「第1回:サステナビリティ推進活動の担当者は、コロナ禍をどう乗り越えたのか」はこちら>
「第2回:NPOと向き合った、日立社員の2カ月半」
「第3回:プロボノ支援が、NPOにもたらすもの」はこちら>
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「オンラインデータベース化への抵抗感」という難題
横浜市で活動する認定NPO法人スマイルオブキッズは、近接する神奈川県立こども医療センターで難病の治療を受ける患者と、その家族が滞在するための施設「リラのいえ」を運営している。また、病気や障害を抱える子どもの兄弟姉妹を意味する「きょうだい児」の保育も行っている。2021年度に日立が実施した企業プロボノでは三塚大貴、池永絵里、川平清香、兼子佑樹の4人がチームを組み、9月中旬から2カ月半にわたって支援を行った。
当初、彼らに依頼されたのは、利用者情報のデータベースの要件定義。スマイルオブキッズではそれまで、リラのいえやきょうだい児保育の利用者の情報を、主に紙で管理していた。そのため、利用の予約があった際に、初めての利用者なのかどうかがすぐにわからず、都度、紙の記録を掘り起こさなくてはならなかった。また、利用者の満足度や利用実績を外部に説明できる資料がなかった。団体の活動をより多くの人に知ってもらい、支援を集めて事業をさらに広げていくために、説明資料は不可欠だ。その根拠を整理するため、また業務を効率化するためにも、利用者情報のオンラインデータベース化は急務だった。
支援チームがスマイルオブキッズに対して最初に行ったのが、職員に対するヒアリングを通じ、団体が抱える課題を整理することだ。チームメンバーの1人で、金融業界の顧客先に常駐するシステムエンジニアの三塚大貴が振り返る。
「そもそもなぜオンラインデータベース化が必要なのか、団体側で課題を明確に把握しきれていない部分があったので、その背景を掘り下げていきました。すると、それまでは感謝のお手紙をいただくなど利用者からのリアクションはあったものの、それをデータとして整理できていなかったこと、具体的な改善要望をいただく機会が設けられていなかったことなどの課題が見えてきました」
ヒアリングを重ねる中で、もう1つ見えてきたことがある。データ化を推進する職員がいる一方で、データ化に不安を覚える職員も少なからずいたことだ。三塚らはデータ化の必要性を客観的な資料をもとに説明し、一旦は了承を得た。しかし、10月に団体に対して行った中間提案に対するリアクションは懐疑的なものだった。
「ボランティアスタッフの方々は年齢層がさまざまで、パソコンでのデータ登録作業への苦手意識のある方もいらっしゃいました。また、オンライン上に利用者情報がアップされることに対し、セキュリティ面を危惧されていました。このまま提案をブラッシュアップしても、本当に団体の役に立てるのだろうか? 自分たちが支援すべきことは何だろうか? もう一度そこに立ち返って提案を検討し直し、さらに深く職員の方々との対話を重ねました」(三塚)
三塚たちは、オンラインデータベースを導入した場合・しなかった場合のメリットとデメリットを比較表にして説明するなど、何度も打ち合わせを重ねた。最終的には、懸念を示していた職員にもその必要性を納得していただけたという。さらに、今回整理した利用者情報をどのように活用すれば団体の未来につながるかを考え、もともとの依頼事項にはなかった、団体の活動の認知を目的としたPR資料や具体的な業務改善に活用できるデータも整理。12月初旬のプロジェクト最終日に、オンラインデータベースのテーブル構成案とその運用フローとともにスマイルオブキッズに納品した。
さらに、将来にわたる段階的な改善プランも提案した。まず、ステップ1として、今回4人が提案したデータベースや業務フローを職員の方々が運用する。ステップ2では、運用で上手くいかなかった点を改善し、必要に応じて収集すべきデータを追加する。ステップ3として、これまで電話で行ってきた利用予約をWeb化するほか、利用者アンケートを拡充する。そしてステップ4で、スマイルオブキッズならではの強みを整理し、PR資料として公開・活用していくという内容だ。
プロボノにも活きた、仕事の経験とスキル
彼らが本業で培ったスキルや知見、経験はプロボノにどう活かされたのか。アプリケーションサービスを開発する部署で社員の人財育成を担当している川平清香は、こう振り返る。
「普段の業務で社員研修のアンケートを作成している経験が、ヒアリングの一環として行った利用者へのアンケートに役立ちました。アンケートを通じて滞在施設や保育に対する満足度、具体的な改善点のほか、どのくらいの頻度で何日間利用しているのかなど、それまで団体が取得できていなかったデータも併せて収集できました」
エンジニアとして通信分野のWeb構築を経験し、プロボノでは主にデータベースの要件定義を担当した兼子佑樹は次のように語る。
「お客さまの要望を引き出して整理し、本当の課題がどこにあるかを見つけ出す。その課題を解決するための技術要素を探し出して組み合わせ、システムを構成する。この普段の業務での経験が、利用者情報をデータ化する目的の整理や、支援者に団体の活動を知っていただくためにPRすべき情報の整理といった作業に活かせたと思います」
成果物のストーリーラインを主に描いたのは、AI関連サービスを取りまとめている池永絵里だ。
「お客さまには、現状のシステム運用の実態や課題を聞き出して、その解決策やシステムの将来像、段階的な改善プランなどを言語化してお伝えする機会が多く、今回のプロボノでも団体の中長期的な事業の拡大を見据えたご提案を行えました」
一方、普段の仕事との違いで苦心したこともある。窓口担当者としてスマイルオブキッズとやりとりすることの多かった三塚は、こう語る。
「ビジネスではすでにお客さまとの共通認識があるので、すぐ本質に踏み込んだお話ができます。ところがNPOと企業ではバックグラウンドが異なるので、職員の方々とお話ししていてもわからないことばかり。少しでも団体の背景を理解するために、プロジェクトと関係のない雑談の機会も大切にするよう心掛けました」
プロボノで4人が得た、新たな視点
本業と並行しながらの2カ月半。「集中して支援を行うには適切な期間だった」と4人は口をそろえる。また、同じ日立の情報通信部門とはいえ、部署も職種も異なるメンバーが初めて顔を合わせて、しかもオンラインでプロジェクトが進行したわけだが、違和感は生まれなかった。「やはり同じ日立の社員だからでしょうか、コミュニケーションコスト(※)が低く、チームビルディングには思ったより苦労しませんでした」(池永)
※意思疎通に要する時間と労力。
今回のプロボノで経験したことをそれぞれの本業にどう活かしていくのか聞いた。
「暗黙の役割分担はあったのですが、だれかが忙しいときには必ずほかのメンバーがその人に代わって自発的に作業に取り組み、しかも一人ひとりが得意な分野で力を発揮できたので、チームとして止まることはありませんでした。チームビルディングの際に、メンバーの強みや興味関心がどこにあるのか意識することの重要性を学びました。今後もチームで業務に取り組む際に活かしていこうと思います」(川平)
「団体とのやりとりにしてもチームビルディングにしても、相手への先入観を持たずにコミュニケーションをとっていくことの大切さを改めて学びました。また、常に受益者を第一に考えるNPOの方々の熱量に接し、B to Bのさらに先にある社会を見据えてビジネスの価値を生み出そうと改めて思いました」(池永)
「ご提示いただいた要件に対してシステムを提案するのではなく、まずは本音を引き出して相手が抱える課題を明らかにできた経験が、今後の仕事でも活きてくると思います。また、リモート環境という制限の中で具体的な成果物をイメージし、共有することの大切さを痛感しましたし、これからの仕事でも意識していこうと思います」(兼子)
三塚は、熟考の末にこう答えた。
「相手にとってそもそも何がうれしいのかを常に考え、プロジェクトを進めていきたい。それに尽きると思います」(三塚)
次回は、4人が支援した認定NPO法人スマイルオブキッズに話を聞く。(第3回へつづく)
三塚大貴(みつか・だいき)
株式会社 日立製作所 金融第二システム事業部 金融システム第二本部 第四部 第2G 企画員
システムエンジニアとして顧客企業に常駐し、基盤システムの開発や保守、プロジェクト管理などを担当している。
池永絵里(いけなが・えり)
株式会社 日立製作所 サービスプラットフォーム事業本部 IoT・クラウドサービス事業部 データマネジメント本部 基盤ソフトウェア部 第8G 主任技師(課長)
主に製造業向けのAI関連サービスの取りまとめや拡販、顧客提案などに従事している。
川平清香(かわひら・さやか)
株式会社 日立製作所 アプリケーションサービス事業部 事業企画部 人財育成計画G 企画員
アプリケーションサービス開発の領域における社員の人財育成を担当している。
兼子佑樹(かねこ・ゆうき)
社会システム事業部 社会・通信ソリューション本部 イノベーションソリューション第四部 第1G 技師(主任)
システムエンジニアとして、主に通信会社のコールセンターや代理店のWebシステム構築に従事している。
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