河野秀和氏は、セレクトショップや縫製工場も多く、ファッションの街とも称される、熊本県に生まれ育った。そうした環境にいたものの、自身は外資系の保険会社を経て、経営支援事業で独立したという経歴を持つ。そんな河野氏の転機は、VC主催のスタートアップビジネスモデルコンテストに優勝したことがきっかけだった。初めて訪れたシリコンバレーで「本気でアパレル業界のエコシステムを作らねば」という思いを強くする。それが彼を起業へと導いたのだ。

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「第2回:生まれ育った熊本の地で独立し米国研修を機にスタートアップに挑む」
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ファッションカルチャーが根付く街・熊本で生まれ育つ

“衣服生産の民主化”プラットフォームとも呼ぶべき、「sitateru CLOUD」を提供する、シタテル株式会社の代表取締役CEOの河野秀和氏は、熊本で生まれ育った。

「もともとはローカルのメーカー、外資系の保険会社を経て、その後独立して弁護士や会計士、行政書士、社労士の方など、いわゆる“士業”のネットワークを作り、経営支援という形で、熊本の地場の企業を守っていく活動をしていました。当時は士業と企業の情報を共有して、一つのデータベースを作りたいと構想していました」

熊本は、ファッションが古くから根付いている土地。セレクトショップのビームスやファッションブランドのポール・スミスが地方展開の場所として初めてショップをオープンしたといわれ、トレンドリーダーとしてファッション感度の高さでも知られている。さらには、縫製を始めとするアパレル工場が県内各地に点在するなど、関連産業の仕事をする人が多いのも特徴だ。

「熊本という土地柄、小さいセレクトショップが非常に多く、経営者の方々ともよく衣服に関するお話をしていました。あるとき、何気ない会話の中で『50着以下で、ショップオリジナルの商品(デニム)を作りたいんだよね』と、そのオーナーさんがお話しされました。私も付加価値につながると思い『やりましょう』と推奨したのですが、流通の構造上小ロット生産は難しいと言われ、それならばと自ら工場に直談判したところ、結果として生産していただくことができました。そして何よりショップと縫製工場の両者に喜んでいただけたことが印象的でした」

と、河野氏は創業前のエピソードを振り返る。そのままユーザーのニーズと、小さな工場の抱える課題をリサーチするうちに、構造的な問題が横たわっていることがわかってきた。

「実は50着未満というミニマムロットで服を作ってもらえたのは、たまたまその工場の閑散期だったからでした。シーズンを大切にするアパレルは繁忙期・閑散期がはっきりしていますし、海外生産が増える潮流の中で生き残りを賭けて模索をしています。メーカーの要望である多品種・小ロットにどう応えていくかも大きな課題でした」

工場で製品ができてから、消費者に届くまでの流通過程も含めて、多重構造になっていることを知る。それが最初に触れた産業課題(ボトルネック)でもあり、シタテルの構想に繋がるプロローグだった。

画像: ITに不慣れな人にも使いやすいUI

ITに不慣れな人にも使いやすいUI

シリコンバレーでスタートアップの研修を受ける

そうした国内産業が直面する危機を肌で感じたタイミングで、河野氏の事業提案が評価され、米国シリコンバレーやサンフランシスコで、インターネットサービスのプロダクト開発、スタートアップ経営などの実地研修などが行われる、サンブリッジグローバルベンチャーズのアクセラレーションプログラムに選抜される。2013年のことだ。

さらに、河野氏が「シタテル」のビジネスモデルを構想するに至る、印象的な場面に遭遇することになる。

「ある大手アパレル企業の倉庫に行った時のことでした。タグがついた新品の洋服が何千何万着も吊るされており、その企業の方が『これは廃棄処分するしかないんです……』と言うお話に衝撃を受けました。現在では、2次流通も整備され一定解消できていると思いますが、多くの服が袖を通されることもなく廃棄される実態を当時見て、これは単なるビジネス構想ではなく、産業構造そのものを変えていかなくては、と強く感じました」

プランAからBへのピボットまでが辛かった

シリコンバレーでは、スタートアップのさまざまな成功例や失敗例を学んだ。自らの失敗も含め、“リアル”な現場の中で、これまで独学で経営について見聞を深めてきた。中小・零細企業の事業の継続、拡大の難しさをリアリティをもって感じてきたからこそ、打算的に動くのではなく本気で挑まないと、アパレル産業の永続性やディスラプションは起きないと感じたのだ。

業界に有意義な「エコシステム」がない、と感じた河野氏は、「だったら自分で作るしかない」と決断する。「構造的な問題を解決する、この世にはない新しいプラットフォームを作ろう」と、2014年3月にシタテルを創業する。

ただ、そこに至るまでには一度回り道をしていた。

「実は、当時ビジネスモデルとして評価を受けていたのは、衣服のカスタマイズサービスでした。正確には、[プランA]は、衣服のカスタマイゼーションで、手持ちの衣服や2次流通で買った衣服をマイスターと呼ばれる縫製職人により、カスタマイズ出来るというサービスでした。[プランB]として、高い技術を持つ国内の工場リソースで、自由に衣服を製造出来るサービス(現sitateru CLOUD)を8:2位のポートフォリオでやっていました。しかしプランAにはスケールの要素も少なく、国内におけるEC化率の問題、コンシューマ向けということもあり多額のマーケティングコストが必要となる等、事業の継続が困難と判断し、スピードと拡大を両立出来る[プランB]の事業計画を眺めながら、ほとんど実績はありませんでしたが、可能性に満ちていたプランBだった現sitateru CLOUDにピボットし、残りの資源を全振りしました」

ここに、現在のシタテルの前身となる事業に注力して、アパレル業界をゲームチェンジするという河野氏の決意が定まったのだ。

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画像: アパレル産業が抱えるボトルネックをプラットフォームで解放する
【第2回】生まれ育った熊本の地で独立し米国研修を機にスタートアップに挑む

河野 秀和(かわの ひでかず)
メーカー、金融機関を経て独立。経営支援事業や衣服のカスタマイズ事業を行い、VC主催のアクセラレーションプログラムにより、サンフランシスコ/シリコンバレーでITビジネス、スタートアップ企業の経営戦略、グローバル戦略、ファイナンス戦略等見識を深める。2014年シタテル株式会社を創業。経済産業省「これからのファッションを考える研究会~ファッション未来研究会~」委員やISS(国際宇宙ステーション)船内着のゼネラルディレクター、熊本大学非常勤講師など熊本と東京を拠点に活動。

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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