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※本記事は、2021年8月5日時点で書かれた内容となっています。

ハロルド・ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』という、日本でもロングセラーになっている本があります。ジェニーンさんは、もうとっくにお亡くなりになっている方ですが、1959年から17年間アメリカに当時あったITTという巨大なコングロマリットのCEOだった名経営者です。

要約すると、彼はこういうふうに言っているんです。われわれは常に何かの妙薬なり特効薬を求めがちである。人は、常に複雑な問題を解いてくれる単純な公式を求める。ビジネス理論というのは大体そういうものだ。職業人としての私の全生涯を通じて、公式の理論によって自分の会社を経営しようとした人、ましてやその経営に成功した経営者には、いまだかつて出会ったことがない。ばかでなければ、ビジネスの世界では、実験室の科学者や物理学者が用いる公式が通用しないということがわかるものだ。真実は、単純にビジネスは科学ではないということだ――。

ジェニーンがこの主張を「理論化」して、「セオリーG」――ハロルド・ジェニーンのG――を提唱しています。背景の話をしますと、当時のアメリカでは「セオリーZ」というウィリアム・オオウチという日系人の経営学者が書いた、日本的経営に注目した本がベストセラーになっていました。何で「セオリーZ」かというと、その前に経営学の古典的な理論で「セオリーX」と「セオリーY」というのがあり、それに引っかけて「セオリーZ」と言ったのです。

「セオリーX」というのは、人間はとにかく働くのが好きではないということを前提にした経営です。だから、「セオリーX」では厳格な指揮系統といったことが経営上重要になってきます。「セオリーY」というのはその真逆で、人間は内心では自分の最善の能力を発揮したいと思っているものなので、意思決定に積極的に従業員を参画させたり、何か組織に共同体的なチームワークを定着させることが大切だというものです。この「セオリーX」「セオリーY」という前提の上に、ウィリアム・オオウチが「セオリーZ」という理論を主張した。

それに対してハロルド・ジェニーンさんは、セオリーXにせよYにせよZにせよ、どんな理論も問題を一挙に解決してくれるわけではない。自分の知る限り、そんなセオリーに厳密に従って経営している会社はひとつもない。「セオリーX」の典型である軍隊でさえ、例外ではない。ビジネスはセオリーでは経営できない――これが「セオリーG」です。これがまともな経営者の実感だと思います。

科学はその性質上、必ず一般解に収斂する。ところが戦略の本質というのは、競争相手との違いをつくることにあります。もしそこに一般解があったら、違いがつくれない。戦略の喪失です。「ベストプラクティス」という考え方がありますが、みんながベストなお手本のやり方を導入すれば、競争企業間での違いがなくなる。すなわち、儲からなくなるという逆説に陥ります。つまり、戦略というのはどこまで行っても特殊解なのです。

マイケル・マッツェオという経済学者が、「マイクの法則」ということを言っています。「すべての戦略的問題の答えは、場合によりけりである。問題の答えが場合によりけりでなければ、それは戦略的問題ではない」。「マイクの法則」と名付けておきながら、法則はないという主張をしています。ハロルド・ジェニーンの「セオリーG」と同じです。

経営の法則を提示しろとか、理論化しろとか、サイエンティフィックな枠組みが欲しいといったニーズは強くあります。それは一体なぜなのか。僕は「人間の弱さ」だと思うんです。弱い人ほど一般解を与えてくれる法則、こうやったらうまくいくという法則を手に入れて安心したい。

需要があれば、供給もあります。「一流になるための法則」みたいなものが手を変え品を変え現れます。三流ビジネスマンは、出されたコーヒーをゆっくり飲む。二流ビジネスマンは、出されたコーヒーを急いで飲む。じゃあ、一流のビジネスマンはどうするか――その本によると、答えは「飲まない」。それが法則なら、出されたコーヒーを飲まなければ誰でも一流になれる。もちろん、そうは問屋が卸しません。他にも無数の変数が絡み合あって「一流」が決まります。

ビジネスに関する新しい法則というのは、基本全部嘘だと思った方がいい。法則があるとすれば、その1で話したように「意思決定にはスピードが大切だ」とか「ブランド力がカギになる」とか「リーダーシップが必要だ」といった、今さら言うまでもないことばかりになってしまいます。

僕は経営に科学のような「法則」はないと考えます。それでも「論理」はある。僕は経営学者として、「法則」は提供できませんが、「論理」は提供できる。そう思って仕事をしています。

画像: 科学・論理・直観-その2
セオリーG。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

第3回は、10月18日公開予定です。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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