「第1回:覆水盆に返らず。」はこちら>
「第2回:気づかなかった大失敗。」はこちら>
「第3回:待つ力。」
「第4回:回復力は脱力力(だつりょくりょく)。」はこちら>

※本記事は、2021年10月4日時点で書かれた内容となっています。

失敗した直後には、正しい判断や行動ができなくなる。では、どうすればいいのか。畑村洋太郎先生の『回復力 失敗からの復活』では、失敗をする人間にとって、回復力というのはもともと自然に備わっている力だと言うのです。人間というのは、失敗直後はエネルギーが抜ける一方だが、エネルギーが戻ってくると自然と困難に立ち向かえるようにできている。だから、エネルギーが抜けている状態のときにじたばたするのではなく、エネルギーが戻ってくるのをひたすら待つ。これが遠回りのようでも最善の策だということなんです。

僕の大失敗のときもそうなのですが、本人はできるだけ早く汚名を返上したいと思う。何とかして、一部でもこのダメージを取り戻せないかと考える。だから、中途半端な状態で動き出して、さらに悪い状態に陥ってしまう。ここに問題があるということです。頑張りは自滅への道であり、立ち向かうエネルギーがないときに頑張りはいらない。

では、苦しくてもひたすら待つ状態をどうやって自分でつくるのか。畑村先生の結論は、何をやってもいい。逃げてもいい、人のせいにしてもいい、誰かに愚痴をこぼしてもいい、おいしいものを食べてもいい、酒を飲んでもいい、取りあえず寝てもいい。とにかくエネルギーが抜けているときには、何でもいいから気晴らしをするようにとおっしゃっています。これは僕にとって本当に参考になりました。お酒を飲めない僕は、早速飲酒以外のおすすめを全部やってみました。

EFOの読者のみなさんは、僕よりもプレッシャーのかかるシリアスな仕事をしている人が多いでしょう。失敗した直後は、こういう事態も想定しておくべきだったというショックが大きいと思います。でも、そこで頑張るのは愚策です。

この本には、宇宙開発事業団で当時理事長をやられていた山之内秀一郎さんの強烈なエピソードが出てきます。宇宙開発事業団は2003年、H-ⅡAロケット6号機の打ち上げに失敗します。ロケットというのはものすごい高いコストをかけて国がやっていることなので、もう失敗は許されないという状況のときにトップだった山之内秀一郎さんは、事故が起きた10カ月後、あまりのプレッシャーで仕事中に気を失って倒れたそうです。診断したときには過労死寸前で、医師から「命と仕事のどちらを選ぶか、今すぐ決めなさい」と迫られ、ようやく辞任の決断をします。これはもうシリアスさの極限です。

畑村先生は、何か失敗をすると正論を振りかざして責め立ててくる人が必ず現れるが、そんなものを気にする必要はないとおっしゃっています。たとえその人が言う正論のとおりに行動したとしても、失敗が避けられたかどうかはわからない。正論は単なる建前論で、何か責めてくる側が主張を正当化するための詭弁であることが多い。僕が思うに、世の中をきちんと観察していない人ほど、正論を好む傾向があります。だから、失敗をしたときに、一応は正論に耳を傾けているふりをしつつ、実際は無視する方がいい。

失敗というのは、後から「こうすればよかったな」と必ず後悔する。自分の判断基準が相対的なものだけだと、いつまでも後悔することになります。失敗すると、人がどう思うかをつい重視しがちだけれども、そんな基準は状況によって変わるわけです。ブレない判断をするためには絶対基準が必要で、それは畑村先生いわく「お天道様に向かって堂々と話せるかどうか」。

失敗した直後は、逃げろ、他人のせいにしろ、何でもありだと。ただし、一時的に逃げるのはいいけれども、保身のためにズルやうそをつくのは絶対にいけない。僕は大失敗をした後、正直に言うと保身のためにどうにかズルできないかと思ったんです。ですが、畑村先生がそれだけはやるなというので、こらえました。

とにかく目の前のできることを、淡々とやればいい。そのうちに時間は必ず過ぎていくわけです。矢沢永吉は「時間よ止まれ」と言いますが、ジッサイは時間は止まることがありません。ある程度の時がたてば失敗を冷静に受け止めることができるようになるのです。

『回復力 失敗からの復活』は、読んでいるときにまるでそこに畑村先生がいて、僕に向かって説教をしてくれているような本でした。皆さまにおかれましても、今読まなくてもいいので、「しまった!」という大失敗をしたときのために本棚に入れておくことをおすすめします。(第4回へつづく)

「第4回:回復力は脱力力(だつりょくりょく)。」はこちら>

画像: 失敗と回復力-その3
待つ力。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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ニューリーダーが開拓する新しい未来

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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