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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏/フランス文学者・書評家 鹿島茂氏
自らも書評を書く楠木建氏が最も信頼を寄せる書評家が、鹿島茂氏だ。鹿島氏が書評を書く際の基準と原則とは。

「第1回:共同書店という発想。」はこちら>
「第2回:メモの取り方。」はこちら>
「第3回:書評家という仕事。」
「第4回:思考の技術。」

※本記事は、2023年5月31日時点で書かれた内容となっています。

書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」

楠木
僕が思うに、プロが書いた書評こそ、面白い本に出会うための最適のチャネルです。「この人の価値観は自分に近いな」と思える書評家を何人か持つ。まだそういう書評家に巡り合えていない方は、ぜひ鹿島さんが主宰する書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」を一度ご覧いただければと思います。このサイトはもともとどんなアイデアから始まったのでしょうか。

鹿島
書評って、ほとんど読み捨てられる宿命なんです。でも、いい本までもが書評とともに沈んでいってしまうのは悲しい。最新の書評だけを載せるのではなく、アーカイブ機能を持った書評サイトがあったら、その問題を解決できるのではないか。僕が愛書家で、本を集めること自体を趣味としているからこその発想かもしれません。

画像: 書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」

それをどうやって商業化するか――いろいろ考えた末に、ファンクラブとオンラインサロンをミックスした「ALL REVIEWS 友の会」を開設しました。料金支払いはサブスク。会員になると、限定公開のYouTube番組(※)が見放題。それから、出版社が自社サイトに掲載した本の書評を転載するサービスも提供しています。書評の客観性を担保するために、ALL REVIEWSという場所を貸す。一種の宣伝機能の提供です。この2つの機能を設けて、なんとか商業化しました。

※ 「月刊ALL REVIEWS」。書評家・豊崎由美氏と鹿島茂氏がそれぞれ「今月必読の本」をライブ配信で紹介している。

楠木
お話を伺っていると、つねに商業化をお考えになっている。文筆家としても学者としても、鹿島さんは珍しいタイプだと思うんです。

鹿島
冒頭にお話しした学生運動の経験が影響しています。どんな活動をするにしても、ある程度商業的に自立していないと長持ちしません。ずっと損している状態が続くと資金が枯渇してしまう。すると、長続きしない。少しだけでいいから儲かり続けることが大事なのです。

画像: フランス文学者・書評家 鹿島茂氏

フランス文学者・書評家 鹿島茂氏

書評は信用商売

楠木
鹿島さんにとって、書評を書く際の基準は何ですか。

鹿島
その本の要約、プラス、過去の本と比較しての価値判断。これが基本です。

楠木
その中にときどき、感想なり評価なりがさりげなく差し込まれている文章。これがいい書評だと僕は思います。

鹿島
「どうしてその本を取り上げたのか」が書評の中に織り込まれていると、その書評家の語り口と相まって、記憶と結び付くことがありますね。

楠木
僕は鹿島さんが書かれる書評が本当に好きで、たくさんの書評をまとめた『大読書日記』に載っている本を次々に読みました――多分40、50冊買ったと思います。自分が書評を書く側になってからは、「読んだ人が、思わずその本を買いたくなる文章」をいい書評の基準として書いています。

画像: 一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏

一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏

鹿島
書評というものは、褒め過ぎてはいけないし、もちろんけなしてもいけない。その本の価値に見合った評価を与えることは本当に難しい。でも、評価が明示されていなければ、書評を読む意味がありません。

書評を書いた人がどのくらい信用に値するかも重要です。学生時代の僕は、「あいつの評価だったら信頼できる」と思える友達が薦める本を読むことで、読書の幅が広がっていきましたから。

楠木
そう考えると、書評家という仕事には信用商売の面がある。

鹿島
そのとおりです。僕は映画も好きですが、信頼できる評論家はそんなにいません。毎年『キネマ旬報』では「今年の映画ベストテン」を特集していますが、僕が信頼している評論家が投票した作品は23位、24位ぐらいになることが多い。で、そういう作品は必ず時代を超えて残る。世の中の大多数がリアルタイムで「いい」と評価している作品の多くは、それだけその時代にフィットしているわけですから、時代が更新されると価値が減ってしまう。本にも同じことが言えます。

丸谷才一の「書評三原則」

楠木
書評に取り上げる本は、どう決めていますか。

鹿島
専門的過ぎない、なおかつ対象読者に合わせ過ぎない本を選んで読みます。そこから自分なりの“書く技術”を駆使して、本のどの部分に焦点を合わせるかを考えながら文章を構成するのですが、やはり本選びは難しい。3冊読んで1冊いい本に出会えれば大当たりです。

楠木
書評に足る本を仕入れてくること自体が結構大変ですよね。

画像1: 丸谷才一の「書評三原則」

鹿島
今から30年以上前、毎日新聞の書評欄「今週の本棚」の編集顧問をされていた故・丸谷才一さんが、書評委員に“書く技術”を磨いてもらうために書評三原則というものをつくりました。

1つ目は、「最初の3行に力を入れる」。「今週の本棚」は当時、月曜日の紙面に掲載されていました。読者の多くは、通勤電車に乗ったサラリーマン。忙しい彼らは、限られた通勤時間の中で新聞の内容を頭に叩き込もうとする。最初の3行を読んで、つまらなそうだと思った記事は読まない。だから最初の3行に力を入れなさい、と。

2つ目は、「本をけなしてはいけない」。読むに値する本だから、ぜひ読んでください――これが書評家のとるべき態度です。だれもが知る大ベストセラーに対する頂門の一針(※)としての考察ならともかく、自分を偉く見せようと、著者を貶めることを書いてはいけない。

※ ちょうもんのいっしん。痛烈で適切な戒め。急所を突いた教訓。

そして3つ目は、「しっかり要約する」。通勤時間にその書評を読んだ人が出社して、同僚に「俺、こんな面白い本を読んだ」と、読んだふりができる。本を実際に買ってくれるかどうかは別として、とにかく会話の中に、書評で取り上げた本が話題に挙がる。そんな“書評文化”を、丸谷さんはつくろうとしました。

楠木
非常に顧客志向ですよね。

画像2: 丸谷才一の「書評三原則」

解説と書評の違い

楠木
本の解説はお書きになりますか。

鹿島
書きますよ。自分が書いた解説ばかりを集めた『解説屋稼業』という本を出したこともあります。書評と解説とでは、ある種、文法が違います。書評はかなりフリーハンドで書けますが、解説では、その本に対して低い評価を与えるわけにはいかない。

楠木
解説は書評よりも文字数が多い分、書評では書き切れない内容――自分がその本から得た考えや、その本を読んで触発されたことなどをバンバン書ける。僕にとってはありがたい仕事です。

鹿島
僕が解説を書くときに念頭に置くのは、解説を最初に読む人が結構いることです。

そういう読者――これからその本を読もうとしている人のために、本の内容の要約を必ず書くようにします。さらに、その本の読み方にも言及しておいたほうがいい。

例えば西洋の古典――『資本論』にしても『種の起源』にしても、序文から読んではいけない。序文って難しいんです。著者が自分の思想を無理矢理要約しようとして書いた文章なので、どうしても難解な場合が多い。ですから解説の中で、「この本を読むのなら、まずは第〇章から読んでください」と言ったほうが親切です。

画像: 解説と書評の違い

愛書家の発想から生まれた「カシマカスタム」

楠木
鹿島さんのアイデアが商業化された例に、カシマカスタムという本棚があります。僕も自宅で使わせていただいているのですが、これがめちゃくちゃいい。まさに、ユーザーによるイノベーションです。

本棚にはできる限りたくさんの本を収納したいもの。ですが、本によって高さがまちまちなので、どうしても無駄な空間ができてしまう。カシマカスタムの画期的な点は、棚の高さを調整するためのダボ穴のピッチが非常に細かいことです。同じ高さの本を揃えてピシッときれいに収納できるし、一覧性も確保できる。

画像1: 愛書家の発想から生まれた「カシマカスタム」

鹿島
市販の本棚は、奥行きが29センチのものが多い。しかし、日本で出版されている本の多くは奥行き17センチ以下なので、余計な空間が生まれてしまいます。

よくあるスライド式の本棚は一見便利です。ただ、本が増えてくると、スライド機能が付いている面の隙間――可動空間に本を収納してしまう。すると、後ろの面に収納した本が見えなくなってしまいます。すべての本が1つの面に収まっていて、どの本がどこにあるかが一目でわかる一望千里の本棚こそ、いい本棚だという結論に達したのです。

カシマカスタムの棚は奥行き17センチとしています。奥行きが浅くなると倒れやすいので、天井に向けて突っ張るタイプとしました。で、棚板を1.5センチピッチで取り付けられるようダボ穴を設けることで、とにかく本をたくさん収納できるようにしました。

画像2: 愛書家の発想から生まれた「カシマカスタム」

楠木
市販だと「文庫・新書サイズ用」という本棚が流通しているのですが、文庫と新書でも高さが1段階違う。その分、隙間ができるわけで、空間利用の観点からは非常にもったいない。

鹿島
だったら、自分たちで本棚をつくってしまえばいい。「ないものはつくろうぜ」というスタンスで、日々アイデアを練っています。

楠木
必ず発想の起点にあるのは、ユーザーである鹿島さんご自身にとって「何が一番いいのか」。あらゆるビジネスの基本だと思います。

鹿島
カシマカスタムは「ALL REVIEWS」の公式オンラインショップからも購入いただけます。お客さまがお持ちの本のサイズを考えながらご自身で組み立てられるようになっています。(第4回へつづく)

「第4回:思考の技術。」はこちら>

画像1: 対談 楠木建×鹿島茂 読書と思考―その3
書評家という仕事。

鹿島 茂(かしま しげる)
1949年、横浜市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。元・明治大学国際日本学部教授。専門は19世紀フランスの社会生活と文学。1991年『馬車が買いたい!』(白水社)でサントリー学芸賞、1996年『子供より古書が大事と思いたい』(青土社)で講談社エッセイ賞、1999年『愛書狂』(平凡社)でゲスナー賞、2000年『職業別パリ風俗』(白水社)で読売文学賞、2004年『成功する読書日記』(文藝春秋)で毎日書評賞を受賞。近著に『神田神保町書肆街考』(筑摩書房)、『この1冊、ここまで読むか!』『多様性の時代を生きるための哲学』(ともに祥伝社)など

画像2: 対談 楠木建×鹿島茂 読書と思考―その3
書評家という仕事。

楠木 建(くすのき けん)
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

PASSAGE by ALL REVIEWS(東京都千代田区・神保町)

PASSAGE

今回取材にご協力いただいたPASSAGE(パサージュ)は、地下鉄神保町駅のA7出口から徒歩1分、すずらん通りという古書街にある共同書店。店内の本棚には、300を超える「棚主」が思い思いにセレクトした古書や新刊が並ぶ。プロデュースした鹿島茂氏が主宰する書評アーカイブサイト「ALL REVIEWS」に登録している書評家をはじめ、出版社、特定のジャンルの古書を集めている個人など、棚主は実にさまざまだ。まずは、棚ごとにコンセプトが異なる店内をじっくりと見て回り、お気に入りの棚主を見つけてほしい。ちなみに、古書の価格設定もそれぞれの棚主が自由に行っている。お支払いはキャッシュレス決済(電子マネー、クレジットカード)のみ対応なのでご注意を。購入した本は、同じビルの3階にあるカフェ「PASSAGE bis!」に持ち込んでお読みいただくことも可能だ。古本の街に現れた新しいスタイルの書店、PASSAGE。ここに来れば、あなたが予期しなかった本との出会いがあるかもしれない。

画像3: 対談 楠木建×鹿島茂 読書と思考―その3
書評家という仕事。

PASSAGE by ALL REVIEWS
東京都千代田区神田神保町1-15−3 サンサイド神保町ビル1F
都営地下鉄三田線・新宿線、東京メトロ半蔵門線の神保町駅 A7出口徒歩1分

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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