「第1回:“志”という視点から見た日立」
「第2回:未来をストーリーで語れるか」はこちら>
「第3回:どこを拠点にするか」はこちら>
「第4回:女性の活躍について」はこちら>
「第5回:パーパスの成果を測る2つの指標」はこちら>
「第6回:日系企業の2つの病」はこちら>
初対面
德永
名和先生、今日は本当にありがとうございます。私は、日立製作所の執行役副社長という立場でデジタル事業全般をまとめております德永と申します。1990年に日立製作所に入社しまして、基本的にIT事業の領域で仕事をしてきました。これまで私は名和先生の著書を何冊も拝読してまいりましたので、今日は今自分が抱えている課題を解決するための気づきを得ることができればと思っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。
名和
こちらこそ、よろしくお願いいたします。私も日立製作所とは少なからず接点がありまして、マッキンゼーのコンサルタント時代、そして一橋ビジネススクールで客員教授となってからも、幹部研修などさまざまな形でお手伝いさせていただいてきました。德永さんとは何度かニアミスはありましたが、今回が初対面ということで私もとても楽しみにして来ました。
德永
ありがとうございます。
『パーパス経営』に込めた思い
德永
名和先生は、2年前に『パーパス経営』を上梓されました。まず、この本を書かれるきっかけや思いについてお聞きかせください。
名和
国連総会で採択されたSDGsは2030年をゴールにした持続可能な開発目標ですが、私は企業経営はもっと長いスパンで考える必要があると思っています。企業の寿命から考えて、少なくとも30年先を見なければならない。その視点でマクロトレンドを捉えると、“S”と“D”と“G”は違う意味を持ってきます。私の言葉でいう“新SDGs”です。
まず“S”はサステナビリティです。SDGsの17の目標はもちろん重要ですが、30年先を見るとさらに長期的な目標が必要です。次の“D”はデジタルです。デジタルが世の中を変える力を持つことは間違いありませんが、それをディストピアではなく持続可能な社会に向けた力にしていく必要があります。最後の“Gs”は“Globals”です。グローバル社会と言われて久しいですが、世の中はボーダーレスになるどころか民族や国家の思惑が錯綜したボーダーフルな社会になっています。これを再び結合させなければなりません。
この“新SDGs”というマクロトレンドを考えたとき、もっとも重要になるのが人の“志(こころざし)”です。マクロトレンドに安易に流されないためには、“志”というパーパスがアンカー(いかり)として必要なのではないか。
德永
なるほど。
名和
一方ミクロトレンドで見ると、企業の経営者はつねに3つの市場と直面しています。1つ目は顧客市場です。100年人生が当たり前になりつつある今、顧客にも今だけ自分だけという価値観ではなく、健康や環境などQoLに高い関心を持った人が増加するといった変化が起きています。次に人財市場ですが、ここでもZ世代に代表される人たちに顕著な傾向として、世の中の役に立ちたいという意識の人たちが増えています。
德永
それは私も実感しています。
名和
そうですよね。これも大きな変化だと思います。そして最後に金融市場です。サステナビリティに取り組む、それは企業として当然のことであって、今はインパクト投資という言葉があるようにこれからの社会に良いインパクトをいかに与えられるかを、金融市場から問われています。ミクロトレンドである顧客市場、人財市場、金融市場もそれぞれ大きく変わっていて、この変化する市場から選ばれるかどうか。ここでも企業としての“志”が問われているということです。
“新SDGs”のマクロトレンド、変化する3つの市場というミクロトレンド、どちらを考えても、企業の経営者に今問われているのは、未来に対する「大義」ではなく、世界が共感してくれる「大志」です。2年前に私は、パーパスを「志本主義」という言葉にして経営者に“志”の大切さを伝えたいと考えた。それが『パーパス経営』を書いた理由です。
德永
ありがとうございます。私も『パーパス経営』を読ませていただきましたが、先生のそういった思い、熱量を強く感じました。
113年続く日立のパーパス
名和
ところで日立という企業は、113年前からパーパス、“志”を大切にしてきた稀有な企業だと思います。その“志”を浸透させ、持続させるためにどういった取り組みをされてきたのか、教えていただけますか。
德永
はい。日立の中での呼び方はパーパスではなく、企業理念とか存在意義という言葉になっていますが、「優れた自主技術・製品の開発を通じて社会に貢献する」という創業者の“志”が、確かに113年にわたって受け継がれてきました。
当然その間に会社としての浮き沈みがあったこともまた事実で、2008年度に出した7,873億円という赤字はそれを象徴しています。しかし今から振り返るとあのリーマンショックは、もう一度私たちの原点を見直す、私たちの大切にしている価値や思いとは何なのかを日立全体で再確認する機会になったと感じています。事業環境の急変によって、結果的に自分たちの“志”を再度見つめ直し、共有することができたのではないかと思います。
また、日立自身をトランスフォームするために、これまで事業を再編してきましたが、その結果として世界中で大勢の人たちが日立の仲間に加わりました。そういう状況下においては、やはり共通の価値とは何なのだろうと振り返らずにはいられないし、それを新しい仲間たちと共有しなければなりません。タウンホールミーティングであれ、M&Aの交渉過程であれ、日立は何を大事にしているのかという根源的な“志”はつねに問われます。そういった機会に、パーパスを再確認し、共有するということを繰り返しての113年だと感じています。
名和
それは漠然と続いてきたわけではなく、さまざまな紆余曲折を経て113年間受け継がれてきたということですね。
德永
おっしゃる通りです。例えばグローバルロジック社(※)は、3万人弱の従業員の平均年齢が28歳というまさにZ世代が中心の企業です。彼らがなぜ最終的に日立の仲間になってくれたのか尋ねてみたところ、「日立とならミーニングフル(意味のある)な仕事ができる」という答えが返ってきました。
※ グローバルロジック社:2021年に日立が買収した米国のデジタルエンジニアリングサービス企業。
名和
日立のパーパスに共感してくれた、日立が創業の精神を大事にされていることが理解されたわけですね。それは期待が持てる話です。(第2回へつづく)
撮影協力 公益財団法人国際文化会館
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名和 高司(なわ たかし)
京都先端科学大学ビジネススクール教授、一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。
主な著書に『10X思考』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2023年6月23日出版予定)、『シュンペーター』(日経BP、2022年)、『稲盛と永守』(日本経済新聞出版、2021年)、『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)、『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社、2018年)、『CSV経営戦略』(同、2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社、2010年)など多数。
德永 俊昭(とくなが としあき)
株式会社 日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(クラウドサービスプラットフォーム事業、デジタルエンジニアリング事業、金融事業、公共社会事業、ディフェンス事業、社会イノベーション事業推進、デジタル戦略担当)、デジタルシステム&サービス統括本部長
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