「第1回:高純度のライフカルチャープラットフォーム。」はこちら>
「第2回:戦略ストーリーと『自由』。」
「第3回:競争戦略は『平和』をもたらす。」はこちら>
「第4回:蓄積がもたらす『希望』。」はこちら>
※本記事は、2022年1月12日時点で書かれた内容となっています。
前回お話ししたクラシコムの創業経営者、青木耕平さんが大切にしている「自由・平和・希望」のうち、今回は「自由」についてお話しします。
クラシコムはある意味、自前主義の経営を貫いています。なんでもかんでも自社でやるのがよいという意味での自前主義ではなく、重要な意思決定を他者に左右されない状態を確保する、つまり独立自尊で他者に従属しない。それが青木さんのおっしゃる「自由」です。戦略ストーリーを作るうえで、これは非常に大切なことだと思います。
過去にポーター賞を受賞した、シマノという会社があります。主に変速機をはじめとする自転車部品を作っている会社です。自転車の性能は、変速機といろいろな部品との絡みで決まる。シマノの戦略の特筆すべき点は、ブレーキからギア、変速機までを1つのシステムとして再定義して作るようになったことです。その結果、さまざまなメーカーのスポーツ自転車にシマノのシステムが使われるようになりました。スポーツ自転車界における「インテル入ってる」状態。だからといって、完成品としての自転車を自社で作るわけではありません。あくまでもスポーツ自転車のコアコンポーネントとして、シマノは非常に強いポジションを取り続けています。このように、コアとなる活動や能力については社外に依存しない。これが「自由」です。
なぜ「自由」が大切なのか。何か一撃の打ち手で勝負が決まるほど、競争と商売は甘くない。戦略が、いろいろな打ち手がつながったストーリーになっていなければならない。戦略がストーリーになるかどうかは、主要な要素を自社で全部動かせるかどうかに懸かっている。外部の意思に大きく依存する要素があると、打ち手がつながりません。「自分で全部動かせる」という意識がない人に戦略ストーリーは作れません。鍵になる打ち手については他者の意向に左右されない状態。それが、「自由」ということです。
クラシコムが採っているオウンドメディアという1つの意思決定にも、「自由」を大切にする意思が表れています。Amazonに商品を出せば、顧客のリーチがすごく広くなるし、Amazonが顧客アカウントを全部持っているので売りやすいはずです。ところがそれは、Amazonに強く依存していることにほかなりません。顧客のデータ管理も営業も、Amazonにおんぶに抱っこになる。もちろん、Amazonが確立した強みを活用するという選択肢もあり得るわけで、それを選んでいる会社はたくさんありますが、それは「自由」を売り渡してしまっているということでもある。
クラシコムは店舗を持っていません。自前のECサイト「北欧、暮らしの道具店」という完全バーチャルのライフカルチャープラットフォームが顧客との接点です。しかも、そのシステムも自社で開発している。顧客と一番よいコミュニケーションがとれるようなシステムは、やっぱりよそにはなかなかない。手っ取り早く出来合いのものを使ってしまうと、自分たちならではのストーリーを動かすことができなくなります。この辺、過去にポーター賞を受賞したファーストリテイリングに似ています。ユニクロもAmazonでは商品を売りません。
クラシコムは、自社の公式アプリ経由での購入が売り上げの半分を占めているそうです。顧客のエンゲージメントがうまくいくように、アプリも自分たちで作り込んでいるんです。業界はまったく違いますが、楽天銀行の戦略も似ています。世の中にたくさんインターネットバンキングが存在する中で楽天銀行が独自なのは、システムを全部社内で開発している点です。リアルな銀行とは違い、顧客の動きやフィードバックに対応してシステムをどんどん変えていけるのがインターネットバンキングの強みです。システムを自社で開発できる楽天銀行は試行錯誤、つまり学習の回転スピードがほかとは違う。
一方で、なぜ「自由」を失ってしまう企業もあるのか。何も王様みたいな強い人に強制的に隷属させられるというわけではありません。例えば、自動車産業には下請けというシステムがあります。頂点にいる自動車メーカーが下請けから搾取しているんじゃないかという見方をする人もいる。ところが実際はそうではない。そういう商売をしているのはあくまでも「下請け」企業の経営の意思です。つまり自発的な隷属なんです。なぜそうしているかと言うと、例えば、大企業の意向に従っていれば必ず注文が入る。目先のベネフィットがあるからなんです。しかし、それと引き換えにカギとなる経営判断の自由度が下がっている。
こうした状態は、僕に言わせれば「戦略の墓場」です。大事なことは、独立自尊であること。目先の売り上げを求めて強者に安易に乗ろうとしない。これが自分自身で価値を創るということですし、戦略ストーリーを作るときに非常に重要なマインドセットになります。
いっとき、オープンイノベーションという言葉がもてはやされました。会社が自前でできることには限界がある。でも、社外にはいろいろなアイデアがあるじゃないかと。そのとおりです。ただし、だからと言ってオープンイノベーションがうまくいくとは限りません。ほかの企業が乗っかりたくなるような自社独自の、しかも自分たちの意思で動かせるような何かを持っていないと、外部との連携もなかなかうまくいかない。オープンイノベーションを「一番強いプラットフォームに乗っかればいい」みたいな話に誤解してしまうのは、戦略のストーリーの喪失にほかなりません。(第3回へつづく)
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
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シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。