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「第1回:高純度のライフカルチャープラットフォーム。」はこちら>
「第2回:戦略ストーリーと『自由』。」はこちら>
「第3回:競争戦略は『平和』をもたらす。」
「第4回:蓄積がもたらす『希望』。」はこちら>

※本記事は、2022年1月12日時点で書かれた内容となっています。

今回は、クラシコムの創業経営者・青木耕平さんが経営において大切にしている「自由・平和・希望」の2つめ、「平和」についてお話しします。

競争戦略という言葉には、一見「平和」の対極にあるような語感がありますが、僕は「平和」こそ競争戦略の本質だと思っています。正面からのぶん殴り合いをしないよう、独自のポジションを取る。それが競争戦略のベースにある考え方です。

商売の競争は、スポーツの「競走」とは別物です。100メートル走では、金メダルは1個だけ。2番は銀メダル、3番は銅メダルで、最下位まで縦一列に優劣が並ぶ。

商売は、もっと平和な世界です。1つの業界に、複数の勝者が同時に存在しうる。クラシコムとMUJIはどちらも勝者です。クラシコムとほぼ日も、どちらも勝者。これが、自社独自のポジションを取るという、競争戦略の「平和」なところです。相手の殲滅が目的になっていない。

もちろん平和ではない競争もビジネスの世界にはあります。ライバルから顧客を奪い取るために、どれだけプロモーションの予算をつぎ込めるかという、ある種のレースです。そこには戦略がない。ひたすら競走をしているだけです。

クラシコムが運営する「北欧、暮らしの道具店」の戦略は「競争しない」という競争戦略の本質を突き詰めたものです。マーチャンダイジングの基準が厳しく、SKU(※)は一般的なライフスタイルEコマースのだいたい10分の1ぐらいしかない。厳選された商品を仕入れて売り切るスタイルです。さらに、定価消化率が95%と非常に高く、充分にマージンを取ることができるので儲かっている。さらに、市場調査もしない。プロモーションもしない。

※ SKU:Stock Keeping Unit 受発注・在庫管理を行う際の最小単位。

その1で、クラシコムの社員の9割が元顧客だという話をしました。彼らは、自分たちが作りたいものではなく、顧客として欲しいものを厳選して作って売っています。どんなものが欲しいかと言うと、圧倒的な高機能の商品ではない。店頭に置いてあるだけだと素通りしてしまう、でもそのコンセプトを理解しているお客さんが見たときに強い購入動機を持ちうる。そんな商品です。

そこでは、どう売るかよりも、なぜ売れたのかをよくよく考えることが大切になります。機能や量ではなく、お客さんの生活の中での「意味」を作って、売っているんです。「意味」は、他社商品と比べられることがありません。「A社とB社、どっちが速いか」という競走にならず、独自のポジションを取ることができます。

比較から解放されているということは、価格決定権がクラシコム側にあるということです。顧客の購入動機が強いので、一種のディスカウントである無料配送もやらない。アパレル商品の場合、MUJIのだいたい倍ぐらいの値段が付いていますが、それは商品に「意味」という価値があるからです。

「『北欧、暮らしの道具店』で自分たちの商品を売ってほしい」というメーカーもあるそうですが、販売に至るケースはほとんどないそうです。なぜなら、クラシコムの社員が「欲しいもの」は、そもそもあまり世の中にない。だから自分たちで企画する。扱っている商品の5割ほどが自主企画商品だそうです。何を売るか、どう売るかは、外部の意思に左右されず自分たちが決める。

では、どうすれば「意味を作って売る」ことができるのか。僕の趣味の分野で言うと、フェンダーという楽器メーカーのエレクトリックベースで「フェンダージャズベース」とか「フェンダープレシジョンベース」といった、非常に高い値段で売られているものがあります。なぜ高いのかと言うと、そこに「意味」が乗っているから。「あのモータウンの名演はジェームス・ジェマーソン(※)がフェンダーのプレシジョンベースで弾いていたんだ」とか、挙げるときりがないのですが、何十年もかけてブランドが出来上がっていった。しかし、フェンダーはその「意味」作りに能動的に関わっていたわけではありません。歴史の中でさまざまな出来事が積み重なり、そういう強力なブランドができたということです。

※ 1960年代から1980年代初頭にかけて活躍した、アメリカのベーシスト。

クラシコムは、自分たちのオウンドメディア「北欧、暮らしの道具店」でコミュニティを作り、顧客を引き付けるようなライフカルチャーをしょっちゅう発信し、顧客の声を聞いている。何十年もかけて出来上がっていったフェンダーユーザーのコミュニティのようなものを、クラシコムは短期間で能動的に作っている。そこが面白い。

「平和」はクラシコムという組織の在りようにも表れています。例えば、「あまり頑張るとよくない」。頑張って商品が売れた場合、それが自分たちの意図する戦略で売れたのか、それとも頑張ったから売れたのかがわからなくなる。大事なのは、なぜそれが売れたのかを知ることだから、無理しなくていいんだよと。

残業もしない。社員自らが自分にフィットする暮らしを体験していなければ、商売で行っていることが嘘になってしまう。人事評価もしない。社員がやりたいことと、会社がその人にやってもらいたいことをキャリブレーション(調整)する。採用にはすごくこだわるけれど、能力開発は行わない。もともと社風にフィットした人を採っているので、その人の能力が発揮される環境を整えてあげる。こういった組織の在り方は非常に平和なものです。

なぜそうなるのか。クラシコムの戦略が「平和」を意図しているからです。前回お話しした戦略における「自由」と密接に関係している。自由が平和を生むんです。自由でないと独自のポジショニングを構築できないし、結果として平和も手に入らない。

商売は喧嘩したら駄目。その昔、ホンダの社内で「何を作ってトヨタに対抗するか」で延々と議論が続くなか、横で聞いていた本田宗一郎さんが「いや、それはそもそもトヨタにやってもらったほうがいいんじゃないか」と言ったらみんな納得したという話があります。これが戦略の本質だと思うんです。独自のポジションを取るということは、他社がしないこと、できないことをやり、顧客にとって新しい選択肢を示すこと。それが、競争に対する構えとしても「平和」であり、会社の中の雰囲気にも「平和」をもたらすのです。(第4回へつづく)

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画像: 自由・平和・希望 「北欧、暮らしの道具店」の戦略―その3
競争戦略は「平和」をもたらす。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

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楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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