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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
車にしても家にしても、人間にとって本来適正とされるサイズがあるのではないか――そう指摘する楠木氏。大きくなりすぎた近年の自動車、そして大邸宅に思うこととは。

※本記事は、2023年7月11日時点で書かれた内容となっています。

「第1回:家を見ればその人がわかる。」はこちら>
「第2回:ちょうどいい大きさ。」
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つねづね思うのですが、最近の車って本当に大きくなったなと。サステナビリティだとか脱炭素だとか言いながら、自分は船みたいに大きな車に乗っている――つくづく人間は矛盾した生き物です。

横幅2メートル近い巨大なSUVが街を走っている中で、僕がプライベートで乗っているトヨタの「ヤリス」は横幅1,700ミリ。営業車として使っているアストンマーティンの「シグネット」は1,680ミリ。いずれもコンパクトカーに分類されるサイズです。

メルセデス・ベンツで一番小さい「Aクラス」でも、横幅は1,800ミリ。中型車の「Eクラス」が今は1,850ミリですが、初代「Eクラス」は1,740ミリ。100ミリ以上も大きくなっています。かつて大衆車の象徴だったトヨタの「カローラ」は、今や横幅1,750ミリ。昔のメルセデス・ベンツのEクラスよりも大きい。

都内に住んでいると駐車事情もあるので小さい車のほうが便利――そういう理由でコンパクトカーを選ぶ人もいますが、僕の場合は単純に、小さいほうがカッコいいから。僕が乗っているシグネットはそろそろ走行距離10万キロになります。乗り換えるにも、もはや選ぶ車がない。今の車は機械としては実によくできているのですが、いかんせん僕にとっては大きすぎます。

家も同じだと思うんです。よく雑誌などで紹介されている、ザ・豪邸。すごく大きなリビングルームに大きなソファがあって、それでも空間がスカスカになっている。しかも、プロが使うようなアイランド型の立派なダイニングキッチンまである――。そういう家に住んでいる人は、本当にその暮らしが好きな人と、「豪邸で生活している人」と見られることが好きな人、この2タイプに分かれるんじゃないか。

人間は外在的な価値基準が内在化されていくことで成熟していきます。世の中ではこういうことが「いい」と思われている。自分もそういう状態にありたい。すると、人に「いい」と思ってもらえる。だから幸せだ――出来合いの価値基準に自分を合わせているうちは未熟です。自分なりの価値基準を持って初めて、教養があり、成熟していると言える。生きていくということは、自分の価値基準を自分の頭で考え、自分の言葉でつくり上げていくプロセスにほかなりません。

「お金が大好き」という人にも2タイプあると思います。本当にお金が好きな人。ある種、成熟している。一方、「あの人はお金持ちだ」と思われたい人。同じ拝金主義でも価値基準が自分の中にあるか外にあるかが異なる。

かつて作詞家として活躍した安井かずみさん(1939年~1994年)は、ミュージシャンの加藤和彦さん(1947年~2009年)と結婚し、1970年代から1980年代にかけ、当時のだれもがうらやむカッコいい生活を送りました。

安井さんと加藤さんは六本木の一軒家に住んでいました。ガラス張りで、外からも室内の一部が見えるようなおうちです。お二人ともファッションリーダーで、私生活でも、やることなすこといちいちカッコいい。そこに友人の吉田拓郎さんが遊びに来て、「おまえら、バカじゃないか」――。

僕が思うに安井さんは、洗練されたカッコいい生活を加藤さんとつくり上げていくことが内在的な価値になっていたのではないか。豪邸を人に見られたいという外在的な価値には興味がなかったのだと思います。こういう人が筋金入りのスタイリストです。

先日、建築家の堀部安嗣さんが書いた『住まいの基本を考える』という本を読みました。人間にとって自然な住まいとは何か。堀部さんが導き出した答えが、多くの人々が取り入れられる技術でつくられる、普遍性と応用力を兼ね備えた「ベーシックハウス」という設計コンセプトです。

料理と建築はよく似ている、と堀部さんは指摘します。食べるものにしても住む場所にしても、毎日の生活に欠かせない。刺激的で濃い味は、たまに食べればすごくおいしいけれど、日常的に食べる気にはならない。住まいも同じで、何十年にもわたって毎日経験するものだから、強くはっきりした味付けにする必要はない――。

――だからこそ、住宅建築は難しい。場合によっては、出来上がった家が退屈でつまらないものに見えてしまう。それでも、淡々とした表現を粘り強く長いスパンで維持して考えていかなければならない。建物が完成した時点での評価にはほとんど意味がない。何年か経って、そこに住んでいる人に気に入られる。それが住宅建築の真価である――住まいに対する僕の考え方を代弁してくれています。

その人にとってのちょうどいい大きさ。車選びにしても住宅建築にしても、これが一番重要な条件だと思います。物理的に大きすぎる家を建てることは、人間の本性に反しているんじゃないか。堀部さんによると、家族で暮らす上で居心地がいい家のサイズは100平方メートル前後だそうです。

僕は今、賃貸の集合住宅に住んでいます。100平方メートルもないのですが、住んでいるのはママ(妻)と僕と犬だけ。ベーシックハウスとしてかなりイイ線行っていると思っています。

築40数年になるのですが、内装に凝ったところが1つもない。何の装飾性もない、超あっさりとした家。住んで何年か経ちますが、まったく飽きないどころか、住めば住むほどイイ感じです。

コロナ騒動になってからは、住まいの重要性をより実感しています。僕が仕事場にしている部屋のサイズは、4畳半以上6畳未満。このくらいの大きさがちょうどいい。いよいよ小さいことに価値があると思うようになりました。(第3回へつづく)

「第3回:生活哲学としての『方丈記』。」はこちら>

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画像: 住まいと人間―その2
ちょうどいい大きさ。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

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・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
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