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※本記事は、2021年8月5日時点で書かれた内容となっています。

2021年にリクルートの社長になられた出木場久征(いでこばひさゆき)さんが、インタビューの中でデータについてどう考えるかという話をされていました。出木場さんは『じゃらん』という旅行事業の責任者だった時代があり、そのときにデータ分析の専門家にリクルートの旅行サービスのありとあらゆるデータを渡して、解析してもらったそうです。そしてわかったことは、「旅行には、天気が良いことが重要だ」。それを聞いた出木場さんはずっこけた。

データ資本主義とかビッグデータとかいろいろ言われますが、ひたすらデータを集めてAIのボタンを押せば、正解が見つかるということはまずないでしょう。データというのは無限の相関の束です。どの相関に注目するのか。その背後にはどのような仮説があるのか。起点に直観がないと役に立ちません。逆に、自分の仮説を持っている人は、それを検証するために真剣にデータを分析し、活用する。データが大切なのは言うまでもありません。直観が起点にあり、そこから論理が出てきて、最後にデータ。この順番が大切だと思います。新しいテクノロジーを前にすると、しばしばこの順番が逆になってしまう。あっさりいえば、手段の目的化です。

僕は、あらゆる論理は直観を必要とすると思っています。出発点で問題を発見したり設定するためには、どうしても直観が求められます。論理と直観のどちらが重要かという話ではありません。順番の問題としてまず直観がないと論理は意味をなさない。僕は、デザインシンキングのような手法には懐疑的です。直観があればデザインシンキングのような手法で論理化できます。しかし直観のない人がデザインシンキングをやっても、「ゼロに何をかけてもゼロ」だと思います。

論理というのは、XであればあるほどYになるといった関係を意味しています。もともと世の中には無数の変数があります。その中から何で特定少数のXを選んだのか。「この辺りが肝だぞ」とまず当たりをつける必要があるということです。これが直観です。直観がないと、何か全変数をぶっ込みましょうみたいなことになって、「天気がいいことが重要だ」という、出木場さんがずっこけたような話になってしまう。

小林秀雄の対話集『直観を磨くもの』の中で、物理学者の湯川秀樹先生は、「いろいろ理屈は言っているが結局は直観しかない」と言っています。以前ノーベル賞を受賞された本庶佑先生と話をする機会があったのですが、「何を知りたいか、それが一番重要な問いです」とおっしゃっていました。まず、何を知りたいかを知らなければいけない。ここに科学者の生命線があるのだけれども、それは体系的に教科書で勉強しても絶対に出てこない。いくらテクノロジーやAIが発達しても、何を知りたいかに対する答えは教えてくれないということです。

僕は柳井正さんと一緒に本庶先生のお話を聞かせていただいたのですが、柳井さんも「いや、ビジネスもまったく同じで、先に商売のもとになるコンセプトがないと何も始まらない」とおっしゃっていました。

分析というのは「分ければわかる」という考え方です。それはその通りなのですが、その前に全体をまずどういうふうに分けていくのかという問題が先にあると思うんです。それはやっぱり、その人の直観に従うしかない。分けた後であればいろいろと分析ができます。しかし意味のある分け方は、直観でしかできないと思います。

レゴブロックのように、あらかじめ決まったパーツに自動的に分けられるようにできている問題なんて現実にはあまりないわけです。そこで筋のいい分け方をする。これが仕事ができる人の特徴です。それがないと、「あらかじめ分けておいてください」「分けた要素を全部机の上に乗せておいてください」という話になり、ありきたりな分析結果しか得ることができません。

「あなたは直観派ですか、それとも論理派ですか」という問いかけがよくあります。僕は愚問だと思います。論理は直観を必要とするし、直観は論理を必要とします。どちらか一方ではなく、どちらも必要なのです。「直観派か論理派か」ではなくて、「どちらもある人と、どちらもない人」に分かれるだけ、「できる人とできない人」がいるだけだというのが僕の見解です。直観も論理も弱い人ほど、あるはずのない「法則」を求める。そこには思考停止の入り口が見え隠れしています。

画像: 科学・論理・直観-その4
直観が論理を生む。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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