソクラテス、アドラー、フロムに学ぶ「勇気」
【その2】人類を信頼して、声を上げる勇気を

山口 周(やまぐち しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

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