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地域社会をはじめとするコミュニティにサイバーシステムを根付かせるために、企業ができることは何か。慶應義塾大学総合政策学部教授の國領二郎氏と、日立 研究開発グループでサイバーシステム社会実装プロジェクトをリードする佐藤暁子による対談、最終回。

「その1:なぜ今、サイバーシステムが必要か」はこちら>
「その2:パーソナライズとプライバシーのジレンマ」はこちら>
「その3:コミュニティにシステムを根付かせる」

地域社会を1つのユニットと捉える

佐藤
國領先生がご紹介された「デジタルグリーンシティ前橋」の取り組みのなかで、「共助」というキーワードが出てきました。地域住民が共助できる社会の構築を支援するためには、例えば、最終目標のユーザー数の10分の1程度の人数から小さく始めるといったことも必要になるかと思います。そうなった場合、取り組みを推進する側が多数の住民に対して一斉に説明するというよりは、一つひとつの課題について対話を重ねながら、目標とする社会を構築していくというスタンスが求められるのではないでしょうか。

画像: 左から、日立製作所 佐藤暁子、慶應義塾大学教授 國領二郎氏

左から、日立製作所 佐藤暁子、慶應義塾大学教授 國領二郎氏

國領
結局のところ、個人対個人における信頼をどう生み出すかに尽きると思います。中国のサイバーシステムのように「政府への信頼」を前提とした取り組み事例も確かにありますが、地域社会を1つのユニットと捉え、住民からの信頼を醸成していく――これが今の日本では現実的なスタンスなのではないでしょうか。

プライベートな空間があり、パブリックな空間があり、その中間にコミュニティやコラボレーション、あるいは共助の空間がある。ごく自然な形で信頼のベースが醸成されれば、そのコミュニティのなかで通用するようなトークン(※)が生まれてくる必然性もあると思います。

※仮想通貨に代表される、ブロックチェーン技術を用いて発行された電子的な証票。

サイバーシステムが構築されたとしても、現実的な感覚は持っておきたいものです。例えば、民泊のマッチングサービスであるAirbnbはもともと「お互いに助け合い、自宅を宿として提供し合おう」という価値観を持った人々の間で始まったサービスですが、そこにプロの宿泊事業者と彼らの論理が入ってきて、ずいぶんと様変わりしました。当初の互助的な感覚がだんだんと失われ、民泊でありながらホテルのようなサービスをユーザーが要求するという、ある意味で現実的な現象が起こったように見えます。コミュニティがもともと持っていたカルチャーをどうやって守っていくかも、大きな課題と言えます。

画像: 地域社会を1つのユニットと捉える

「ナラティブ」の醸成

高田
今のご指摘は、まさにサイバーシステムの社会実装の障壁の1つです。はじめに國領先生からネットワーク外部性のお話がありましたが、多くのユーザーが参加すればするほどサイバーシステムの価値も大きくなります。ただ、参加する人が増え大規模になるほどコントロール不能な状態になりがちです。サービス提供者としては、どこまでそれを見越し、設計に組み込んでおくべきなのでしょうか。

國領
今や、しっかりとした計画を立てても、そのとおりに物事が進むことは想定しないほうがよい時代になってきています。アジャイルに、レジリエントに、仕組みを進化させていく。そんな発想が求められます。

佐藤
最初に思い描いていたサービス像とは違ってくるというケースは、企業間の協創でも起こりうるはずです。複数の企業が連携し、新しい価値を生み出していこうとなったときに、各社が自社の論理だけで動いていくと、全体として上手くいかない局面が必ず訪れます。そのときに、組織文化を変えながら協創に取り組むことでサービスも提供する――「進みながら変化していく」ことを前提とした動きが求められます。

國領
一種のナラティブ(物語性)がコミュニティのなかで共有されているのか、それがどう育てられるのかも大きなポイントだと思います。

今年夏の甲子園決勝で、慶應義塾の応援の強い一体感が世間様をお騒がせしました。あのような現象は命令下で起きるものではなく、自然に起こるものです。一種のナラティブが現役生や卒業生のなかですでに共有されていて、その熱気が結果として他所の方には違和感を持って受け止められてしまった――と、慶應義塾に勤めるわたしは解釈しています。

画像: 「ナラティブ」の醸成

サイバーシステムの構築にしても、いかにナラティブを醸成していくのかが非常に重要です。しかし、それが排他的になってはいけないという視点も、推進する側はつねに持つべきです。

共通言語体系の整備を

高田
最後にお二人から一言ずつ、サイバーシステムの社会実装に向けて取り組まれている企業の方々に向けてメッセージをいただければと思います。

國領
テクノロジーは、それを使いこなす人間によっていかようにも変化していくものです。一番大事なことは、テクノロジーを通じて我々がどのような社会をつくっていきたいのか。それについて理解を深め、議論を深めていくことが求められます。わたし個人としては、新しいテクノロジーがどんな可能性を持っているのか、つねにアンテナを張っていきながら、技術側と社会側の共進化に貢献していきたいと思います。

サイバーシステムの構築には、さまざまな専門領域の方々によるコミュニケーションが欠かせません。そのためには、共通の言語体系の整備が必要です。例えば、社会科学の専門家から漠然と「プライバシーが守られている仕組みをつくれませんか」と言われても、エンジニアの方々は困ってしまうかもしれません。しかし、「だれがいつアクセスしたのかわかるよう、記録を残せませんか」と言われれば、できる。

「アーキテクチャ」という言葉は、当初は建築家が使用していました。その後、ITの専門家が使うようになり、今や法律、安全保障、環境問題といった分野の方々も使用するようになりました。サブシステムのコンポーネントをどう組み上げていくかという発想においては、建築設計にしても制度設計にしても「アーキテクチャ」という言葉がしっくり来たのです。共通の言語を使うことによって、専門領域の異なる人たちが深い議論ができる。最終的に、サイバーシステムの構築において自分が担当している領域のデザインに反映できる――そんなコミュニケーションを実現できたらと考えています。

画像: 共通言語体系の整備を

佐藤
わたしがリーダーを務める日立のサイバーシステム社会実装プロジェクトは今年4月に発足したばかりです。まずは日立がこれまで蓄積してきた知見をもとにさまざまな取り組みを進めている段階ですが、協創させていただくさまざまな企業の知見や経験を生かすことで、一緒にナラティブをつくり上げていきたいと思います。

高田
お二人とも非常に興味深いお話、ありがとうございました。

画像1: サイバーシステムの社会実装と「持ち寄り経済圏」
【その3】コミュニティにシステムを根付かせる

國領二郎(こくりょう じろう)

慶應義塾大学総合政策学部教授
1982年、東京大学経済学部卒、日本電信電話公社(現・NTTグループ)入社。1992年、ハーバード・ビジネス・スクール経営学博士。慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授、同大学環境情報学部教授、同大学総合政策学部長、慶應義塾常任理事などを歴任。2006年より現職。主な著書に『オープン・ネットワーク経営』(日本経済新聞社,1995年)『オープン・アーキテクチャ戦略』(ダイヤモンド社,1999年)『オープン・ソリューション社会の構想』(日本経済新聞社,2004年)『ソーシャルな資本主義』(日本経済新聞出版社,2013年)、『サイバー文明論 持ち寄り経済圏のガバナンス』(日本経済新聞出版,2022年)など。

画像2: サイバーシステムの社会実装と「持ち寄り経済圏」
【その3】コミュニティにシステムを根付かせる

佐藤暁子(さとう あきこ)

株式会社日立製作所 研究開発グループ サイバーシステム社会実装プロジェクト プロジェクトリーダ
兼 サービスシステムイノベーションセンタ 副センタ長
1998年、日立製作所に入社。中央研究所にてICカード管理システム、地図情報システムなどの研究開発に従事。2015年から日立アジアシンガポール社にて、タイのスマートシティ、ベトナムのコールドチェーンに関するプロジェクトに参画。2018年より顧客協創活動に従事。2020年、戦略企画本部 経営企画室 部長を経て、2023年より現職。情報処理学会、研究・イノベーション学会所属。

画像3: サイバーシステムの社会実装と「持ち寄り経済圏」
【その3】コミュニティにシステムを根付かせる

高田将吾(たかだ しょうご)

株式会社日立製作所 研究開発グループ サイバーシステム社会実装プロジェクト デザイナー
2018年、日立製作所に入社。鉄道事業を中心としたモビリティ分野をはじめ、都市・交通領域におけるパートナー企業との協創をサービスデザイナーとして推進。2023年よりサイバーシステム社会実装プロジェクトに参加。人に寄り添ったサイバーシステムのあり方やその実装について検討を行う。

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