Hitachi
お問い合わせお問い合わせ
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今回は、北欧映画を2作取り上げる。淡白な演出に楠木特任教授が感じる、成熟した文化ならではの味わいとは。

※本記事は、2023年10月4日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:映画『ヒトラーのための虐殺会議』――所与のWhat、Whyの恐ろしさ。」はこちら>
「第2回:映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』 ――自己選択と人生。」はこちら>
「第3回:北欧映画『ギルティ』『ヘッドハンター』――引き算の成熟。」
「第4回:映画『ギャング・イン・ニューヨーク』――義理と人情、親と子。」はこちら>

今回は北欧映画を2本取り上げます。1つ目は、『THE GUILTY/ギルティ』(原題:Den skyldige/2018年/デンマーク)。映画好きの間で話題になった作品です。最初から最後までワンシチュエーション。過去にも大名作の『十二人の怒れる男』をはじめ、ワンシチュエーション映画のヒット作はいくつかありますが、『ギルティ』はひと味違います。

普通、映画というものは視覚で楽しむものです。『ギルティ』の独自性は、視覚を封じてほとんど声と音だけで話が進んでいく点にあります。もちろん映像作品なのですが、シーンがほとんど動かない。ラジオドラマに近い感じで、声と音だけで話が進んでいく。もちろん音楽もありません。

ネタバレしない程度に紹介すると、ある事件に関係のありそうな人物から、警察に電話がかかってきます。電話を受けた刑事が、その人物とずっとしゃべっている――そんなシチュエーションが延々と続きます。

思わず「この手があったか」と膝を打ってしまうような斬新な手法です。引き算が大好きな北欧の文化芸術の特徴がよく出ている。

ただ、映画の出来としては70点が僕の評価です。同じ手法で、もっとハラハラドキドキさせられる展開にできたんじゃないか。ですが、この淡泊さこそ北欧映画のイイところ。映像も、ひたすら抑制的。ハリウッドのドンパチドンパチのアクションものが好きな人には向いていない。まさに北欧ならではの映画です。

これぞ北欧エンターテインメントと言える映画が、2つ目に紹介する『ヘッドハンター』(原題:Hodejegerne/2011年/ノルウェー、ドイツ)です。

この映画は犯罪サスペンスです。主人公の男性は有能なヘッドハンターとして成功している。きれいな奥さんと暮らし、高級車に乗り、だれもがうらやむような優雅な生活を送っている。ですが、実はこの彼、奥さんに内緒で美術品泥棒の裏稼業をやっているんです。なぜそんなことをしているのか。

この主人公は身長が168センチ。北欧の成人男性の中では、かなり背が低い。これが、本人にとって抜きがたいコンプレックスになっている。きれいで背の高い奥さんにぜいたくな生活をさせてあげないと、いつか自分を受け入れてくれなくなるんじゃないか――そんな恐怖心から美術品泥棒をやっている。

主人公はある日、本業のヘッドハンターの仕事で、電子機器のビジネスで成功した企業家と出会います。で、その企業家が高価な絵画を所有していることを知り、その絵を盗む計画を立てます。ところがその企業家が実はとんでもないヤツでして、途中からストーリーのテンポがバンバンと加速していきます。シリアスなサスペンス映画でありながら、時々コメディのようなドタバタ劇になっていく。で、最後はほろ苦いハッピーエンド。

何度もどんでん返しがありながら、作品全体としてはものすごく落ち着いている。派手さがなく、どんなシーンにもゆとりがある。どこかしっとりとした成熟の味わいがあるんです。テンポがいい犯罪サスペンスだからこそ、ノルウェー映画の良さを逆説的に味わうことができる作品です。

どうしてもにじみ出てきてしまう成熟の味わいが、受け手に深い印象として残る。これは北欧の文化的な特質だと思います。面白い上に興行収入的にも成功した映画なので、ハリウッドでリメイクの計画があるそうです。ただし、ハリウッド版『ヘッドハンター』が実現したとしても、オリジナル版の落ち着いた味わいは絶対に再現できないだろうと思います。(第4回へつづく

「第4回:映画『ギャング・イン・ニューヨーク』――義理と人情、親と子。」はこちら>

画像: 映画評―その3
北欧映画『ギルティ』『ヘッドハンター』――引き算の成熟。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.