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新SDGsの“Gs”
德永
それでは新SDGsの“Gs”、グローバルズについてお願いします。
名和
グローバル社会と言われながら、世界はボーダーレスではなくボーダーフルになり、分断が深刻になっています。つまり世界がひとつだというのは幻想で、これからはそれをわかった上で再結合していく必要があるのではないか。その意味で私はGに複数のsをつけてグローバルズと言っています。
日本の企業は昨今の世界情勢やコロナ禍の中で、サプライチェーンなども含めていったん縮退へ向かいましたが、これから先はもう1回広げ直していく必要があるでしょう。そのときに、必ず日本を拠点に考えるという発想はもうやめた方がいいのではないか。センター・オブ・エクセレンス(※)を機能させるために、ベストな場所が海外であればそこを拠点にするべきです。
※ センター・オブ・エクセレンス:目的・目標を達成するために、組織(社内)に散らばる優秀な人材・ノウハウ・設備などを1カ所に集約すること。
日立は早い時期に鉄道の拠点をイギリスに移しました。国内の鉄道ビジネスにこだわることなく、ドーマーさん(※)というリーダーを立てて海外に出ていった。これはグローバルズのお手本だと思います。
※ アリステア・ドーマー:日立製作所 代表執行役 執行役副社長/日立ヨーロッパ社取締役会長。
德永
なるほど。確かにそうですね。
名和
日本人は、まだ日本を中心に考えがちです。日本のいいところを残しながら、グローバルの良さもフルに活用する組織づくりが得意ではない。私はラグビーが大好きで、今年開催されるワールドカップを楽しみにしていますが、ラグビーの世界ではオーストラリア人やニュージーランド人などさまざまな国の人間が共に戦うのは当たり前で、その多様性が「One Team」になったときのパワーはものすごいですよね。
ビジネスの世界でも、日本が世界の人たちと認め合い、支え合うというインクルーシブを力に「One Team」になれたら、やはり大きなパワーを発揮すると思います。それがグローバルズなのです。鉄道のみならず、インフラという基盤づくりで日立はそれをすでに体現しています。しかも、ますます進んでいるのではないですか。
德永
おっしゃる通りです。私の部門は全体で10万人くらいの従業員が働いていますが、日本人の比率はほぼ半分になってきました。
名和
そうですか。
德永
実際にそうなってみると、デジタルという同一の事業領域において、日立のパーパスである社会に貢献したいという思いを持った仲間が集まっているわけですから、日本人と外国人で何か違いがあるわけではないということが実感できたと思います。ただ、そうなるまでには、それなりの時間はかかりましたし苦労もありました。
名和
日立は約30万人規模の老舗企業ですから、簡単にはいかなかったであろうことは想像がつきます。
世界の中での拠点のあり方
德永
そして今考えなければいけないのは、先ほど名和先生がおっしゃった事業の中心をどこに置けばいいのかということです。鉄道事業部門は、鉄道発祥の地であるイギリスという市場に打って出るために、そして日立が本気で取り組んでいることを示すために、どうしてもイギリスに事業の中心を移す必要があったのだと思います。
デジタル事業で言えば、世界の中心はシリコンバレーです。デジタルの重要なトレンドの多くはシリコンバレーで決まるのだから、成長著しい北米のマーケットを熟知したリーダーの下、この地域で積極的に事業を展開していくことは理にかなっていると考えています。
今後、私たちが「デジタル事業のグローバルリーダーになる」という目標を達成するためには、事業全体の重心を徐々にシリコンバレーへと移していくことが必然ではないかと考えています。
一方で、日立グループ発祥の地であり、長年にわたって私たちのサービスやソリューションをご愛顧いただいている日本市場が引き続き重要なマーケットであることは変わりません。
名和
私が以前に日立の研修のお手伝いをさせていただいたときにも、日立ヴァンタラ社がいてシリコンバレーの新しい風を入れてくれていましたが、そこにグローバルロジック社というまさにZ世代の一番生きのいいデジタルネイティブの世代が入ってきたことで、日立のグローバルへの意識ががらっと変わったわけですね。
德永
はい。私も彼らには、いい意味で驚かされることが多いです。グローバルロジック社のCEOは、シリコンバレー周辺のほとんどの企業に直接コンタクトがとれるので、例えば新しいお客さまから自社で実績の無い引き合いを受けたときに、すぐに知人である他社CEOに電話をかけて会う約束を取り付け、議論をしてくる。そんな感じなのです。
名和
それはすごいですね。
德永
この他にも驚かされたことがあります。グローバルロジック社はウクライナで多くの従業員が働いているので、現地の状況が大きく変化した場合には、従業員とその家族を国外へ安全に退避させる準備をしておく必要があります。その中で、グローバルロジック社のCEOはとある周辺国の首相に会いに行って人員受け入れを直談判するだけでなく、新規拠点開設の話までまとめてくる。あのアジリティの高さ、つねに進化し続ける姿勢は本当に見習うべき点が多くあります。
名和
そうですよね。この際、日立のデジタル事業はシリコンバレーを本社にして、德永さんも向こうに行くというのも面白いのではないですか。リクルートホールディングスの出木場久征さんが、Indeedの買収をきっかけに米国のオースティンに行かれたように。そうするとデジタル事業の日立の本気度が世界に伝わるはずです。
德永
私自身がもやもやと悩んでいたことを、今先生にずばっと言われてしまいました。今年度は私自身、シリコンバレーで執務する時間を増やし、デジタル事業の将来の姿について関連者との議論を深め、実行へと移したいと思います。(第4回へつづく)
撮影協力 公益財団法人国際文化会館
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名和 高司(なわ たかし)
京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。
主な著書に『10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年6月23日出版予定)、『シュンペーター』(日経BP、2022年)、『稲盛と永守』(日本経済新聞出版、2021年)、『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)、『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社、2018年)、『CSV経営戦略』(同、2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)など多数。
德永 俊昭(とくなが としあき)
株式会社 日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(クラウドサービスプラットフォーム事業、デジタルエンジニアリング事業、金融事業、公共社会事業、ディフェンス事業、社会イノベーション事業推進、デジタル戦略担当)、デジタルシステム&サービス統括本部長
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